166.天使を齧ると悪い犬になるよ
ベロとの朝のお散歩も、いつも通り長く歩けるようになった。戦いがあるから短い道にしてたの。でもお庭をぐるっと回っても良くなって、ベロも嬉しいみたい。朝の早い時間は、紐で繋がなくても平気になった。
大喜びで走るベロと僕、後ろからパパが付いてくる。いつもの光景だよ。そこへミカエルが現れた。続いて、ラファエルとガブリエル、ウリエルまで。僕は止まりきれなくて、ミカエルにぶつかったけど、後ろでガブリエルが支えてくれた。
「ぶつかってごめんなさい、転ばないようにしてくれてありがとう」
ごめんなさいとありがとうは、大切な言葉なんだよ。それから挨拶を忘れたと気付いた。
「あと……おはよう」
「あ、ああ。おはよう」
「本当にいい子だよね」
「「おはよう」」
皆が挨拶を返してくれた。にっこり笑う僕を、そっと撫でる。順番がミカエル、ウリエル、ガブリエル……あれ? ラファエルだけ手を伸ばしたのに引っ込めちゃった。
「撫でないの?」
「撫でていいのか?」
質問に質問を返すのはダメだよ。そう言いながら、また伸びた手の下に頭を入れる。ゆっくり時間をかけて触って、優しく撫でていた。ほら、僕が言った通りだ。ラファエルも優しい天使だよ。
「現れる時は周囲に気をつけろ。それと……その犬の件は謝らんぞ」
ん? パパの妙な言葉に振り返ると、ウリエルの服をベロが齧ってた。
「ベロ、ダメ! 噛んだらダメでしょ。悪い犬になっちゃうよ」
「……ケルベロスだけどな」
ぼそっとミカエルが何か言ったけど、今はベロを叱るのが先。手招きすると、しょんぼりした様子で手が届く手前で止まった。僕が叩くと思ったの? ママだからそんなことしないよ。奥様じゃないもの。
ベロが近づかないから、僕が近づく。ぺたんと座ったベロを抱きしめて、人を噛んだらいけないと説明した。僕が間違ったことをしたら、パパもこうやって教えてくれるから。噛まれたら痛いし、嫌な気持ちになる。ベロが嫌われちゃうよ。僕は皆に可愛いと言ってもらえるベロが好き。
わん。そう鳴いたベロは反省したみたい。だから僕がウリエルに「服を噛んでごめんなさい」を伝えた。ベロは話せないから、ママである僕のお仕事だよ。ウリエルは「服だけで体じゃないからいいよ」と答えてくれた。ほっとする。
振り返ったら、パパとミカエル、ラファエルが真剣にお話をしてる。ウリエルとガブリエルは僕を撫でたり、お菓子を手の上に呼び出したりしていた。気になってパパを見つめる僕に、目線を合わせてしゃがむガブリエルが「知りたい?」と聞いた。
一回頷いて、すぐに首を横に振る。
「いいの。パパが僕に教えない時は、知らなくていいことだから。僕はまだ子どもで、大人のお話の邪魔はしないんだよ」
気になるけど、必要なことならパパは隠さないもん。そう言って笑ったら「偉いな」ってお菓子を二つもらった。お礼を言って、ベロと半分こする。もう一つは大事にポーチへ入れた。
「食べないのかい」
「後でパパと食べる」
にこにこと笑った僕に、ガブリエルとウリエルが声を揃えて叫んだ。
「「ああっ、羨ましい」」