128.誰か仔犬を助けて
仔犬は言葉じゃなくて、気持ちを伝えてくる。だからケガをした状況はわからなかった。ただ、昔の僕と同じように蹴られたり叩かれたのかも。変な方を向いていた足は、アモンが治してくれた。
「ありがと、アモン」
「いいのです。こんな小さな子に、どうして酷いことが出来るのかしら」
なぜか僕を見ながらアモンはそう呟いて、涙を拭いた。変な方を向いた足は千切れかけていたんだって。向きを直して、くっつけて。まだ痛いと思うけど、徐々に治るんだよ。あとお腹には血が溜まってて、それはセーレが手伝って抜いた。でもまだ痛そう。
「治すにはどうするの?」
「薬を塗って、食事を与える。ゆっくり眠って治すんだ」
僕がケガした時、パパがえいっと消してくれた。痛みも傷も消えたのに、どうして仔犬には出来ないんだろう。痛いって言ってるのに。
「この仔犬は魔物ではない。ゲーティアに住む種族だけ、魔法で治せる。地上の仔犬に魔法が効かないのだ」
意地悪をしてるわけじゃない。パパはそう言った。小さく頷く。僕はパパと同じ悪魔になったから、パパの息子だから魔法が効くんだね
「仔犬を治せる人、いないのかな。こんな小さいのに、痛いのをずっと我慢するのは可哀想だよ」
むっと唇を尖らせて我慢してたけど、ぽろっと涙が落ちた。パパは辛そうに僕を抱き締める。
「治せるよ」
突然聞こえた声に、アガレスが「勝手に侵入しないでください。殺しますよ!」と叫んだ。顔を上げると、ミカエルが僕を見てる。いつ来たんだろう……じゃなくて、治せるの?
「仔犬、助かる?」
「絶対に助けるから、お願いをひとつだけ聞いて欲しいな」
「うん……」
頷きかけた僕を、パパが遮った。
「先に内容を聞く」
ミカエルは悪い人じゃないから、酷いことはしないと思う。でもパパが心配なら僕は待てる。
「お願い、なぁに?」
僕に出来ることならいいんだけど。
「いけません、カリス様!」
「そうですよ、天使なんて碌でもない連中です」
アガレスもアモンも、天使が嫌いみたい。でも悪魔じゃないから、仔犬を治せるなら僕は仲良くしたい。天使でも悪魔でも、人間でもいいよ。僕と仲良くしてくれる人がいたら嬉しい。
「絵を描いてくれる? 僕とガブリエルとウリエルが並んだ絵だよ」
……それでいいの?
「それがいいんだけど、どうかな?」
ミカエルは、パパみたいに僕の心を読んだ。首を傾げる僕に問い掛ける目は優しくて、僕は「描く」と約束した。指を絡める約束は、パパが嫌がるからしないけど。ミカエルはそれでもいいと笑った。
アガレス達は何か言いたそうだけど、僕がお願いしたら我慢してる。ごめんね、でも仔犬が苦しそうなんだもん。
「こりゃひどいな」
ミカエルは仔犬の前に膝を突いて、そっと両手で掬い上げて膝に乗せた。それから確認するように傷を撫でる。真っ赤になった耳、千切れて変な方を向いた足、背中の赤い痕。膨らんで血が溜まったお腹には、手を置いて何か呟いた。きらきらした光が、ミカエルが触れたところから仔犬に入っていく。
垂れていた尻尾が持ち上がり、ゆらゆらと左右に揺れた。青い目がぱちりと開いて、僕を見る。仔犬は助かった?