人形の家 ~いつも通りの出動~
「ふわぁ……今日も暇だなぁ……」
……ソファに寝そべる鬼島警部は、そう言いながらあくびをした。
彼女は、事件の捜査がない日はいつもこの調子だ。たまには、働いている姿を上司に見せてもいいだろうに……私がそう思っていると案の定、大倉刑事が鬼島警部の方を見る。
「警部、そろそろ仕事の方を―」
「あぁ、また今度な」
また今度仕事をするというのならば、なぜ彼女はこの時間に仕事場に来ているのだろうか?
そんな疑問をよそに、彼女は古い型のテレビを点けてワイドショーに意識を集中させてしまう……今日も今日とて、相変わらずこの部署は暇である。
だが、そんな平穏な時間は唐突に終わりを迎えた。専用タブレットに通信が入ったのだ。
私は気持ちを切り替えてタブレットを手に取って画面に目を向ける。予想通り、相手は『その者』だ。
『郊外山間部の村で、男性の溺死体が発見された。捜査してくれ』
チャットアプリを模した画面には、それだけのメッセージがあった。私はすかさず返信する。
『それだけでは、我々が介入する意味が分からない』
『溺死体の身元が、我々が普段から監視していた家に住んでいた住人と分かったんだ』
『組織はその溺死体に興味があるのか? それとも家の方か?』
『かつては、その両方だった。どうも、なんらかの相互作用があると考えていたらしい。だが、今となっては組織としての関心は家の方だろうな』
『亡くなった男性は、その家で亡くなっていたのか?』
『いいや。家の近くにある川だ。詳しいことは現場に向かって調べてみてくれ』
ふむ……今はこんなところか。あ、最後にもう一つ聞くのを忘れていた。
『男性が亡くなった原因に、怪異が絡んでいると思うか?』
『組織としても私個人としても、今のところは何とも言えない。少なくとも、こちらではそのような兆候は掴んでいない。だが、怪異が絡んでいると分かったならば慎重に動いてくれ。出来れば、その怪異はこちらで調査したい』
『了解。交信終了』
メッセージを送信してタブレットをカバンにしまった後、私はメンバー達に事件発生を伝えた。
「お、事件か? どこだ?」
……一応、最近では鬼島警部は事件の捜査には興味を示してくれているようだ。それだけでもありがたいと思おう。
その後、我々は大倉刑事の車に乗ってタブレットの画面に示された場所へ向かった。
我々を乗せた車は、ナビを頼りに騒がしい都会から郊外の山間部に向かい、やがて小さな村にたどり着いた。その村は、我々がこれまで捜査してきた村とたいして変わりなく、ここが同じ東京都内であることを疑ってしまうほどに寂れている。
数少ない村内の駐車場に車を停めて降りると、現場はそのすぐ近くのようで、すでに地元の警察が交通規制や規制線の警戒などにあたっていた。規制線の向こうに見える河川敷は、周囲一帯を囲むようにブルーシートの幕が張られ、その中から捜査員や鑑識係が慌ただしく出入りしている。
「お、あそこみたいだな」
「川での死体……うぷ、想像しただけで吐き気が……」
「大倉さん、無理しなくてもいいんですよ?」
「も、申し訳ないであります、先輩……」
その後、どうにか吐き気をこらえる大倉刑事を伴って、我々はビニールシートの幕まで近づいた。
地理的な問題のためか、周囲には野次馬などはおらず、村民と思われる老人が乗った軽トラが脇の道路をかすめていく。
「む?」
我々が幕のすぐそばまで近寄ると、周囲を警戒していた一人の警察官がこちらに目を向ける。その姿を見た瞬間、私の脳裏に電流のようなものがピシャッと走った。
「ややっ!? あなた方はっ!?」
「むむっ!?、貴様はっ!?」
同じような話し方――同じような体型――大倉刑事とよく似た雰囲気を纏うその警官は、ズンズンとこちらに歩み寄ってきた。
「押忍、お疲れ様でありますっ! 皆様方っ!」
そう叫んで、警官はビシッと敬礼する。その姿を見て、大倉刑事も同じように敬礼する。
「うむ、ご苦労であるっ!」
……声のトーンや声量まで似ている。
「か、加山さん? どうしてここに?」
鳴海刑事が、不思議そうに警官に問いかける。
加山太郎巡査……これまで、我々オモイカネ機関が人里離れた山村などで事件を捜査する時、高確率で出会う警察官だ。
何の因果か、彼は毎回捜査で危険な目に遭っているにもかかわらず、こうして元気な様子で我々の前に姿を現す……ある意味、頼もしい存在だ。
そんな加山巡査だが、言動が大倉刑事とよく似ているためか、彼と非常に仲が良いらしい。以前大倉刑事になんとなく質問したが、二人は普段から連絡を取り合う仲だそうだ。
加山巡査は鳴海刑事の質問を聞いて、気をつけの姿勢で返答する。
「はっ。本官は現在、この村の駐在任務を仰せつかっておりまして、村民からの通報を受けて現場にはせ参じた次第であります」
「で、その後は地元警察に捜査を任せて現場の警備に当たってたってところか?」
「はっ、そうでありますっ!」
……相変わらず、生真面目な性格をしている。それを利用されなければ良いのだが……。
私は彼に、遺体はどこにあるのか尋ねた。
「はっ、ご案内いたします」
そう言って彼は、ビニールの幕の中へ入っていく。その後ろ姿を追うように、我々も幕の中へ入っていった。
「む……」
幕の中へ入った瞬間……微かな異臭が鼻腔をくすぐってくる。
鳴海刑事や鬼島警部がその臭いを嗅ぎ取ったのかは不明だが、大倉刑事は早々に気付いたようだが、彼は毅然とした様子で歩みを進める……この程度の臭気であれば、大丈夫らしい。
そのまま草木が生い茂る中に造成されたコンクリート製の階段を下りて小川に降りる。幸い、今日は晴れ晴れとした天気のためか、水かさはそこまで高くなく、護岸工事のために造成された堤防の通路を歩いているため、身体を水に濡らすことはなさそうだ。
通路を少し歩いたところで、先頭をゆく加山巡査は口元を押さえて歩みを止めた……彼に近づくたびに、先ほどまで微かに感じていた異臭はその強度を増していき、彼の近くにたどり着いた時にはかなりの不快さを伴っていた。
「こ、こちらが、ご遺体の方になるであります……うぅ……」
「う、うむ、ご苦労……うぷっ……」
……まるで双子のような反応を見せる大倉刑事と加山巡査だったが、今は彼らの事は後回しにして遺体の調査を行う。
遺体の身元はまだ不明だが、白髪やシワの具合からして六十代以上の男性であると思われる。カーキ色の帽子に紺色のジャンパー、ベージュ色の作業ズボンといった装いは、この老人が地元の人間であることを感じさせる。
遺体は河川敷の藪の中に、まるで誰かに隠されたかのように存在していた。うつ伏せの体勢で、微かに見える顔を覗くと、目は見開いており、口は半開きであった。
この状態では何とも言えないが……前にアシュリンから聞いた限りでは、無理やり溺死させると遺体の口元に泡が発生すると言っていたような気がする。見た感じでは、この遺体にはそのようなものは見られない。
だが、他に目新しい傷も見当たらない……これが他殺だとすると、毒殺だろうか? それならば、それらしい症状が遺体に現れるはずなのだが……。
私が悩んでいると、私と共に遺体を検分していた鳴海刑事と鬼島警部もあらかた終わったようで、遺体から距離をとる。まだ腐敗しているわけではないが、水死体というのはとにかく異臭がひどい。
私は二人に、遺体を調査した感想を求めた。
「そうですね……服装から判断して、この男性は地元の方でしょう。でも、どうしてここで亡くなったのか……」
「ここで死んだとは限らないぜ? アタシも死因は分からないが、誰かに殺されたとすれば、どこか別の場所で殺された後にここに遺棄されたとも考えれる。アタシの勘だが、この遺体はどうも周りから隠すように遺棄されているように見えるしよ」
「あ、それは確かにそうですね」
鬼島警部の意見に、鳴海刑事が周囲を見渡しながら答える。
確かに、この辺りは他の河川敷と比べて一段と藪が深い。大人一人を隠してもバレなさそうだ。だが、それならば第一発見者はどうしてこの遺体を見つけられたのだろう?
私が新たに浮かんだ疑問について思考していると、背後から声が聞こえてきた。
「あ、報告するであります」
相手は、加山巡査だった。彼は制服の胸ポケットから手帳を取り出して広げる。
「え~、亡くなったのはこの宗形村に住む横沢成吉さん、六十二歳。第一発見者は自分であります」
「なに、お前が?」
大倉刑事が驚いた様子で加山巡査に目を向ける。
「押忍。自分が朝食を終えて朝のパトロールをしていると、ちょうどこの辺りで異臭を感じまして、何事かと思って周辺を捜索していると、あのご遺体を発見した次第であります、押忍」
……なるほど。それならば、これだけ隠蔽された遺体が見つかったのも納得がいく。
ただ、横沢の死因についてだが、もしこれがただの事故ならば、横沢のなんらかの不注意によるものだろう……しかし他殺であれば、いったい誰が、何の目的で彼を殺したのだろうか?
まぁ、それを調べるのが我々の仕事なのだが、もしこの事件が他殺だとして、犯人はあらかじめ横沢を殺す計画を立てていたのだろうか?……まだ証拠や証言が足りないが、おそらく違うと思う。
確かにここは、遺体を隠すのに都合のいい場所だが、加山巡査が言っていたように、いずれは異臭などで遺体の存在が明るみになるだろう。あらかじめ殺害計画が立てていたならば、これほどの田舎だ。他にも確実な遺体の隠蔽工作があるだろう。
あるいは、なんらかの理由によってここに遺体を置いた可能性もあるが……どうやら、これ以上の推察はもう少し調査が必要そうだ。
「おい」
唐突な声に、私は思考の海から現実の世界に引き上げられた。
「あんたら、ここで何やってんだ? 部外者は立ち入り禁止だぞ?」
見ると、ヨレヨレのスーツ姿でこちらを睨みつける中年男性の姿があった。
日焼けした肌に髪はボサボサで無精ひげを生やしたその姿は、作業着を着せれば立派な建設作業員といった感じだ……そういえば、本郷警部は身だしなみにはそれなりに気をつけていた印象がある。今はどうでもいいが。
とりあえず、私はこの男性に向かって警察手帳を見せて自己紹介をした。他のメンバー達も後に続く。
「捜査五課ぁ?」
男は目を丸くして、警察手帳と我々の顔を交互に見る。
「そうです。本件について捜査協力をするように命じられました」
「捜査協力だぁ!?」
鳴海刑事の言葉に、男はさらに目をひん剥いて、驚嘆の声を上げる。怒っているというよりは、純粋に驚いている様子だった。
「しょ、紹介するであります。こちら、地元警察の安藤刑事であります」
「……」
加山巡査に紹介された安藤刑事は、なおもこちらに怪訝な視線を向けてくる。
「あの――」
「ちょっと待ってろ」
鳴海刑事が口を開いた瞬間――安藤刑事は我々に背を向けて、スマートフォンを取り出してその辺をうろつきながらどこかに電話をかける。おそらく、地元警察署の署長だろう。
しばらくして戻ってくると、彼はスマートフォンをポケットに入れながら口を開いた。
「今、署長に確認した。なんでかは分からんが……よろしく頼むぜ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って鳴海刑事が微笑むと、安藤刑事はフンと鼻を鳴らした後に口を開く。
「まぁ、好きにしなよ。俺達はこれから聞き込みに行ってくる」
私は彼の言葉に了解の返事をした。
それを聞いて、彼は取り巻きの刑事達と共にその場を後にする……捜査一課の刑事というのは、皆取り巻きを連れて歩く風習でもあるのだろうか?
まぁ、今はそのことは放っておくとして、私は加山巡査に横沢の自宅へ案内するように言った。
「押忍、案内するであります」
こうして、我々は河川敷から上がって自転車を押す加山巡査に同行することとなった。
彼と共に村の様子を見るが、どうやらこの村は山沿いの斜面に家を建てて、平地はほとんど畑にしているようだ。先人の知恵というやつだろう。
道すがら、加山巡査と大倉刑事の話に耳を傾けるが、彼は我々と関わってからというものの激動の人生を送っているらしい。
最初の村で事件を解決した後、彼は一度自宅待機を命じられた後に次の村に派遣され、その村でも事件が起きて、我々がそれを解決した後に自宅待機を命じられた。
ただ、その時の扱いは最初の時とは違って栄転ということになっていたらしく、彼はしばらく都内の官舎に住みながら区内の交番勤務をしていたらしいが、数週間ほど前に彼に辞令が下り、現在我々がいる宗形村に転勤となったらしい。
普通の警官ならば、このような待遇を受けて辞職願を出すところだが、加山巡査はこの村に来てからも全力で警察業務に励んでいたらしい。なんともタフな人間である。
そうこうしているうちに、加山巡査の歩みが止まる……ふと周囲を見ると、そこは小高い丘のようで、先ほどまで我々がいたビニールシートの幕が後方の下側に見える。
「こ、これは……」
鳴海刑事の言葉に思わず振り返る。
「なんだ……こりゃ?」
……そこには、外観がビッシリと人形で埋め尽くされた、一軒の家があった。




