75.僕は優しいパパを守りたいな
空を飛べる人は舞い上がって、上から攻撃した。飛べない人は、それを防ぐ練習。いっぱい剣がぶつかる音がして、牙や爪が体を傷つける。でも痛くても泣かずに戦う姿に、僕はぎゅっと拳を握った。
傷があったら痛いし、血が出ても痛い。それなのに戦う。どうしてだろう。痛かったら泣いてやめてもいいと思う。
「こうして戦うのが不思議か?」
「だって痛いのに」
「奴らは、弱い人を守るために戦う。ゲーティアの悪魔には、戦える強さを持つ者と、知恵で戦う者がいる。もちろん両方持つアガレスのような者は少数だ」
アガレスは強くて、賢くて。でも全員がそうじゃない。パパの言ってることは分かるよ。僕も戦ったら弱いから。
目の前で戦ってる騎士は、いっぱい血が出ても剣を離さなかった。爪が折れた人もいるのに、まだ戦うの?
「彼らは戦うことを選んだ騎士だ。もし痛いからと逃げたら、後ろで守られる者が殺されてしまう。だから決して諦めず、引かない」
後ろで僕みたいに弱い人がいたら、逃げられないのかな。すごく痛くて動けなくなるまで戦う騎士は、心が強いんだね。僕なら痛くて「ごめんなさい」して動けなくなる。
「カリスも大人になれば強くなれる。その強さで、誰かを守ればいい」
「カリス様、騎士はカリス様や陛下を守り、民を守ります。その忠義を裏切らず、真っ直ぐな心で育ってください」
「難しい」
よく分からない。真っ直ぐな心って、どうやったらなれるんだろう。
「今のまま、陛下や民に優しいカリス様でいてくれますか」
言い直したアガレスの言葉に、大きく頷いた。当たり前だよ。僕に優しくしてくれる人に、僕がひどいことなんてしない。優しくされたら、優しく返すんだ。パパが僕にくれた優しさを、僕はアガレスやアモン、マルバス、もちろんパパにもあげたい。
「よし、せっかくの機会だ。剣を持ってみるか」
「いいの?!」
アモンの号令で練習が止まる。すると、傷がどんどん消えていった。びっくりして瞬きしながらもう一度見るけど、やっぱりさっきのケガがない。血はまだついてるけど、少しずつ消えていった。
「この場は鍛練用です。傷は自然と治るよう、細工がしてありますわ」
アモンがこっそり教えてくれた。それでこの場所で練習するのか。頷いた僕に、アモンは微笑んで頭を撫でる。腰から抜いた剣を持って、くるりと回した。向きが変わった剣の持つところに、手を添える。
「しっかり持って。そうです」
アモンが手を離したら、がくんと重くなった。地面に落ちちゃうと思ったら、後ろからパパが手を添えてくれる。ほっとした。アモンの大切な剣だと思うから、傷にしたくない。
「魔力を流す練習をしてみよう」
「胸のここに温かいものがあります。それを手の方へ動かして……ああ、わかりづらいですか。ならば指で辿る先へ付いてこられますか?」
アガレスが教える通りに温かいものを動かそうとする。じわじわと熱くなってきた。アガレスの指が僕の胸から肩に移動して、慌てて追いかける。温かいのが付いていくよう、目でも追った。
「上手です、今度は腕を下に降りてきましょうか」
肩から腕を通って、肘を抜けて、その先まで。熱いのが移動していく。
「頑張れ!」
「カリス様、もう少しです」
アモンや皆が応援してくれる。熱いのがどこかに行かないよう睨みつけながら、アモンの指先の跡を続いた。
「ほら、出来ました。本当に優秀ですね」
アガレスが褒める言葉で、僕は気づいた。さっきまで重くて持てなかった剣が軽い。パパも添えていた手を離したのに、アモンも触ってない。なのに軽いよ。
「おめでとうございます。これで立派な騎士ですね」
アガレスに言われて、嬉しくなった。僕も誰かを守ってあげられる。だったら優しいパパを守りたいな。