65.悪夢はまだ付いてくる
眩しくて目を開けたら、パパの後ろから日が差してた。もう朝なの? ちょっとしか寝てない気がする。ごしごしと目を擦ったら、パパに止められた。
「目を傷にするぞ。おはよう、カリス」
ちゅっと額にキスをくれる。だから僕も手を突いて起き上がり、パパのほっぺにキスをした。お返しだよ。
「おはよ、パパ」
「いい夢は見れたか」
「うんとね、何も見なかったの」
怖い夢もいい夢も、何もなかった。ちょっと目を閉じて開いたら朝だった感じ。身振り手振りを交えて説明する間に、パパは指を鳴らして着替えた。早いね。僕はパパが並べたお洋服を選ぶところから。
昨日は羊さんだったけど、今日は縞模様の猫さんにした。耳が丸いから猫さんだと思う。黄色と黒の縞々を撫でていると「虎」という名前を教えてもらった。
「虎さん?」
「そうだ。カリスより大きいぞ」
一緒に絵本で確認する約束をして、虎さんを着る。尻尾も細いし、やっぱり猫さんだよ。お手手のふかふかを楽しんでいると、パパが僕を抱き上げた。ぬいぐるみは狼さんじゃなくて、兎さんに変わる。よくわからないけど、アモンがそう決めたみたい。狼さんはベッドでお留守番になった。
一緒にご飯を食べて、果物を噛みながら窓の外へ目を向けた。灰色の空は寒そう。ぶるりと身を震わせた瞬間、何かが頭の中に出てきた。
怖い顔の人が僕を叩こうとした。僕はパパに捨てられたって言われて、あれ? 違う? そうじゃない。僕じゃない僕が言ったんだ。もうパパは僕を捨てた……?
「落ち着け、カリス。俺を見ろ……わかるか? バエルだ。パパだぞ」
繰り返される言葉を、同じように繰り返す。僕に触れているのはバエル、僕のパパで僕を抱っこしてる。
「賢いいい子だ。俺とカリスはひとつだ。カリスがいないと俺は死んでしまう。わかるか? ずっと一緒だ」
僕とパパは一緒。ずっとずっと一緒で、ひとつ。だからパパの側にいてもいい? 僕のこと邪魔で捨てたりしないよね。
「大切な我が子の手を離す親はいない。カリスには父親の俺だけ。わかるか?」
そう、昔の名前がない僕には母親がいたけど、今のカリスにはパパがいる。パパは僕を大切にして、ご飯をくれて、一緒に寝る。よかった、僕はパパの子だ。
「そう、カリスは俺の子だ。ずっと一緒にいる」
繰り返される言葉に安心して、にっこり笑った。パパも笑ってくれたけど、綺麗なハンカチで僕の目を押さえる。あれ? いつ泣いてたんだろう。頬も濡れてる。優しく拭いたパパが、濡れていた頬にキスをくれた。
「怖くなくなるまで、ずっとパパにくっついているか?」
「邪魔じゃない?」
お前は邪魔だってよく言われたけど。
「カリスならいつでも歓迎だ。嬉しいぞ、全然邪魔じゃない。むしろいつでも抱っこしていたい」
パパは僕に嘘を言わない。だからぎゅっと腕に力をこめて抱き着いた。あったかい。パパに抱っこされて今日は一日過ごすと決めた。パパの腕は僕の宝物だよ。