160.お前なんか怖くない!
首を横に振ったパパの姿に、約束を思い出す。僕は天使と話をしちゃダメ。両手で口を押さえて、話さないよと示した。パパの目が柔らかくなる。綺麗な銀色のお月様みたいな目は、僕を映して笑った。
「あなた様は誑かされているのです」
「俺もみくびられたものだな。そうだとして、天使のお前には関係あるまい」
パパは怖い顔で天使に向き直った。他の天使より羽が多くて、キラキラがいっぱい。ミカエルやウリエルが言ってた「ラファエル」と言う名前の天使だよね。綺麗な人だな。でも金髪に黒い色が入ってる。もやもやしてて、前髪が黒く見えた。
じっと見つめる僕をラファエルが睨む。でも怖くないんだから! 僕のパパはすごく強くて、ベロも大きくて、僕だって頑張れる。お前なんか怖くない。ぎゅっと拳を握って僕はそう唱えた。同じ言葉を何度も繰り返すと、願いが叶うんだ。奥様が昔にそう言ってた。だから僕は何度でも願うよ。
皆が傷つかないで、パパやベロも無事でいて。僕はパパと一緒にいる約束を守りたい。誰も戦わないで、奪わないで!
僕が繰り返すたびに、ラファエルは困惑した顔になる。お願いが届いたのかな。僕は金髪の天使の人も嫌いじゃないの。黒いお顔の人は怖いけど……天使も悪魔も優しい人がいっぱいで、僕はただパパと一緒にいられたらいい。ずっとずっと、僕が大人になっても。
パパやベロ、優しくしてくれる悪魔のアガレス、マルバス、アモン、セーレ、プルソン……あとお店の人や騎士の人も。皆、一緒に笑っていたい。ミカエルやウリエル、ガブリエルは天使だけど、僕に酷いことしなかった。だからラファエルもやめてくれたらいいのに。
金髪の前髪の黒いもやもやが大きくなって、ぐにゃぐにゃして顔を隠そうとする。でも、ラファエルの手で遠くへ飛ばされた。僕を見る目が優しくなる。青い色なんだね、晴れた日の空みたい。黒いのが消えたら、よく見えるようになった。
「申し訳ありません、目が曇っていたようです」
何のお話だろう。お空じゃなくて目も曇るの? 拭いたら綺麗になるのかな。自分の目は見えないけど、パパを見上げる。僕を見つめる銀の瞳が綺麗で、パパのお顔も綺麗だった。嬉しくなって飛びつく。パパも僕を抱き返してくれた。
「構わん、連中を引かせろ」
「はい。退却させたら、改めてお詫びをさせてください」
ばさりと白い羽を動かして、ラファエルは行っちゃった。天使の人が皆ついて行く。僕は我慢できたことに安心した。口を開く前に帰ったから、約束守れたよ。
「よく我慢したな、偉いぞ」
「うん」
喜んだ僕とパパに、先に下へ降りたアガレスが叫んだ。
「大変です! 陛下、カリス様……ケルベロスが!!」
ベロが? どうしたの? もしかしたら天使に虐められてケガをしたのかも。慌てる僕を抱っこし直したパパが「落ちるぞ」と注意した。ぎゅっと掴まって、降りるパパにしがみ付く。ベロは大きいまま、僕を見上げて尻尾を振った。ケガしてないよね?