80.僕の持ってるお金で足りる?
今日は蜜柑と同じ色のスカートだった。プルソンがお昼から来るので、それまで僕は絵を描く。パパの隣にある僕用の机で、ペタペタと色を塗った。
絵の具という道具なの。パパが買ったお店の道具に入ってて、使い方はマルバスが知ってた。お水をつけた筆で、塗るんだけど……難しいから指でやる。水の入った器で濡らした指を使い、ペタペタと音をさせながら色を伸ばした。水をいっぱいにすると薄くなるし、たくさん絵の具を付けると色が濃くなる。
「楽しいか?」
「うん!」
頷いた僕は、アガレスに面白い使い方を教えてもらった。パパの仕事の印章に絵の具を付けると、違う色のスタンプが出来る。でもお仕事用だから我慢だね。
「明日にでもカリス様のスタンプを用意しましょう」
「本当?」
「何のマークがお好きですか?」
「パパの! パパのツノの形がいい!!」
僕にも生えてきたらいいのに。カッコいいよね。人を指差すのはダメだから、パパの腕に抱き着いた。頭の上にぽんと置かれた手が、優しく撫でてくれる。昔は僕の頭に触れるのは、痛い手ばかりだった。でも今は優しい手がいっぱい。
嬉しくて笑うと、可愛いと言って笑ってくれる。僕が好きと言ったら、同じように好きだと返す人がいるなんて。とても幸せだった。
「なるほど。すぐに手配しましょうね」
アガレスは紙にさらさらと絵を描いた。びっくりする。アガレスは絵が上手なんだね。ツノの形を描いた絵を、書類を取りに来た人に預けた。注文したら作るお店があるんだ。
「パパ、お金……僕の持ってるお金で足りる?」
銀と茶色の、まだ残ってるけど。あれでスタンプを作ってくれるかな。足りなかったら困るな。そう思った僕を膝の上に乗せて、パパは髪の毛にキスをした。ちゅっと音がする。
「お金は俺が出すから、心配しないでいいぞ」
「いつもパパが出してるよ?」
「大切な我が子にかかるお金を払うのは、親の喜びだ」
「ぎむ、じゃないの」
仕方ないから出してやる、義務だから。そんな言葉は聞いたことがあるけど、喜びは意味が違う。嬉しいのと同じだよね。パパが言葉を間違えたのかな。
「カリスがいっぱいお金を持っていて、俺は持ってなかった。俺に欲しい物があったらどうする?」
「僕がお金を持ってたらパパにあげるよ」
「ふふっ、ありがとう。カリスは優しいな。俺とカリスを入れ替えたら分かるか? 俺はお金を持っていて、カリスの欲しい物を買ってあげたい。受け取ってくれ」
「わかった! ありがとう、パパ。僕、スタンプ大切にするね」
パパが僕に買ってくれるスタンプは、新しい宝物になると思う。出来上がりが楽しみだ。いつもご飯を運ぶ猫のお姉さんが来た。もうお昼なのかも。これを食べたら、プルソンとお勉強の時間だ。昨日は数えるのを覚えたから、今日は何を教えてくれるんだろう。わくわくする。
「カリスは勉強が好きか?」
「好き! いっぱい覚えるから大変だけど、楽しい」
両手を広げて身振り手振りで示したら、パパがぎゅっと抱き締めて頬擦りした。アガレスが変な顔をしてるけど、どうしたのかな。手を伸ばしたら握ったから、気分は悪くないみたい。一緒にお昼を食べたら元気になるかも。
「さあ、お昼を食べよう」
長くて細い麺がつるつるするご飯は、パスタという名前だった。僕は白いスープで、パパは赤くて汁が少ない。両方半分こして食べた。アガレスも一緒に半分こしようとしたのに、パパが邪魔するの。仲良くしないとダメなんだからね!