77.プルソンは優しそうなお爺さん
水色のワンピースを被る。それから長くなってきた髪を結んでもらった。後ろでひとつにして、リボンを付ける。リボンの色はパパの髪と同じ黒にした。お洋服のベルトも黒なんだよ。
手を繋いで廊下に出たところで、木の枝みたいなツノの人に会った。少しお爺ちゃんだ。
「こんにちは」
僕から挨拶した。アガレスが教えてくれたんだけど、偉い人に声を掛けるのは気が引けるんだって。だから仲良くなりたかったら、僕から声を掛けないと。それに挨拶するとお城の人はにっこり笑ってくれる。僕、色んな人と挨拶してきたよ。
「こんにちは。賢そうなお坊ちゃんですな。お久しゅうございます、我が君」
僕に視線を合わせて屈んでくれたお爺ちゃんは、次にパパに挨拶した。パパの知り合いだったみたい。見上げる僕の前で、パパは大きく頷いた。
「ああ、今回は呼び立てて済まない。この子がカリス、我が契約者で息子だ。よろしく頼む、プルソン」
この人が、プルソン? 僕にお勉強を教えてくれる人だ。優しそうな人でよかった。白い髭があって、立派なツノの人だ。僕を叩いたりしない人だといいな。
「お披露目は私も拝見しました。立派なご挨拶でしたね。これから難しいお勉強もありますが、頑張りましょう」
そう言って僕へ手を差し出す。顔と手を交互に見た後、僕は手を乗せた。ぎゅっと掴んで軽く揺らす。握手という方法で、これも挨拶だと教えてもらう。こんな挨拶があるんだね。初めて知った。
「よろしくお願いします」
パパの真似をして挨拶を重ねると、頭を撫でた。しばらくはパパと同じ部屋でお勉強する。僕と一緒に仕事のお部屋に向かうプルソンは、ひょこひょこ歩いた。足が僕と違う形みたい。これは聞いてもいいのかな。それともいけないの?
ちらりとパパを見上げた僕に、パパは繋いだ手を引き寄せながら教えてくれた。
「プルソンの足は蹄という形だ。馬や牛と同じだな。だから二本足だと歩きづらい」
「そうですね。こればかりは不便ですが、逆に四つ足になると速いんですよ」
誇るように言われて、手を伸ばす。空いている左手をプルソンと繋いだ。握った手は普通にパパと同じ形なのに、この手で走れるの? 首を傾げたけど、言葉にしないと伝わらないので口を開く。
「あのね、この手で走ると痛くない?」
「ああ、これは便利なように変えていますが……本当はこんな手なのです」
握った手がもこもこと形を変えた。お馬さんみたいな手だ。指がなくて、爪が硬くて大きい。立ち止まった僕は握った手をじっくりみた後、顔を上げた。
「凄い! 変身できるの? 僕もできる?」
驚いた顔をしたプルソンに、もしかして悪いことを言ったのかと慌てる。だけどパパが抱き締めてくれた。
「安心しろ、プルソンは驚いただけだ」
「そうなの? 悪いこと言ってない?」
「ええ、そんなふうに受け取る人は初めてです」
平気と言われて、安心した。プルソンを傷つけたかと心配しちゃった。にっこり笑った僕は、人の手に戻ったプルソンと左手を繋ぐ。でもお爺ちゃんだからブランコは我慢だよ。右手を繋ぐパパの手は少し冷たくて、プルソンの手は僕より温かかった。
「純粋な方ですね」
「歪まないよう育てたい。教養関係は任せるぞ」
頭の上で会話してるのを聞かないフリするのは、僕が大人じゃないから。お仕事の話に「なぁに?」って聞いちゃいけないの。