130.スプーンも自分で出来るよ
頭や体を絨毯に擦った仔犬が戻ってくる。抱き上げて膝に乗せた。その僕をパパが膝に座らせる。パパの上に僕、その膝に仔犬だよ。そうしたら、仔犬は下で食べると言われた。
「僕はママだよ。一緒に食べるの」
「……仔犬は自分で食べられるから、器にご飯を入れて好きにさせるんだよ」
僕と違って、フォークもスプーンも使えるのかな? パパに下ろしてもらって、仔犬を器の前で離した。ご飯が入ってるの。パンと牛乳だよ。柔らかくて美味しいと思うけど、僕の顔を見ていて食べない。頭を撫でて「食べていいよ」と声をかけたら、やっと口をつけた。直接食べてる。
「賢い仔犬だ。いい名前を考えてやろう」
パパが仔犬を褒めた。ご飯をいいよと言われないのに食べるのは、賢くないんだね。僕もパパがいいと言って食べたから、賢いのかも。期待を込めて見上げると、パパは困った顔をしていた。
「カリスはもちろん賢くて可愛い。だけど、人間と仔犬は違うんだ」
「僕はもう悪魔だよ」
「ああ、そうだったな。悪魔と仔犬も違う。この仔犬は自分で食べられるから、カリスも頑張ろう」
「うん! 僕も自分でできる」
仔犬が出来るんだもん。器に入ったパンを食べる仔犬は、大きく尻尾を振ってる。千切れて飛んでっちゃいそう。
パパのお膝に座って、スプーンを握る。近くにある皿にスプーンの先を入れて、持ち上げる。でも中身が全部落ちちゃった。パパがやってた姿を思い出し、くるりとスプーンを回す。もう一度掬ったら、今度は出来た。
「熱いぞ」
「うん、ふぅ……ふぅ」
パパの真似をして吹くと、半分くらいスープが消えちゃう。下に溢れちゃうの。ふぅっとするたびに、揺れちゃうんだよ。パパが手を支えてくれたら、溢れなくなった。冷ましてから口に入れる。美味しい。
お豆の味がする。もう一度掬って、今度もふぅと冷ましてパパを振り返った。
「パパ、あーんして」
口を開けたパパを見ながらスプーンを出すと、中身がないの。僕のスプーンに穴空いているのかな。心配になって覗くけど、ちゃんと銀色のスプーンは綺麗だった。もう一度掬ったら、僕が冷ます前にパパが食べた。
「パパ?」
「うん、美味しい。俺は熱くても平気だぞ」
大人は熱くても平気だと笑ったパパに釣られて、僕も笑った。僕が掬ったスープをパパが飲む。僕は自分で飲めると思ったのに、パパが食べさせて欲しいって言うの。
「俺の大切な役目だ。可愛い息子に食事をさせたいんだ」
「パパがしたいの?」
「やりたい」
うーん。僕は自分で食べられるけど、パパがしたいなら「あーん」してもいいよ。口を開けて僕はパパに食べさせてもらった。でもパパに食べさせたから、自分で食べたのと同じだよね。
パンとお肉、それからチーズも。たくさん食べて、果物も食べたの。今日は甘酸っぱい小さい林檎みたいなやつ。これは名前がプラムで、黄色い中身だった。
気づいたら仔犬は食べ終わって、丸くなってた。ぷー、と変な音がする。イビキって言うんだって。お腹いっぱいになって満足したんだろう、とパパが抱き上げてベッドの端に乗せた。
僕とパパが一緒に並んで眠る。見える場所で仔犬も寝ていた。明日、いい名前を付けようね。