69.お金を払うのは僕の仕事
アガレスは今日も見送りをしてくれた。ばいばいと手を振って、パパと手を繋いで歩く。ひらひらする裾の服は、ワンピースという名前だった。歩かなくても風に揺れるし、ふわふわして楽しい。スカートの端に可愛いレースと刺繍が入ってた。
少し歩くと抱っこされた。アガレスが見えない場所まで歩く約束だったの。抱っこしたパパが「この方が好きだ」と言った。僕を抱っこしたいの? なら、僕もパパを抱っこする。ぎゅっと首に手を回して抱っこしたら、綺麗なパパの顔が僕の頬にすりすりした。
笑いながら進むと、すぐに街が見えてくる。屋台が並ぶ道で下ろしてもらい、また手を繋いで歩いた。今日は僕の首にいっぱい首飾りがついてる。前にマルバスがくれたやつと、パパから貰った赤い石がついた銀鎖の飾り。それからアガレスが僕に、可愛い模様の入ったリボンを巻いた。これも僕の居場所が分かる道具なんだって。
心配は嬉しい。僕のことを好きだからだよね。たくさんあると、いっぱい好きになってもらえた気がするよ。
「疲れたらすぐに言ってくれ」
大人と子どもは疲れる早さが違うの。だからパパは心配みたい。大丈夫だよ。僕はちゃんと口で言えるから。
「わかった! 今日はご飯買うの?」
朝のご飯は少しにしてきた。外で買うからだよ。わくわくする。僕の腰に巻いた小さなバッグは、中にお金が入れてあった。銀色のが3つと、茶色いのが5つ。それとは別に金色のが1つ隠してある。スカートの服の胸のところに、小さなポケットがあるの。お洋服を脱がないと見えないんだよ。作ったアモンは凄いね。
「何が食べたい?」
いろんな匂いがする。屋台がいっぱいある道は、途中で丸い噴水が置かれていた。その周りは椅子や机が並んで、いろんな人がご飯を食べてる。僕もあそこで食べるの? きょろきょろしながら、人がいっぱいいる屋台を眺めた。
奥の方に小さな屋台がある。屋根がなくて、机だけ。そこから凄く美味しそうな匂いがした。
「パパ、あそこ」
手で方向を教える。そちらに向きを変えてくれた。パパが一歩踏み出すと、僕は両方の足を動かさないと間に合わない。一生懸命ついていく。パパはゆっくり、ゆっくり歩いた。広場から外れた場所にある屋台は、痩せた女の子がいる。他の屋台は火を使ったりしてるのに、ここは作ったお料理を並べてるだけだった。
「これは、どうやって食べるの?」
棒に刺さった魚や肉を焼くお店は見たけど、ここは違う。お魚が茶色い汁の中に沈んでいた。中に手を突っ込んで捕まえるのかな。
「あの……煮魚というんです」
「ふーん、凄くいい匂いがする」
僕が知らない食べ物の匂いがする。僕はこれが食べてみたい。振り返って、パパに言葉でお願いした。
「パパ、僕はこれがいい」
「ふむ。魚を煮たのか? 珍しいな。セーレへの土産にしてやろう。知っていたか? マルバスは魚が好きなんだぞ」
「じゃあ、皆のお土産にする! ここのお魚を、これだけください!!」
名前を数えながら指で示したのは片手ともう一本。
「四人分を包んでくれ。二人分は今食べる」
パパが注文を分かりやすく伝えた。女の子は嬉しそうに笑って、持ち帰り用のお皿に入れていく。お金を払うのは僕の仕事、ポーチのお金を確認して握り締めた。