外伝2-1.思わぬ落とし穴だった
ペタペタと音を立てて歩く子どもの後ろをついていく。この子が予言の子で、神を封印する鍵だったと誰が信じるだろう。神であった我でさえ、今も信じられないのだ。
「ニィ、疲れちゃったの?」
こてりと首を傾げ、可愛らしさを全面に出すカリスは、他人の目にどう映るかなど気にしていない。だが可愛い。世界を治めることに疲れたとは言え、この子といられるなら封印されてもいいか、と神が思うほどにカリスは特別だった。創造の力を宿す唯一の天使が生んだ子。産み落としたのではなく、創造した。
天使の好きな銀髪に、悪魔が好む青い瞳。象牙の肌は健康的で、虐待された過去が嘘のようだった。それだけバエルが可愛がった証拠だろう。堕天する前は、ルシフェルと名乗っていた。
堕天して外見の美しさを奪われても、心は堕ちなかったバエル。あの優秀なアガレスやアモン達でさえ、獣の姿に変わったというのに。心眼を持つカリスはその醜さも受け入れた。この子こそ、神の座に相応しいのかも知れない。
『余計なこと考えるなよ。噛み殺すぞ』
監視するようにケルベロスが唸る。これも封印したはずなのに、カリスが解放したらしい。ただの飼い犬のように扱い、魔犬を仔犬として抱き上げた。その腕を羨ましいと思う自分がいる。カリスに触れると気持ちが良い。心に澱んだ醜い感情が、浄化される気がした。
『何も出来ないさ』
猫に封じられた今の状態で、神の軌跡や力を振るうことは出来ない。自嘲を込めた声に何を感じたのか。ケルベロスは唸るのをやめた。周囲を気にしながら近づき、ひょいっと首後ろを咥える。本性がバレてからは、元の姿でいることが増えた。それでもカリスは怯えない。奇妙な子だ。
「ベロ、偉いね。ニィは疲れたのかな」
疲れた子猫を、ケルベロスが運んでいると思ったらしい。カリスは手を伸ばしてケルベロスを褒めた。ベロなど中身に似合わぬ愛称を呼ばれ、尻尾をぶんぶん振りまくった。まったく、天使を屠る魔犬の威厳の欠片もない振る舞いよ。
ふんと鼻で笑ったら、ベロの口からカリスの腕に移動させられる。用心する間もなく、喉を撫でられた。ここは! 猫なら逆らえない!! くそっ、我は神ぞ?! じたばたする手足は力を失い、気づけば喉を鳴らしていた。
『ふむ、神とやらも可愛いではないか。面倒を見てやろう』
こんな筈では! そう思うが、この子の手は心地よい。温かくて眠くなるし、ベロの背中も思いの外、居心地が良かった。封じられ、ただの猫として過ごすと決めたのは我だ。仕方あるまい。
「ベロ、ニィ。ご飯だよ」
ベロの前には大きな生肉。子猫である我より大きな肉を、奴は骨ごと噛み砕く。その隣でミルクに浸したパンもどきを食べた。わざわざ猫用に購入したらしい。悪くない。
ケルベロスをベロと呼ぶように、我をニィと呼ぶ。それを心地よいと感じているのだから、諦めるしかあるまい? ニィとして、悪魔のカリスに飼われる神がいても良いであろうさ。




