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136.カリスを守るなら過去は問わぬ

 アガレス達の心配もわかる。過去に封印したケルベロスは凶悪で、知る限りで十数人の悪魔が食われた。封印した際も、協力した兵が1人犠牲になっている。


 あのケルベロスなら、仔犬は大人しくカリスに抱かれていない。安全のためカリスに持たせた首飾りやお守りは、結界と居場所を知らせる機能があった。ケルベロスの攻撃であっても、ほぼ完璧に防ぐはずだ。


 言葉が通じる可愛い仔犬なら、それでいい。カリスを傷つけたり、泣かせる存在でなければ、どのような過去の持ち主でも許そう。意味ありげな眼差しを送れば、仔犬が笑ったような気がした。


「カリス、今日はもう休もう」


 ベッドに入るよう促せば、当然のように仔犬は付いてきた。足下に用意した籠に入り、大人しく丸くなる。ベロは自分の立場や役目を理解したような素振りが多い。今もカリスをベッドに誘導して、自分は決められた場所で休む。この扱いに納得しているように見えた。


 カリスに絵本を読み聞かせる。はらはらしながら耳を傾けるカリスの目蓋がゆっくり閉じた。それでも、しばらく読み聞かせの声は止めない。いきなり止めると、目が覚めてしまうらしい。以前の失敗を生かして、カリスの様子を見ながら本を閉じた。


 丸まった仔犬を見れば、ちらっとこちらを窺っている。耳もぴくりと動いたので、起きているのは間違いなかった。ならば、忠告のひとつも届くであろう。


「そなた、カリスを傷つければ……魂まで粉々に砕くぞ」


 脅しの言葉を低く向けると、一瞬牙を剥いた後、ベロは明らかに笑った。口の端を上げ、たちの悪い笑顔を作る。やはり、ただの犬ではなかったか。


『今の俺にとってカリスは母も同然。慈しむ存在に向ける牙はない。母を傷つけるぐらいなら、己を殺すさ』


 唸るような声に混じる念話は、魔力を持つ魔物である可能性を匂わせる。だが、俺は逆に安心した。カリスはまだ価値観が不安定だ。己の価値を理解せず、他者のためなら身を投げ出そうとする。カリスの側に、何もできぬ弱者がいれば足を引っ張るだろう。


「名はケルベロスで良いのか?」


『母が付けたなら、それが俺の名だ。昔呼ばれた名と同じなのは、ただの偶然か?』


 くつりと笑って、仔犬は目を閉じた。尻尾を胴に沿わせ、前足に顎を乗せて耳を垂らす。その姿に俺も笑みを浮かべた。カリスの隣に潜り、擦り寄る愛し子の背を抱く。


 ぽんぽんと叩いて腕を貸す。しがみ付いて抱き枕のように頬を押し当てる姿は、本当に愛らしかった。結界で守る我が子が飼いたいと願うなら、かつて封印した化け物でも構わない。仔犬になった理由は知らんが、カリスを()んだのは偶然ではあるまい。


 魔犬ケルベロスが、幼子に飼われるベロである事実――それもまた、カリスの人タラシの一端か。昨夜と違い、今夜はよく眠れそうだ。温かなカリスを胸に、俺は眠るために大きく息を吐き出した。

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