外伝7-1.叩いたんじゃなくて殴ったの
お仕事をするパパの隣で、お絵描きを始める。最近の僕は、パパの視察のお仕事について行くの。そこで見た風景や出来事を絵にして、提出するんだよ。アガレスやマルバスが、書類と絵を一緒にしまうの。
僕の絵はわかりやすくて、説明に使いやすいんだって。褒めてもらえて嬉しいから、一生懸命に描くの。色もたくさん使うよ。前にパパがお店の棚にあった道具を全部買ってくれたけど、ほとんど使ってる。
「遅くなりました」
お仕事を始める時間になっても、アガレスは来なかった。何かご用事があったのかな? 遅くなったと言って顔を見せたアガレスは、自分の席に座る。大量の書類を前に手を伸ばした。
「アガレス、その手はケガしたの?」
気になって尋ねた。だって赤くなってる。血じゃないけど、真っ赤に腫れていた。痛そう。それに唇の端も切れてるし、頬も変な色になり始めた。
「すみません。お見苦しくて」
お見苦しいは分からないけど、痛いのは我慢したらダメだと思う。パパを見ると、眉を寄せていた。心配だよね。
「治療してこい」
「なら俺が」
向かいのマルバスが手を上げて、さっと立ち上がった。マルバスは傷を治すのが得意なの。前に僕も治してもらったよ。傷に手を当てて消していく間に、ノックの音がした。
「どうぞ」
こういうと、向こうの人が入ってこれる。お部屋にノックの音がしたら、返事するのは僕の役目なんだ。新しくパパに貰った立派なお仕事で、部屋に書類を運んでくる人も喜んでくれる。
開いた扉の先にいたのは、アモンだった。重ねた書類の紙を持ってすたすたと歩き、アガレスの机の上へ置いた。いつもなら声をかけたり、微笑んだりするのに、今日は唇を尖らせたまま。
ぷいっと目を逸らして帰ろうとした。その後ろ姿が変な気がして、僕はアモンを呼んでいた。
「アモン、どうしたの?」
足が痛いのかな。引き摺ってるみたい。僕の心配に気づいたパパがアモンを呼び寄せ、あれこれと尋ねた。最初は「なんでもない」と言ったのに、途中で泣き出してしまう。
「カリス、アモンから話を聞いてくれるか?」
「うん、行こう。アモン」
パパと座っていた長椅子から降りて、駆け寄る。手を伸ばしたら、泣きながらも握った。一緒にお部屋の奥へ行って、ふかふかのソファに座る。
「アモン、足痛いの? どこで転んじゃったの?」
お話を聞こうと話しかけたら、さらに泣いちゃった。僕じゃダメなのかな。しょんぼりした僕だけど、すぐにアモンが両手で涙を拭いた。それから泣くのを我慢しながら、お話をしてくれたの。
「あの人が、私を叩いたの……」
あの人って、アガレスのこと? アガレスがアモンを叩いたの? お嫁さんなのに。
あれ? でもアガレスもケガしてた。あれはアモンがやったのかな。だったらお互いに「ごめんなさい」したら仲直りが出来るよね。
「アモンも叩いたの?」
「いいえ、殴ったわ」
叩くのは手のひらで、殴るのは握った形。痛いのは握った拳の方かも。アモンがパチンと叩かれて、アガレスを拳で殴った……あれれ。
混乱してきて、僕はうーんと考え込んだ。どちらが悪いんだろう。アガレスの治療をしたマルバスがこっちに来て、今度はアモンを治してくれる。小さな声でお礼を言ったアモンは、悲しそうな顔をしていた。やっぱり二人で謝ればいいと思う。