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外伝5−1.愛しているのに置いていく

 産んだ我が子が不幸になることを望む親がいようか。幸せになって欲しい。いつも笑って過ごして欲しい。この気持ちは真実なのに、複雑な役目と能力を与えてしまった。


 予言の子――世界を背負い、神と対峙して封印する役目。虐げられた勇気ある元天使を解放する子。苦労して産んだ我が子は、すやすやと眠る。輝く銀の髪は天使を、青い瞳は悪魔を示した。まだ見ぬ我が子の笑顔を想像し、アザゼルは頬を濡らす。


「私のせいです。でも……必ず幸せになれるから。それまで」


 不幸な目に遭うことを承知で、人間の世界に置いていく。この子の純粋さと曇りない視界を保つ。ただそれだけのために。我が子の不幸を望まぬこの手で……。


 対になる魂を持つバエルに預けたなら、安心できた。しかし予言がそれを許さない。幸せになるために定められた不幸が、この子を待っていた。


「ごめんなさい」


 謝って、眠る子どもの頬を指先で撫ぜた。徐々に手足から力が抜け出ていく。あと数時間で私は消滅するだろう。この子の中に宿る力の一部として吸収される。ずっと近くで見守るけど、手を出せなくなるのが辛かった。きっと泣くだろう。悲しい、苦しいと助けを求めるはず。寂しい思いもさせるかな。


 最後の力を振り絞り、魔皇帝バエルの元へ繋ぐ。ほんの僅か、頬を掠める程度の魔力しか送れなかった。それでもあの方は気にしてくれる。そういう人だから、この子の運命を預けるに相応しいと考えた。


 平らな男の胸では、乳を飲ませてやることも出来ない。女であればよかったと思う。産むことはできるが、育てられない。その事が何より辛かった。天使であり悪魔であるこの身は、どちらから見ても裏切り者だ。それでもバエルは受け入れた。


 男であり女である。ならば、母乳くらい飲ませてやりたかったな。ぽつりと涙が落ちる。愛しているのに、それをこの子に伝える方法がない。ただただ悲しかった。


 我が子の頬に落ちた涙を拭い、透けてきた指先で最後の術を発動させる。これが私の使える最後の力だ。死だけは避けられるよう、心と体を守る魔法だよ。いつか、これに気づいて解いてくれる人がいたら、幸せになれるからね。


 私はここで崩れ去る。痛くないよう横たえた子の中に入った。僅かな意識と力を注いだ子は、むずがるように泣き出す。私のために泣いたの? そう思うと愛しさと切なさで苦しくなった。その感情さえ、飲み込まれて消える。


 見守る子は名前も与えられず、虐げられた。助けてあげられなくてごめんと謝るたび、後悔が満ちる。定められた時は近づき、ついに現れた。


 汚れ傷ついた息子を大切そうに抱き上げ、バエルは偽悪的に振る舞う。


「そなたの庇護者も悪くあるまい」


 彼の言葉に、ようやくこの魂の役目が終わるのを感じた。残滓であるアザゼルの心は消える予定だった。しかし、カリスと名付けられた息子は、まだ私と繋がっている。この子の苦しみを見続けた褒美なのか? 笑顔を浮かべ、幸せそうなカリスを感じながら、少しずつ私は同化を始めていた。あと数年で溶けて混じる。その日を楽しみに、カリスの笑顔を見守るとしよう。


 愛しているよ、私の可愛い吾子――カリス。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アザゼル…。カリスの中に居たんだね…。 (´・_・`) [一言] 愛しい我が子がひどい目に遭ってるに助けてあげられないのは辛いですね…。(-ω-;)
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