35.名前が書けるように練習する
寝ている時間が長いのは、僕の体が悪魔に近づいてるから。勉強の合間に、アガレスがいろいろと教えてくれる。欠伸が出て、なんで眠いのか聞いた答えがこれだった。
「僕、たくさん寝たら早く悪魔になる?」
「そう、ですね。近づくと思いますよ」
穏やかな口調で話すアガレスは怒ると怖い人だって、マルバスが言ってた。その直後に怒られて、外にぽいっと捨てられちゃったの。びっくりして窓から覗くと、マルバスはくるっと一回転して着地する。僕と違って体を鍛えてるから?
「あれは猫科特有の動きです。カリス様は鍛えても、違う動きになりますよ」
「そうなの」
パパがいない時は、できるだけ声に出して話す。そうしないと伝わらないの。パパは僕が思う言葉をそのまま聞いてるけど、アガレスやアモン達は無理だった。理由は契約者かどうか。じゃあ全員契約したらいいと思ったのに、パパがそんなのはダメと嫌がった。
パパが嫌なら、僕がちゃんとお話しすればいいんだよ。だから僕を嫌わないでね。心配になってそう伝えたら、ぎゅっと抱き締められた。パパは死んでも僕を嫌いにならない、そう約束してる。大切な約束は初めてで、特別な感じがした。
「続きをお勉強しましょうか」
白い棒で、黒い板にがりがりと文字を書く。今日は文字を三つだけ。僕の名前なんだよ。綺麗に書けたら、パパにも見せる。今は隣の部屋でお仕事してるよ。僕の勉強が気になって、パパがお仕事しないからアガレスが怒ったの。隣の部屋に移動しても、何回か顔を見せて怒られちゃった。
早く書けるようになったら、パパも喜ぶと思う。何度も繰り返して「カリス」と文字を残した。真ん中の「リ」が変な形になっちゃう。「リ」だけ練習した。白い棒が短くなってきて、持ちづらい。
「交換しましょうね」
僕を見守りながら、手元の書類も確認するアガレスが、新しい棒をくれる。これは書いていると減ってくの。黒い板はいっぱいになったら、ぽんぽんと合図すると文字が消えた。魔法を使ってて、叩く場所に丸い印がある。これが魔法陣という名前で、特別なことをする時に使う印。
僕も胸の上にあるよ。パパと僕が契約した印だった。痛くないし、綺麗なお星様の模様だから気に入ってる。マルバスが掛けてくれたお守りの丸い石が、ちょうど星の真ん中に来るんだ。
「今の文字はいいですよ」
アガレスはたくさん褒めてくれる。僕がいい子だからだよって笑う。優しいアガレスは大好きだけど、あまりパパを怒らないで欲しい。パパ、なんだかしょんぼりしていたよ?