177.パパに会う前の僕と同じだよ
剣が切り裂いた先で、何かが暴れる。何もない場所なのに、僕は見えていた。そう、見えるの。誰かが暴れて苦しんでいた。気になるけど、パパとの約束だから動かないよ。
パパの服をぎゅっと握って、でも目はそちらに向いてしまう。呻く誰かが手を伸ばす。僕の方へ伸びて、触りそうになったところでパパが切った。剣に触れた場所から小さな砂みたいに消えていく。
苦しそうな声はさらに大きくなって、僕は消えかけの塊に手を伸ばした。ざらりとした感じが手のひらに付いて、握り締める。親指の爪くらいの塊を握って、パパを見上げた。
「救うのか?」
「痛いって、苦しいって泣くの。昔の僕みたい。パパに会う前の僕と同じだよ」
「……仕方ない。それがカリスの決断なら、従うのが俺の役目だ。魔皇帝として、契約者の決断を尊重しよう」
痛がっていた何かが一箇所に集まる。ベロに似た動物だけど、犬じゃない。じっと見つめる先で、くるんと丸い体で長い尻尾のある生き物は「にゃー」と鳴いた。
「パパ、あのニャーは何?」
「猫という動物だ。見たことはないか?」
「あるけど……僕の知ってる猫は翼付いてない」
「確かにそうだな」
くすくす笑うパパが、空中から落ちた猫の首を掴んで持ち上げた。僕の腕の中に下ろす。くるっと丸い背中は柔らかい毛皮に包まれて、僕は頬擦りしてみた。嫌がらないね。
「神の封印は終わりだ」
「うん、戦うお仕事も終わり?」
「ああ、帰ろう。アガレスやミカエルが待ってるぞ」
「僕ね、皆でご飯したい……それで、一緒に遊んで……えっと……」
やりたいことを並べる間に、欠伸が出て瞼が重くなる。すごく疲れた。起きてられないの。そんな僕の目元を、温かいパパの手が覆った。
「やりたいことは起きてから聞く。今は寝ていい。ちゃんと城に連れて帰るから安心しろ」
後で聞くと言われて、少しだけ怖かった。でも連れて帰る約束を聞けば吹き飛んじゃう。胸の真ん中が温かくてぽかぽかして、抱っこした猫が僕の頬を舐めた。この子、さっきの悲しそうな声の人だよね。僕を一生懸命呼んでた。
僕はパパの息子で、ずっと一緒の約束をしたから……君の子になれない。だけど、お友達としてそばに居たらいいよ。パパも許してくれると思う。僕のパパは世界一、優しくて素敵な人だから。
閉じた瞼の裏に、パパが浮かぶ。白くて大きな翼の影にある黒い翼も、長い黒髪や銀のツノもすごく綺麗。自慢のパパだ。重なって、金色の輝く髪と真っ白な羽をもつパパの姿も浮かんだ。ツノはなくて、瞳は同じ銀色。こっちの色も似合うけど、いつものパパの方が好き。
お城に着いたら、僕が起きるまで一緒にいてね。起きたら頬にキスをして? 僕もお返しをしたいから、抱っこしてくれたら嬉しいな。