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2.名付けすら放棄されていた?

 ゆっくりと周囲の様子を窺う。誰かいる。音でわかるし、人が居ると気づけるようになった。怖くて目が開けられない。きっと僕が起きたら、また殴られるんだよ。お腹を蹴られると痛くて、しばらく息が出来ないから。


「起きているのであろう? 我が契約者よ」


 聞いたことがある声に、恐る恐る目を開ける。あの綺麗な人だ。夜空みたいな黒い髪とお月様みたいな銀の瞳、白い手が伸ばされた。後ろに下がろうとして、もっと酷い目に遭うのが嫌で我慢する。


「ふむ。随分と怯えているが……」


「陛下が恐ろしいのではありませんか?」


 後ろから別の声がした。近づいたその人は、動物と人間が半分ずつに見える。ふさふさした毛皮があるけど、お顔や手はつるんとしていた。


 膝を突いて視線を合わせてくれる姿に、僕は台みたいな場所に寝ている事実に気づいた。慌てる。こんな柔らかくて綺麗な場所、僕が汚したら困るから。動こうとしたら手足がまだ痛くて、涙を堪えて体を引き摺った。転がるようにして落ちた僕を、動物の人が受け止める。


「ごめ、なさ……僕、きたな、ぃから」


 離してと言いたくない。このまま抱き締めていて? 殴られても蹴られても我慢するから、時々こうして抱き締めて欲しい。温かくてほわほわした気持ちになる。


 くんと匂いを嗅ぐ仕草に、僕が臭いんじゃないかと気づいた。ごめんなさい、汚い僕が触って。突っぱねないといけないのに、気持ちは逆で、しがみつこうとしちゃう。僕は悪い子だった。


「アガレス、我が契約者ぞ。返せ」


「奪ったり致しませんよ、ご安心ください。それより、この子の傷を手当てさせましょう。それから、契約者を名乗るなら印を付けないと危険です」


「わかっておる。これからだ」


 難しい話について行けず、僕は震えながら両方の顔を見る。どちらが先に殴るの? 捨てられた僕はこの人に拾われたの? 疑問が不安となって広がった。


「名は?」


 黒髪の綺麗な人が膝を突いた。ベッドから落ちた僕を正面から見つめる。名前? 呼ばれ方のことだよね。


「おい」


「……今、なんと?」


 言われた通りに答えた。びくりと肩を揺らし、怒らせたことに怯えながら小さな声でもう一度繰り返す。怒ったんじゃないよね?


「おい」


 いつも「おい」って呼ばれた。いつもコレだから、名前だと思う。他の人は違う名前があった。僕は思い出しながら、呼びかけられた言葉を並べていく。本当は別に名前があったのかも。でも僕じゃ区別がつかないから、全部口にした。


「ゴミ、しね、この野郎、クズ……混じり者……っ!?」


 投げかけられた言葉を思い出していたら、黒髪の綺麗な人が怒ってる。ぎりっと歯を食い縛る音がした。僕、殴られるの? 慌てて両手で頭を抱えて背を丸める。殴られるならお腹より背中の方が痛くない。我慢するから、僕が悪いから、怒らないで。


 震えながら小さく小さく体を丸めた。しかし、痛い拳が落ちてくることはない。隙間から上を覗くと、驚いた顔をした動物の人と目が合う。黒髪の人が白い手を伸ばして、僕の髪を撫でた。すごく気持ちいい。殴らないでくれたことに「ありがとう」と言ったら、泣きそうな顔をされた。

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