182.見える真実と視えない現実
羨ましいという言葉を「同じ赤い飴が欲しい」と認識したカリスは、彼らの口に飴を押し込む。アガレス達は同じ飴が欲しかったわけじゃなく、「あーん」が羨ましかったのだが結果として、カリスに食べさせてもらい満足そうだ。
カリスは、心眼で物を見ている。それが人でも同じだった。悪魔に堕ちた俺達の姿も、カリスなりに正確に捉えている。アガレスは外見上は妖艶な悪魔だ。人間を誘惑する関係上、魅力的な外見だった。しかしカリスには、黒い狼に見えるという。
現在は元の姿に戻っている。黒くなった髪はそのままだが、見た目は天使だった大人しそうな青年だ。目元のキツい雰囲気も消えた。それでもカリスは、外見の変化を指摘しなかった。つまり変化がないのだ。敵と見做せば容赦せず、どこまでも追いかける性質が、狼となって見えたのだろう。
マルバスやアモンもそうだ。性格が写し出された鏡のような状態を、カリスは見ている。それで嫌わないのだから、心の広さは折り紙付きだった。
「俺はどう見える?」
「前と同じ。黒くて長い髪と、綺麗なお顔。あと、銀のツノと目がきらきらしてる」
独特の表現だが、ほとんどは天使の頃と同じらしい。カリスの目に映るのが、醜い獣の姿でなくてよかった。この子に汚い姿を見せ怯えさせるなら、距離を置くことさえ考えた程だ。
「前より綺麗になった」
にこにこ笑うカリスは、嬉しがらせを口にして頬にキスをする。お返ししながら、徐々に消えていく獣の証を隠した。鋭い鉤爪や焼け爛れた獣の腕、縦に割れた瞳孔と口からはみ出す牙も、この子には気づかれずに済んだ。
かつての天使の姿を取り戻すことに、喜びより安堵を覚える。これで醜い本性を見られずに済む、と。黒髪は 徐々に色が抜けて、金髪に戻るのだろう。神がその座を退く意味は、すべてが正しい位置に戻ること。神が己の欲と感情で曇らせた目が、澄み渡ることだった。
「カリスはいつも可愛い。最近はカッコよくなったぞ」
「ほんと? パパみたいになれるかな」
「そうだな」
相槌を打つ声が震えた。俺のようにならないで欲しいが、憧れてくれるのは嬉しい。ぎゅっと抱き締めた我が子は、その手を必死に背中へ伸ばした。全身で好きだと公言し、守りたいと告げる幼くも気高い魂だ。縛り付けたこの子が俺を不要と断じるまで、この手を離さずにいよう。
にゃー。足下で鳴いた猫に、カリスは「ニィ」と名づけてしまった。この世界の創造主なのだが、適当過ぎる。まあ、当人が気にしていないので問題ないか。
ベロは小猫の首を咥え、平然とぶら下げて運んだ。上下関係は、先輩ペットのケルベロスが上のようだ。今もカリスの足をよじ登ろうとしたニィを捕まえ、器用に前足で押さえていた。おそらく正体を知っていて、粗雑な扱いをするのだろう。傲慢なケルベロスらしい。
「ベロ、ニィと仲良くね」
ばうっ! 返事だけは一人前だった。