64.罪人の処分はお任せください
なんて愚かな勇気の持ち主でしょうか。感嘆の息すら漏れそうですよ。
魔王の宝である契約者を傷つけようとした。魔王の息子と宣言された愛し子に、襲い掛かったという。一目惚れしたと言い訳し、己の欲を満たそうと幼子を攫った。
魔王城に務める身でありながら、王を裏切ったのですね。大した度胸です。生きたまま引き裂かれなかったことが不思議なほどに。カリス様の御前で、残虐な行為は避けたのでしょう。そうでなければ、生まれたことを後悔するほど、悲惨な目に遭ったはず。
このままでは殺してしまう。そう告げる主君から預かった獲物は、お言葉に従い殺さず遊ぶことにいたしましょう。
「アモン、わかっていますね」
「ええ。殺して終わりにしてあげない。泣いて叫んで嘆願して、それでも救われない地獄がお似合いよ」
あのカリス様に手を出そうとした。それも可愛い幼子に悪戯がしたかっただけ。ただ可愛くて、無邪気な笑みを涙で歪ませたかったなんて。そんな俗な理由が赦されるはずないのですから。
すでに右手首は魔皇帝である主によって消されている。面倒ですが、指は揃っていた方が楽しめます。直しましょう。治療ではありません。物理的に形と機能を戻すだけ。痛みを癒すことなく。
魔力で包んで傷を消し、同時に体内に針を埋め込む。激痛で動けない男の首を掴んで、黒印を刻んだ。悪魔が使用する印は限られている。カリス様の胸元にある契約印と同じくらい頻繁に利用されるのが、この黒印だった。獲物に刻むことで、居場所を見失う危険がなくなる。さらに他の悪魔に対し、この獲物が誰の所有物か示す意味もあった。
見失った隙に食われることほど、みっともないミスはありませんからね。ゲーティアの宰相であるアガレスの印を無視できるのは、皇帝陛下バエル様のみ。足元で激痛に呻く獲物に剣を突き立てた。喉を切って大量の血を溢れさせても死ねない。黒印は赦されるまで死ねない呪いだった。
「足掻きなさい。このアガレスの黒印を持ったまま放逐されたら、どれほど愉しめるか。お前も知っているはずだ」
過去に何人も放ってきた。宰相アガレスの黒印は、最底辺の罪人の証だ。アガレスが消滅する日まで死ねず、誰の手助けも得られない。逃れる道はアガレスの死のみ。絶望しか残らぬ罪に、男は怯えて首を横に振った。
「コキュートスへ堕とすほど、優しくありません」
「先に騎士団の練習用に貸して欲しいの。いいかしら?」
「好きに使いなさい」
微笑む女将軍アモンに向け、男を突き飛ばす。魔法や剣の練習の的として使うのだろう。まずはその程度の軽い罰から始めるのがいいか。狂えずこの世の地獄を味わい尽くし、絶望に枯れていくがいい。突き放すアガレスは残忍な笑みを浮かべた。裂けた口から除いた牙が恐ろしさを際立たせる。言い訳を並べる口を爪で引き裂き、アモンは男の顎を掴んで引き摺って消えた。
カリス様は落ち着かれたでしょうか。見上げた空はどんよりと暗い。悪魔を美しいと表現し、事実、心眼でその内面を読み取るあの子にとって、我欲に溺れた罪人を見るのは恐ろしかったはず。心に傷を残していなければ良いのですが。