外伝3−2.平和って難しいんだな
折角なので、このまま帰るのも勿体無い。ウリエルが持ち込んだゲームを試すことにした。最近流行っているらしく、小さな四角いサイコロがセットだ。
「ゲームは簡単、このシートの上に駒を置いて、順番にサイコロを振る。サイコロの数だけ前に進んで、書いてある指示に従うんだ」
「カリス、分かったか?」
説明書を読んで理解したウリエルの説明に、バエルが確認する。カリスはしばらく盤面シートを眺めた後で頷いた。
「平気、僕は文字も数字も読めるよ」
「そうだな。さすがは俺の息子だ」
いつも褒めて育てる主義のバエルが、カリスを肯定する。これが純粋な子が育つ秘訣か。駒は全部で7色ある。カリスが皆の色を選ぶことになり、真剣に迷って自分用に青を選んだ。僕が赤、ウリエルは黄色、緑がラファエルでガブリエルに白。残ったのは紫と黒だった。
「パパは黒!」
それは髪の色で選んだのか? 天使全員がそう思ったが、余計なツッコミは我慢した。我慢できずフライングしそうになったガブリエルの口をウリエルが塞ぐ。見事だ。いい仕事だったと視線で褒めて頷いた。
順番は駒の色を決めた順になり、カリスが転がす。いきなり6が出て一気に進んだ。こういう運試しは意外と強いのかも。何しろ神を封印する子だし。ミカエルが3、残った天使は全員1と2だった。バエルは平然と5を出す。完璧じゃないか。もしかして操作したんじゃないか? そう疑いたくなる結果だった。6でカリスと並ばず、だが天使達を牽制する位置……5。何か思惑を感じる。
その後も順調に進み、ウリエルが途中で「スタート地点に戻る」を選び顔を押さえて叫び、うっかり「あがり」へ続く4を出したガブリエルが手を滑らせて駒を退場させた。この場でカリスが頂点を取ることは決まっている。
「もうすぐだ」
目を輝かせて楽しむカリスは、次に3以上を出せばあがり。その後ろにつけるのは、バエルで残り5だ。ここで思わぬ事態が起きた。
「あっ、パパの勝ちだ!」
「……あ、ああ」
出てしまった5の目をこっそり転がして変えようとしたが、その前にカリスに目撃されてしまった。バエルがぎこちなく頷き、駒を動かす。あがりのマスに置かれた黒い駒が憎らしい。後は順当にカリスがあがり、ラファエル、僕、ウリエルだった。ガブリエルは途中で駒を退場させたので、最下位決定である。
「もう一回やる?」
楽しかったと笑う子どもに絆されて、再びシートを取り囲む。色も順番もさっきと同じだ。カリスが勝てるように調整しながら、盤の上を駒が進む。誰もが真剣な顔でサイコロと駒を睨み、己の次に出すべき数字を計算する中。ふと僕は気づいた。
仮にも天使の頂点に立つ4人の熾天使達と、魔皇帝やその息子が一緒にゲームをするなんて。それも双六だよ? 平和になったなぁ。そう実感した。誰憚ることなく、カリスの名を呼べる。一緒に遊んでも誰も咎めたり、裏切りだと騒がない。
「どうした? お前の番だぞ」
ガブリエルに促されて、サイコロを手に取った。転がしながら「平和になったなと思って」と笑顔を浮かべる。ほぼ全員が頷いた。
「今度はミカエルの勝ち」
言われて、ほんわかしていた場が凍りつく。目を向けた先で、6を示したサイコロ。僕の駒を6個動かしたらあがりだった。やってしまった……青ざめた僕は、ゲーム終了後に他の天使達に罵倒される羽目に陥った。
平和って難しい。