70.僕はお嬢ちゃんじゃないよ
銀色を1つ、茶色を2つ。数えて渡す。僕が数えられるのは、片手分だけ。だから一番多くても5つまでだった。足りてよかった。ほっとしながらお金を渡すと、女の子は嬉しそうに笑う。
「そこで食べよう」
近くにあった机と椅子は誰も使ってなくて、そこへ座って魚の入った皿を覗いた。お土産分はパパが収納のお部屋にしまった。手に持って歩くと、魚の汁が溢れちゃうから、これが安全みたい。それに今の状態で温かく持って帰れるんだよ。さすがパパ! 僕も早く教えてもらおう。
椅子は高くて、机に魚を置いたパパが僕のお尻を押してようやく上がれた。座って向きを変えたけど、今度は机が高い。大人用なのかな。パパが隣に座ってから、僕を膝に乗せた。これなら届く。
お魚を食べるために、僕の首のところへハンカチを結ぶ。このハンカチは大きくて、僕のお腹部分も隠した。小さいお花の模様が入ってて可愛い。後でアモンにお礼を言わなくちゃ。
「柔らかくて骨まで食べられるぞ」
パパが細くて長い魚をぐっとナイフで切った。骨も切れたみたいで、僕は躊躇いなく口を開ける。口に入ったお魚は甘くてしょっぱくて、すごく美味しかった。
「美味しい! すごい美味しいよ、パパ」
「そうか、どれ」
パパも一口食べて美味しいと笑った。一緒に美味しいもの食べると、自然と笑顔になる。だから美味しい料理を作れる人は、すごい人なんだよ。もぐもぐとよく噛んで食べると、ほろほろ崩れる部分があった。魚の身より硬くて、でも口の中で壊れていく。美味しくて夢中になっていると、いつの間にか僕達の近くに人がいっぱいだった。
「お嬢ちゃん、美味しいかい?」
「うん! それとね、僕はお嬢ちゃんじゃないの」
「ああ、なるほど。成長の願掛けか。間違えて悪かったな、立派な坊ちゃんだ」
びっくりした顔をしたけれど、おじさんは笑って女の子の屋台で注文した。それを見ていた人も次々と注文する。たくさんあったお魚は、あっという間に売り切れてしまった。残念、もう一つ食べたかったのに。
「今食べたのはカリスの分だから、今度は俺の分を食べよう」
「でもパパのご飯だよ」
「カリスのご飯を俺も一緒に食べたぞ。だから今度は俺の分を一緒に食べよう。おあいこだ」
おあいこ? 新しい言葉を覚えた。パパの分も美味しくて、一緒に笑顔で食べ終わった。お店の女の子は全部売れたみたいで、お店を片付けている。あれだけ美味しいなら、皆欲しがると思うし。明日からもお客さんたくさん来そう。
「願掛けって何するの?」
「カリスが無事に大きく成長できますように、とお願いすることだ。男と女を逆にすることで、願掛けになる。カリスのために、アモンが用意したんだが……いやか?」
「ううん。僕このお洋服大好きだよ」
ひらひらする裾がちょっと捲れる。慌ててパパが押さえた。スカートは風に揺れるけど、膝より上は人前で見せないんだって。次から気をつけるね。
「さて他に何を買おうか?」
まだ食べられるけど、僕は甘いのが欲しい。そう伝えたら、一緒に広場の反対側へ移動した。こないだの薄焼きのお店を通り過ぎて、その先で綺麗な飴を売ってるお店に足を止める。
「これ、何?」
飴の隣にある、ごつごつしたお星様みたいなの。色がピンクや青、緑、黄色、白もあって綺麗。じっと見つめる先で、おばあさんが笑った。お店の人だ。
「これは金平糖だよ。甘いから好きなんじゃないかねえ」
「甘いの?」
「気に入ったならこれにしよう」
自分で好きなだけ掬って買うの。どきどきしながら、お匙で瓶に入れる。一番上まで入れて、おばあさんが重さを計った。お金は茶色が5つ。どうしよう、さっき2つ使ったから、もう3つしかない。握ったお金を見つめて、僕は泣きそうになった。