98.相応しい姿で返してやれ
熱が出て、ぼんやりする。心配そうに僕を抱っこするパパに「ごめんね」と謝ったら、優しくキスをされた。額に触れるパパの唇も、僕を撫でる手もひんやりしてる。僕がそれだけ熱いんだね。
「ゆっくり休め。びっくりした体が、休みたいと訴えているのだ」
僕の体が休みたいの? じゃあ仕方ないね。僕は目を閉じる。ぽかぽかして、ぐるぐるした。パパの手が僕をぽんぽんと叩く。痛くなくて優しいし、すごく落ち着くんだ。
もし怖い夢を見たらどうしよう。
「この手を離さないから、安心して眠れ。怖い夢も嫌な天使も、追い払ってるぞ。カリスが起きるまで、必ず側に居る」
パパが約束してくれた。だからもう大丈夫、怖い人は来ない。熱いけど毛布は蹴飛ばしちゃダメなの。パパが僕をぎゅっと抱き寄せた。冷たい、気持ちいい。大好きだよ、パパ。
頬擦りして大きく息を吐き出した。
眠ったカリスの表情は、柔らかい。熱で呼吸は荒いが、悪い夢に囚われていなかった。そのことに安心する。熱が出たことで、俺の体が冷たく感じるのか。擦り寄って両手で必死にしがみついた。
「カリス様はお休みになりましたか?」
アガレスが顔を覗かせる。きちんと様子を窺ってから声をかけたのだろう。心配そうにカリスを覗き込んだ。わずかに毛布をずらして、アガレスにも顔を見せた。カリスの穏やかな寝姿に安心したのか、ふわりと笑う。
「天使はコキュートスに堕としました。返すよう天界から要請が来ていますが……」
応じる気はない。そう匂わせた宰相へ、魔皇帝である俺はうっそりと笑った。カリスには絶対に見せられない顔だ。残酷で醜く、歪んだ表情は悪魔の頂点に立つ獣の身に相応しい。
「相応しい姿で、返してやるがいい」
息さえしていれば、元通りでなくても構わない。
「……っ、では交渉役は私が務めましょう」
「任せる」
しばらくは手が離せない。可愛い我が子を安心させ、傷ついた心身を癒すまで。この手を赤く染めるわけに行かなかった。少なくとも自ら天使を仕留めたのだ。駆けつけたら全てが終わっていた、アモン達の怒りを発散する先が必要だった。あの天使共にそれを受け止める器はないが。
ぐしゃぐしゃに潰せば満足するでしょうね。アガレスは一礼して部屋を辞した。途端に隣の執務室が騒がしくなる。どうやらカリスを心配した悪魔が集まったらしい。アガレスが天使を始末する許可を出したのか。すぐに彼らの声は静まった。
「カリスには、醜い世界を知らせず過ごさせたいものだ」
この子に誰の血が流れていようと関係ない。どのような生まれでも、この醜い身を父親と慕ってくれるカリスであればよかった。目を閉じた顔は、普段より幼く見える。愛おしさに目を細めた。
愛している――この感情を思い出させたカリスの手を離さない。魘されて眉を寄せたカリスの頬に唇を寄せた。触れた途端、幸せそうに笑って眉間の皺が解ける。この子に必要とされている現実に、ただただ感謝した。




