67.この子の笑顔を守らねばならん
大きなパンはバゲットで、切れ目に野菜やハムを挟んでいる。それを突き刺さったと表現するカリスが愛おしい。俺が知るどんな言葉より、カリスは真っ直ぐに表現した。常に嘘がない感情は、心地よい。
人とはここまで純粋に育つことがあるのか。我らが誇りと美しき姿を捨てて助けた種族は、こんなにも尊い生き物だっただろうか。
「バエル様、前を失礼いたします」
さっと動いたアガレスが、カリスの前に何かを置いた。手早く結んでいく。どうやら受けがついたエプロンのようだ。これで食べている間に食べ物を溢す心配が減る。
「アモンか?」
「いえ、セーレから譲り受けました。今日のデザートが食べづらいそうです」
バゲットサンドを食べ終えたカリスを見ながら、今日の昼食が変わった形で提供された理由に気づいた。普通ならバゲットの腹を割くように切って具を挟む。だが今日は長いまま、上に複数の切れ目を入れて具を挟む変則的な提供方法だった。
カリスが喜ぶと思ったのだろう。見たことがない大きな料理は、確かにこの子の気持ちを掴んだ。セーレらしい演出だと笑い、用意されたデザートの籠を引き寄せる。
大粒の苺を挟んだパイは、クリームなどの柔らかい部分もあり、食べづらい。カリスが両手で掴んで食べるのは構わないが、ぼろぼろとパイが崩れてしまう。マナーより食べやすさ重視で、紙ナプキンでパイを包んだ。それから両手で持たせる。
「溢れても気にせず食べなさい。そういう食べ物だ」
「わかった」
気にしないように、先に話しておく。新しいお菓子に目を輝かせるカリスが、一気に齧り付く。甘酸っぱい苺とクリームの組み合わせに頬を緩め、また齧った。反対側からクリームが飛び出ているが、紙ナプキンがかろうじて抑えていた。
「我々も頂くとしよう」
「はい、では失礼して」
アガレスは用意されたカトラリーに触れず、カリスと同じスタイルで齧る。普段は礼儀だマナーだとうるさい男だが、気が利く。上位者がマナー違反をしたときは、同じスタイルで相手に恥をかかせないのも大切なマナーだった。
子どものカリスに合わせ、豪快に齧り付く。こういう食べ方は初めてだが、これはこれで美味い。上品に食べるより美味いのではないか? 楽しくなってきた。カリスが来てから、新しい発見ばかりだ。
「パパ、美味しかった」
「良かったな。また作ってくれるよう頼もうか」
「うん! 僕もセーレにお願いする」
可愛い我が子が汚した手を拭いて、エプロンを外す。下の受け部分にパイの皮が散って、着ぐるみは汚れていなかった。このエプロンは優秀だな。もう少し大きくなったら、カリスに使わせよう。
今は膝に乗せて食事をしているが、恥をかかぬようマナーを覚える時期が来る。その時に溢さぬよう使えば、カリスも気が楽だろう。手を綺麗に拭いたカリスは、用意されたカップのお茶をゆっくり飲んだ。火傷しないよう温度は低めにしている。
「少し甘い」
「蜂蜜が入っていると聞いていますよ」
アガレスが甘さの理由を説明すると、カリスはほわりと笑った。この子には辛い思いをさせたくない。ずっと笑っていられるよう、我らが力を尽くさねばならん。愛らしい笑顔を見ながら、心に誓った。