127.誰かが呼んでるよ?
お土産も買ったし、ご飯も食べた。今日はお泊まりしないで、お城に帰るの。明日は朝からお勉強があって、パパもお仕事があるんだよ。抱っこされた僕は、欠伸を手で押さえた。眠い。
ふと、誰かが呼ぶ声が聞こえた。驚いてきょろきょろした僕は、その声がする方向を見つける。左側の通路の奥だよ。細い通路で入口の先にゴミもあるけど、その奥に誰かがいて僕を呼んでる。
「呼ばれた? 馬鹿な」
なぜかパパが驚いてるけど、僕を呼んでるよ。助けてって言ってるみたい。パパが嫌なら我慢するけど、すごく気になるんだ。じっと見つめる僕の頭を撫でて、パパが通路に足を向けた。建物の間にある細い道は、変な臭いがする。甘ったるいような、むかむかする臭いだ。
「これを鼻に当てろ」
パパに渡されたハンカチで鼻を押さえた。パパは平気なのかな。首を傾げると「平気だ」と返された。そっか、大人は大丈夫なんだね。
ゴミを飛び越えて、その先で見つけたのは……小さな小さな犬。茶色と赤と黒が混じった色だった。まだ赤ちゃんくらいの仔犬みたい。耳が片方赤くなってた。
「あっ! パパ、この子ケガしてる」
横たわって、苦しそうに息を繰り返す仔犬のお腹は膨らんで、投げ出した後ろ足が切れてた。変な方を向いてて、取れそう。見てるだけで痛かった。
「この犬で間違いないか?」
「うん、助けてって……ずっと僕を呼ぶの」
他に誰も居ないし、居たとしてもこの子だよ。だって近づいたら強くなった。はっはっと早い息の仔犬が目を開けて、僕を見る。綺麗な青い目だった。透き通ってきらきらしてる。パパの手を叩いて、降ろして欲しいと合図した。
「近くに行きたいの」
「気をつけろよ」
パパが降ろしてくれたので、左手を繋ぐ。それから右手を伸ばした。うーっ! 唸る仔犬だけど、すぐにまた苦しそうに目を閉じた。足も耳もすごく痛いんだと思う。もしかしたらお腹も腫れてるのかな。誰かにやられたんだね。
「パパっ、僕……」
僕みたいに拾われた子が、この仔犬を拾いたいって言っても、いいの? 僕だけでいっぱいだったら、パパが困る。どうしよう。
言いたい言葉を飲み込んだ。銀色の髪を撫でたパパの手が僕の頬に触れて、優しく包むようにして止まった。その手に促されて顔を上げる。
僕をまっすぐに見つめるパパは、とても綺麗だった。臭くて汚い場所にいるのに、きらきら輝いて見える。初めて会った時から同じだった。誰より綺麗で、優しくて、僕を大切にしてくれる人。奥様に捨てられた僕を拾って、愛してくれるの。
「カリスが面倒を見るんだぞ。傷が治るまで手当てして、元気になれば散歩も必要だし、食事も毎日与える。もちろん部屋に寝る場所も作ってやらないといけない。絵を描いたり勉強する時間が減るが、それでも拾うのか?」
拾っても、いいの? 勉強と絵を描く時間が減っても、僕はこの子を助けたい。だって昔の僕と同じだよ。痛くて苦しくて、捨てられて悲しいの。誰でもいいから優しくして欲しいんだ。
僕にはパパが来たでしょ? だから、この仔犬には僕なの。順番だと思う。皆、誰かに優しくするために順番を待ってるんじゃないかな。覚悟を決めて頷いた。
「僕は頑張れる。ちゃんと育てる」
「そうか。ならば連れて帰ろう」
パパは仔犬を僕が抱っこするまで待ってくれた。それから仔犬ごと僕を抱っこして、コンコンと床をつま先で叩く。ぱっと光って、すぐにお城の前にいた。
「ありがとう、パパ……」
腕の中の仔犬はぐったりと動かないけど、僕には伝わるんだ。この子は僕の温かさが好きみたい。