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人形の家 ~異形の住宅~

 東京郊外の山間部にある宗形村で起きた事件――その被害者である横沢成吉の自宅へ案内するように加山巡査に言って、我々は彼についていったのだが……そこで目にしたのは、驚きの光景だった。

人形……。

人形……。

人形……。

 その家のどこに目を向けても、見えるのは様々な種類の人形だけだった。

 見たところ、人形は西洋人形や日本人形、セルロイド製や陶器製の物まで幅広い種類の人形が飾られていた。人形の外観はほとんど原型をとどめていないものから真新しいものまであり、この家の家主がかなり前からこれらの人形を収集していたことが分かる。


「この家は、近所ではちょっとした有名スポットであります、押忍」


 まぁ、家の外観がこのありさまでは、そうもなるだろう。私は加山巡査に、家の周囲を見てくる旨を伝えた。


「押忍、どうぞ」


 彼に許可をもらって家の周囲を探索したが、家庭用のガスボンベや計測器、室外機や窓、戸口などの日常生活と関連する部分以外は、ほとんど人形で埋め尽くされていた。

 その飾り方も様々で、たんに地面に置いてあるものから、家の壁に釘で打ち付けたもの、雨樋あまどいからワイヤーで吊るしてあるものなど、千差万別であった。それらの人形が幾重にも重なるようにして、この家の外観を覆っている。

 私は再び玄関まで戻ってくると、その場にいる全員に心して家に入るように言った。


「そう、ですね……」

「……ま、とにかく入ってみようぜ」


 鳴海刑事と鬼島警部からはそのような返事があったが、加山巡査と大倉刑事は喉をゴクッと鳴らして家を見つめるだけだった。

 我々が意を決してその家の玄関の引き戸を開けると、さらに驚きの光景が広がる――。


「うわぁっ!!」

「むおっ!?」

 

 後ろで、加山巡査と大倉刑事の声が聞こえた。

 それも無理はない……家の中も、外と同じように人形で埋め尽くされていたのだ。

 廊下などは人形の代わりに雑誌や新聞、衣服などの生活用品が所々に落ちているだけだったが、家の棚の上や壁には、外と同じように様々な方法で人形が飾られていた。

 私は加山巡査に、被害者は何か精神的な疾患があったのか訊ねた。


「ほ、本官は何も……パトロールの際に、家の外があのような状態だったのは知っていたのですが、家の中までこのようなありさまだったとは……」


 どうやら、加山巡査は横沢とはさほど面識はなかったらしい。とはいえ、家の外観を認知していた以上、それなりに気にしてはいたのだろう。

 私は彼に、横沢と話したことがあるか訊ねた。


「少しだけ……家の外観が気になったので、本官はパトロールを終えてからこちらのお宅にお伺いして、その時、外で自転車に乗ろうとしていた横沢さんと一言二言会話をしたであります」

「何を話したんだ?」


 大倉刑事が訊ねると、加山巡査は顎に手を添えて考える。


「え~と、どうしてこんなに人形を飾っているのかとか、ご結婚されているのかとか、その程度だったと思います」

「それで、相手はなんと答えたんだ?」

「人形を飾っているのは供養のためで、ご結婚はされていないとのことです、押忍」

「供養……気になりますね。どちらかというと、種類を問わず人形を収集しているように見えますが……」

 

 鳴海刑事が周囲の人形に目を向けながらそのようなことを言っていると、隣で鬼島警部が鼻を鳴らす。


「ふん、どうせ頭がおかしかったんだろうぜ。こんな村じゃ、精神科のある病院なんてないし、ましてや受診しようとも思わねぇだろうからな」

「はぁ、そうでしょうか?」


 珍しく、大倉刑事が鬼島警部の意見に疑問の声を上げる。


「なんだよ?」

「なんというか……この人形達からは、どことこなく嫌な気配がするであります」

「ゆ、幽霊でありますか?」


 隣で、加山巡査が人形達をせわしなく見つめる。


「いや、そこまでハッキリとした意志は感じられない。だが、なんとも不気味な気配がするのだ」

「そりゃ、ま、こんなありさまだからな」


 鬼島警部は、大倉刑事の意見をこの異様な光景のせいだと思っているようだ。

 私も、大倉刑事の意見を聞いて人形や家の中の気配を探ってみるが……今のところ、それらしい気配は感じない。

 だが……確かに、嫌な気配を感じる。その正体がなんであるかと問われたならば、返答に困るのだが……とにかく、今は家の中の捜索に集中しよう。

 私はそのことを皆に伝え、家の中を手分けして捜索することにした。

 この家は一階しかなく、捜索するには手間取らないだろう。案の定、手分けして捜索すると、すぐに終わってしまった。

 結論から言えば、この家のほとんどのスペースは人形で埋め尽くされていた。

 かろうじて、火元となる台所やトイレ、風呂場などは普通の生活感あふれる状態だったが、それ以外の場所には、様々な種類の人形が飾られていた。

 家の捜索を終えてもなんの手掛かりも得られなかった私は、あることを思いついた。

 加山巡査いわく、横沢は現在は結婚していないとのことだが、昔は結婚していたのかということだ。もしかしたら、家族や親族の線から何か分かるかもしれない。

 私はそのことを加山巡査に訊ねた。


「はい。昔は奥様がいらしたそうですが、数年前に他界されています。お子さんはいなかったそうです」


 なるほど……それならば、この空間にも説明がつく。一人暮らしならば、同居人に文句を言われることもなくこれだけの空間をつくりだせるはずだ。

 ただ、横沢の奥さんがすでに亡くなっていることや子供がいなかったことは、私にとっては頭の痛い問題だ。てっきり、その線から何か掴めるかと思ったのだが……とりあえず、私は家の捜索をあきらめることにして、この村で聞き込みを行うことにした。

 幸い、早朝に現場に到着したため、まだ日は高い。夕方までには聞き込みは終わるだろう。

 私達は家を出て、二手に分かれて聞き込みを開始することにした。

 途中、道路や離れた民家の前で聞き込みをしている地元警察の連中を見つけた。残念ながら、今回は警視庁捜査一課ほどの協力体制は望めないだろう。と言っても、はじめの頃は警視庁の捜査一課ともあまり良い関係ではなかったため、この事態にはもはや慣れている。不便であることには変わりないが……。

 私は、地元住民からの『さっきも警察の人に聞かれたんだけどねぇ――』という口上に『部署が違うもので……』という定型文を機械的に発しながら聞き込みを繰り返していく。

 そのかいもあってか、昼過ぎには聞き込みを終えることができた。我々は電話で連絡を取り合い、ひとまず加山巡査が勤務する駐在所で落ち合うこととなった。

 そして先に駐在所にたどり着いてしばらくすると、加山巡査達が現れた。

 我々の方はまるで成果が無かったことを伝えると、加山巡査と共に鳴海刑事は少し興奮気味に語り始めた。


「こちらは注目するべき点を聞き出せました。被害者の横沢さんですが、彼の亡くなっていた場所では、過去にもう一人、同じ場所で亡くなっていた方がいらしたようです」


……これは偶然だろうか?

 この村は、さほど人口は多くはない――だから村なのだろうが――それなのに、同じ場所で二人の人間が亡くなっているとは……。

 私は鳴海刑事に、より詳しい事情の説明を求めた。


「えっと……数年前、あの場所で山本綾香やまもとあやかという少女が亡くなっているのを、横沢さんが発見しました。それで、当時その事件は事故として処理されたのですが、横沢さんはそれ以降、あの川で釣りをするたびに人形を持ち帰っていたそうです」

「人形って……あの家にあったやつ全部かっ!?」

「全部そうなのかは分かりませんが、おそらく……」


 あれだけの人形を、川で釣りをするたびに持ち帰っていたというのだろうか?

 それなら、考えらえる限りでは三つのケースがある。

 一つ目は、毎回横沢が釣りをするために川へ向かうルートのどこかに人形が落ちていて、それに横沢が気付いて持ち帰ったケース。

 二つ目は、横沢が川で釣りをするたびに、人形が上流から昔話のように流れてきて、それを横沢が拾って持ち帰ったケースだ。

 そして最後の三つ目は、横沢が川から自宅までのどこかの地点で、人形をなんらかの方法で調達していたというケースだ。

 そこらへんに落ちていたのを拾ったのか、あるいはどこかから買うなり盗むなりしてきたのか……方法は分からないが、横沢が釣りから帰るたびに人形を自宅に持ち帰っていたことは、あの家の内外に飾られていた人形達が証明している。

……まったくもって理解しがたいが、今はとにかく、その山本という少女の家族に聞き込みをしたい。私はそのことを皆に告げた。


「それなら、街の方に行きましょう。事件が起きた後、ご両親はそちらの方へ引っ越したそうですから」


 鳴海刑事がそう言うので、我々は駐在所を出て加山巡査のパトカーで街まで行こうとした。その時――。


「おい、あんたら」


 我々は安藤刑事に呼び止められた。彼は二名の取り巻きを連れている。


「どこ行くんだ? なんか進展はあったのか?」

「これから、山本綾香ちゃんのご両親の所へ行くところであります」

「山本?」


 その言葉を聞いて、安藤刑事は目を見開いた。

 私が何か心当たりがあるのかと訊ねると、彼はすぐいつもの調子に戻って話始めた。


「ああ。確か、数年前に例の河川敷で女の子が亡くなってな。確か、その時の女の子の名前も山本だった気がする」

「自分達は、今からその子のご両親に話を聞きに行くところであります」

「あ、なんでだ?」


 私はそこで、これまでの事を安藤刑事に話した。


「……」


 私が話を終えても、安藤刑事は沈黙したままだ。


「あ、安藤刑事? いかがされたのでありますか?」

「お前ら、ホントに刑事か?」

「えっ!?」

「今回の事件とその事件が、何の関係があるんだよ?」

「まず、今回の被害者が亡くなったのは、前の被害者と同じ場所であり、その被害者はアヤカちゃんが亡くなってから人形を収集し始めました。その点について、事態の解明を――」

「だからっ!」


 鳴海刑事の言葉を遮るように、安藤刑事が声を荒げる。


「それが今回の事件と何の関係があるっていうんだよ」

「まだわかんねぇよ」

「あっ!?」

「わかんねぇから、捜査すんだろ? 何年刑事やってんだ?」

「てめぇ――」


 安藤刑事が怒りのあまり鬼島警部に殴りかかろうとするが、部下に止められる。

 私はそんな安藤刑事に、これからも事件捜査を続ける意向だけを伝えて、パトカーに乗り込んでその場を後にした。


                        ※


 しばらく車を走らせて山本の両親が暮らす街にたどり着くと、加山巡査の手帳に書かれた住所を頼りに両親が暮らしているであろう家にたどり着いた。


「ここでありますね」


 手帳と目の前に見える一軒家を交互に見ながら、加山巡査が呟いた。


「事情聴取に応じてくれるでしょうか?」

「さぁな。やってみなきゃ分かんねぇな」


 パトカーから降りながら、鳴海刑事と鬼島警部がそのようなやり取りを見せる。

 実際、私もその部分が気になっていた。子供を亡くしてから数年しか経っていない親が、当時の状況を私達に教えてくれるだろうか?

 辛さのあまりに、証言を拒否する可能性だってあるが、それをとがめることは私達にはできないだろう。まぁ、その時は人形の方を調べてみよう。

 私はそのように意識して、鳴海刑事の後ろに立つ。彼がインターフォンを鳴らすと、少し経ってから『はい?』と返事が来た。


「すいません、警察の者ですが、いまお時間よろしいでしょうか?」

『……少々お待ちください』


 鳴海刑事がつとめて優しい声色で応対した成果なのか、インターフォン越しの相手はそう言うとインターフォンを切り、また少し経ってから玄関の扉が開く。


「ウチに何か……?」


 出てきたのは、まだ二十代後半から三十代前半の若い女性だった。首筋まで伸ばした黒髪を、ゴムひもで一つに縛っており、半袖シャツにチノパンとエプロンの組み合わせは、どう考えても専業主婦のように見えた。

 私達はそれぞれ警察手帳を見せながら自己紹介を済ませると、鳴海刑事が口を開く。


「突然押しかけてしまい、申し訳ありません。実は、綾香ちゃんの件で少しお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」

「……どうぞ」


『綾香』という単語に、女性の眉がピクッと反応した。年齢から考えて、この女性は山本綾香の母親なのだろう。

 私達は女性に招かれて家の中に入ると、そのままリビングに通されてそれぞれテーブルを囲むようにして席に着く。


「早速ですが――」


 席に座るなり、鳴海刑事が言ってこちらに視線を向けてくるので、私は彼女に、山本綾香の母親で間違いないか訊ねた。


「はい、そうです」


 女性は悲痛な様子でそう答える……どうやら、まだ心の傷が癒えていない様子だ。私は母親に、山本綾香の事件について、話せる範囲で構わないので教えてもらえないか訊ねた。


「……分かりました」


 母親はボソッとそう言った後に、深呼吸をしてからポツポツと語り始める。


「事件が起きた日、私はあの村にある家で家事をしてました。夫は農作業をしてて……それが終わって夫が帰ってくると、綾香がどうしているか聞いてきたので、私は外で友達と遊んでいると答えました」

「その姿を見たんですか?」

「いえ。ただ、洗濯物を干している時に綾香が『友達と遊んでくる』と言うので、てっきり今もそうしているだろうと思って……」


 私は母親に、話を続けるように言った。


「はい。それで、その後は私と夫もいつも通りに家事をしていたのですが……夕方を過ぎて夜になっても綾香が帰ってこないので、どうなっているのかということになり、家を出て探しに行ったんです。

 村中を探したり、友達のいる家に訪問したり……色々と手を尽くしたのですが見つからなかったので、村の駐在さんに頼んで捜索願を出しました」


 そこまで言って、母親は当時の情景を思い出したのか両目をギュッとつぶった。


「数時間ぐらい経って夜中になりましたら、駐在さんから連絡があって……『お子さんが見つかった』と……」


 その時に、山本綾香が生きていたのか死んでいたのか……目の前の母親の姿を見れば、そのようなことを考える必要があるとは思わなかった。


「……遺体がこの街の病院に運ばれてから、私達は警察の事情聴取などで色々とてんてこ舞いでしたが……数日経って少し落ち着いた頃に、警察の方から連絡があったんです」

「なんと言っていましたか?」

「……娘は……綾香は、事故で亡くなったと……」

「大変申し訳ないのですが、その連絡をした刑事の名前と、連絡内容の詳しい説明をしてもらえませんか?」


 鳴海刑事に言われて、母親はいったん悲痛の泥沼から抜け出してしばらく顎に手を添えて考え込む。やがて思い出したのか、『あぁ』と言って話し始めた。


「確か、安藤という名前の、男性の刑事でした。失礼ですけど、あまり身なりの良い方ではなかったので、はじめは私も夫も疑っていたのですが、警察手帳を見せられて納得しました」

「えっ!?」


 母親の言葉に、大倉刑事が驚きの声を上げる。

 安藤……彼は、数年前に起きた事件にも関与していたのか……だが、驚くことでもないだろう。私達がこの家に来る前に彼に会った時、彼は山本綾香の名前に聞き覚えがあるようだった。当時も、今のように担当刑事だったのだろう。


「あの、何か……?」


 私は母親に、なんでもないので話を続けるように言った。


「はぁ……それで、連絡のことですが、特に詳しいことは聞いておりません。村の方々に事情聴取をしたり、遺体を調べてみても事件性はないので、おそらく誤って川に転落した事故死だろうと……」

「そのことに納得しましたか?」


 鬼島警部が遠慮なく質問するが、母親も毅然きぜんと答える。


「はい。あの子の葬儀が終わった後、私達の方でも近所の方々やあの子の友達にそれとなく聞いてみましたが、特にこれといった収穫はありませんでした」

「そこまでされたんですか……」


 大倉刑事が驚嘆の声を上げると、母親はニコッとほほ笑んだ。


「母親ですから……それに、今思えば自分を納得させるためにそうしていたんだと思います。

 幸い、私共にはまだ長男が一人おりますから、あの子の事を忘れずに、長男を育てていこうと、夫と一緒に決めましたの」

「そうですか……」


 母親の前向きな態度を見てそのように言うしかない鳴海刑事に代わって、私は今回の事情聴取に応じてくれたお礼と、引き続き話を聞くかもしれないこと、何か思い出したことがあれば、加山巡査まで知らせてほしいことを伝えた。


「はい、わかりました」


 加山巡査から名刺を受け取りながら、母親はニコッとほほ笑む……母は強しとはこのことか。

 私達は彼女に見送られてパトカーに乗り込んでしばらく市内を走った後、地元の警察署の駐車場に来ていた。


「それで、これからどうしましょうか?」


 車内で、鳴海刑事が私に聞いてくる。

 私はとりあえず、二手に分かれて捜査をする方針を伝えた。

 鬼島警部と大倉刑事と加山巡査は地元の警察署で山本綾香の事件に関するあらゆる資料を収集し、コピーを持ってくること。私と鳴海刑事は、横沢が集めていたという人形達の出所を調査することだ。

 私がその捜査方針を話すと、鬼島警部が口を開く。


「ま、何はともあれ、それでいいと思うぜ? あの安藤って刑事……あまりその事件にアタシらを関わらせたくないみたいな感じだったし……」

「それは、自分も感じたであります」

「では、そうしましょうか」


 鳴海刑事のその言葉を合図とばかりに、私達の身体は自然と動き出す。

 鬼島警部達はパトカーから降りて警察署へと歩き出し、私は鳴海刑事の運転で村に戻ることなった。


「では、行きましょうか」


 私は鳴海刑事の言葉に、この事件が複雑さを増していくことを不安に思いながら、力強く頷いた。

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