1.vsおっぱい
幸せは歩いてこない。だけど自ら歩いていこうという気にはなれない。
今にして思えば、一生懸命頑張ったと思える物は何一つない。
中学時代の運動部では特に練習もせず、それでも消去法でレギュラーに選ばれて、チーム全体の足枷となっていた。
高校時代は楽そうな文化部で自堕落な生活を送っていた。得意科目だった数学も2年になってからついて行けなくなり、3年のクラスは文系を選んだ。
親の金でF欄にも載らないような最低の大学に進学し、将来何の役にも立たない資格を取って、幼稚園児よりも暇な4年間を過ごした。
進路指導部に勧められた中小企業に内定を貰い、意気揚々と就職したものの、頭に血が上りやすい性格が仇となり、些細なことで辞表を出した。
その後もいくつかの職を転々としたが、どれも長続きしなかった。いつの間にか仕事をしていた時間よりも、無職である時間の方が長くなってしまっている。
大学時代の友人たちは、それぞれ別の道に進んだ。
一部上場企業に勤めた奴もいれば、ブラックな不動産に勤めた奴もいるし、職にはつかずデイトレーダーとして成功している奴もいる。仕事を辞めてフリーターになった奴は毎日楽しそうだ。
俺は一体、何をしているんだろう。
いつからこんな人間になってしまったんだろう。
将来俺はどうなっているんだろう。
実家に帰れば多少は楽に生活できるだろうが、無駄なプライドがそれを許さない。
貯金が増える事はなく、毎日減っていく一方だ。
布団に入り目を閉じると、様々な不安が一斉に襲いかかってくる。毎晩のように悪夢を見て、目覚めの悪い朝を迎える。
日中は比較的気が楽だ。
パソコンで笑える動画を見ていれば嫌なことも忘れられる。食材の買い出しに行ったり最低限の家事をしていれば、何かをしているつもりになれる。
そんな暮らしをしていると、1日はやけに長く、1ヶ月はやたらと短い。3ヶ月前の事は遠い昔の様であり、兄貴の嫁と初対面した正月はまるで昨日の事の様だ。
時々ふと、自分の存在意義について考えてしまうが、死にたいとは思っても、死のうなんてことは思わない。
俺は何もしない。
いや、正確には少しでも面倒くさいと思ったことはしない。
やりたいことだけやって、やりたくないことはしない。おおよそ野生動物と変わらない感情的な日常を過ごしている。
それなのに、今の自分には納得していない。主人公になれるとどこかで信じている。人生を変える劇的な展開が降りかかることを期待して、いつも現実と妄想の狭間を泳ぎまわっている。
「空から女の子……は、古すぎるか。あー。じゃあトラックにでも轢かれるか? ははっ。あーあ」
最近、独り言が増えた気がする。
別段意味があることではない。「あーあ」とか、「んー」とかがほとんどだ。というより、特に意味のない日々を送っているのだから、意味があることなど呟けるはずもない。意味ありげな事を言ったとしても、そこに意味はない。
「死のっかな〜。やーだね」
これもそう。
まるで意味がない、
「死んだ方がマシ〜。……あっ」
鼻歌を歌って、慌てて周りを確認した。
誰もいない、よかった。まぁ、11月の黄昏時に浜辺へ来る奴なんて居やしない。
こうして浜辺で黄昏ているのも、意味があるのかと聞かれれば、答えはノーである。
アパートに引きこもっているより、こうして何か意味ありげな事をしている方が楽なのだ。
なんの気無しに、手頃な流木を拾い上げた。浜辺に先端を突き刺して、歪な亀の絵を書いてみる。
なるほど、相変わらず絵の才能が皆無だな。
折角だし、このニート期間を使って絵の練習でもしてみようか? 自分の好きなようにイラストを描けたら、さぞかし楽しい事だろう。そうだ、いいかもしれない。明日にでも絵の練習を始めよう。
とか、まぁ。
こんな決意を100回したところで、1度たりとも実行しないのが俺の長所だ。ある意味で一貫している。いいじゃないか、言行不一致でも、無責任でも。誠実性の欠如が俺の個性なんだから。個性を伸ばすのがいいんだろ?
「死にたいか〜。死にたくなよ、アヒルだよ……は?」
アヒルじゃねぇわ。俺人間だった。危ねぇ、無意識って怖いね。
いやまてよ……? 世間が悪いんじゃね? そうだ、世の中が悪い。お前らの無関心が1人の人間をアヒルにするところだったんだぞ? 反省しなさい。
「飛び込んでみよっかな。海だしなぁ」
海だぁ〜っ!
そりゃ海だ。え、海じゃん。飛び込むか。
「やーだね」
そういえば、さっきまで何か大切な事を考えてた様な……。ん? 大切なこと? んなもんねぇよ。なぁ、カメさんよ。
はぁあ。空から女の子でも……って、思い出した。そうだった。妄想の最中だったんだ。妄想は大事ですよ。現実を忘れられるんだから。なぁそうだろ? カメさんよ。
「……無視すんな」
砂に描いたカメを消してやった。いい気味だ。二度と海には帰れないねぇ。
……なんだこの罪悪感は? 自分で生み出したものを殺す虚しさ……。なんでこんな気持ちにならないといけないんだよ。イライラしてきた。
「もしもしカメよ、カメさんよ〜」
もう一度、砂に歪なカメを描きあげた。
「世界のうちで、お前ほど〜」
こうしてやる、殺してやる。
今度はただ消すのではなく、首チョンパにしてやった。いい気味だ。
「竜宮城へ、来てみれば〜」
ん? こんな歌詞だったっけ?
違う違う。血が? え? ん? おー。
「さて、カメを殺したら帰って……」
「だめえええええっ!」
「え? ひぇ……」
それはあまりにも突然だった。
声もそうだが、目に映った光景に情けない声が出てしまう。
ずぶ濡れの着物姿の女が、海からあがってきたのだ。
「ころっ、殺しちゃだめぇええええっ!」
駆け寄って来そう勢いだが、海水が大量に染み込んでいる着物が重いらしく、のそのその亀の様に這っている。いや、怖い。なにこれ。
「命だけは……命だけは! お助けぇっ!」
「ひぇええ」
怖い怖い。昔、妖怪図鑑で読んだ「濡れ女」がこんな感じだった気がする。確か濡れ女が抱いている赤ん坊を代わりに抱いてやると、赤ん坊が石のように重くなって、海から牛鬼ってヤバいのが出てくるんだったっけ?
は? どういう設定? でも怖い。そういうよくわからないのが一番怖い。
「ぬ、濡れ、ぬれぬれーー」
「乙姫パァンチ!」
「いてっ」
殴られた。痛い。左頬にグーパンだ。
なんで〜? 物理攻撃? 赤子は〜?
「乙姫アッパー!」
「いてっ」
「乙姫チョップ!」
「いてっ」
「ハァ、ハァ……乙姫ぇ〜えっとぉ、キィック!」
「クソアマ殺すわ」
「ひえええええっ! 竜宮にて最強の乙姫奥義が効いてない!」
正直あまり痛くはなかったが、流石にイラッとした。
ずぶ濡れの女を押し倒して馬乗りになると、朧げな光で彼女の顔がうっすら見えた。
それがまた可愛い。なんだこいつ。変態か?
「くっ……殺すくらいなら犯して!」
「ええ……」
少なくとも女騎士ではないようだ。恐らく濡れ女でもない。きっと馬鹿な小娘だろう。
「お前、なんなの?」
「名乗ったら犯さない?」
「え、それは分かんないけど……」
世の中に絶対という事はない。
「終わった! 処女人生終わった! あ、ちょっと待って、提案があります」
「ん?」
「おっぱいを好きにしていいよ。だから殺さず、犯さないで? ね?」
「乗った」
「やった! おっぱいはすごいね、命と処女が守れちゃったよ」
「うむ」
あーいや、違う違う。なんだっけ? えーっと。あ、そうだ。
「それより、お前なんなの? 着衣水泳はするし、殴る蹴るの暴行を加えるし、ちょっとおかしいぞ?」
「あ、そうだ思い出した! あなた! カメを殺そうとしてたでしょ!? なんでそんな酷い事をするの!?」
「は?」
何言ってんだコイツ。カメを殺す?
「そんなことするわけ……あ、あったわ」
砂に描いたカメを殺して遊んでたな。
口に出してたから、声だけ聞いて勘違いしちゃったのかな?
「でしょ? だから私はそれを止めようとしたの」
「ふーん。偉いじゃん」
「でしょでしょ? 私こう見えても乙姫だから」
「へぇ〜。凄いじゃん」
「でしょでしょ? 凄いんだから」
中二病か。なんか懐かしいな。可愛いのにもったいない。
「あ、確認なんだけど、お前年齢は?」
「92歳!」
「おお年上か」
「いえす! 敬え〜!」
「じゃあ、ちょいと失礼」
「ややっ! なんで着物をはだけさせようとしてるの!?」
「なんでって、おっぱいを好きにしていい約束だっただろ?」
「あ、そっか。南無三!」
潔い女だ。嫌いじゃない。
そしてこりゃまた、着物を剥ぎ取って分かったが、かなりの巨乳じゃないか。乳首は陥没しているが、正直好みのおっぱいだ。
「では、失礼します」
「どうぞよろしく」
「おお、手に収まんないわ」
「乙姫だからね」
「乙姫すげえ」
大きいながらも程よい弾力があり、揉み心地が素晴らしい。揉めば揉むほど揉みたくなる。
だが、揉んでばかりいても仕方がない。少しばかり顔を出した乳首を弄らねば。
ほじるように弄ると、思いの外簡単に乳首は硬く腫れ、その全貌をあらわにした。
「あ、私思い出したんだけど」
「ん? なに?」
「ほら私って、普段ひとりエッチする時さ、乳首めちゃくちゃ弄るじゃん?」
「知らないけど、で?」
「あとほら、この前ついに乳首だけでイッちゃったじゃん?」
「知らないけど、で?」
「これさ、おっぱい許可したけど、イッちゃったらなんか負けたみたいじゃない?」
「じゃあバトルだな」
「負けないよ!」
ここが正念場である。
この勝負、負けるわけにはいかない。
さぁ、バトルスタートだ。