エジディオ、再び
「ヴェント?」
『あ奴がくるぞ!』
ピンときたお父様は、陛下達の元へ走り出す。お兄様達も他の貴族の方々を避難させようと動き出す。私は、敢えてホールの中央に立つ。
しばらくするとヴェントが窓の方を見た。すると、テラスへ続く窓が突然割れた。
会場にガラスの音が響き渡った。
「あれ?すこし来るのが遅れてしまったかな?」
なんでもないかのようにやって来たのはエジディオだ……いやエジディオだったものだ。見た目はエジディオに間違いないが、背中に片翼だけの真っ黒な翼がある。肌も浅黒くなり白目が真っ黒だ。人の形はとっているが、もうほとんど人ではなくなっているようだ。
入って来るなり私と目が合う。
「あぁ、見つけた、愛しいルーナ。会いたかったよ。君がいないと身体中が痛いんだ。君と一つにならないと苦しいんだ。助けてくれるよね。私を愛してくれるよね」
全身に鳥肌が立つ。黒いオーラが彼をぐるぐる巻きにしているのが見える。もう彼は人には戻れないだろう。
「冗談じゃないです。私はあなたなど愛しておりません。エジディオ様、あなた一体何者なんです?」
幸い、エジディオは私以外には興味がないようで、避難を完了させたお父様たちには目を移すことはない。
私は会話をし続ける事にした。
「残念ながらあなた、もう姿がエジディオ様ではありませんね。その黒い禍々しい翼はどうしたのです?」
「強い力を手に入れた証じゃないか。ただ、痛みが強すぎてコントロールが出来ないんだ。本来なら両翼になるはずなんだが片方だけしか出ない。やっぱりルーナが必要なんだよ。受け入れてくれ、私のルーナ」
もう会場には私とヴェントしか居ない。
「私のルーナなんて二度と言わないで欲しいわ。そう言っていいのはあなたではありません」
ちょっと挑発めいた口調になったが構わない。
「なんだと?私以外に男がいるのか?」
エジディオの周りの黒いオーラの禍々しさが増した。
「以外も何も、そもそも私、最初からあなたのものではありません」
と、きっぱりと言い切った。
「くそ!俺以外の男を作るなんて。とんだ阿婆擦れめ」
そう言うと黒いオーラが膨らんだ……が、エジディオが痛みに耐えきれずもだえる。オーラの力が彼の身体の許容範囲を超えているに違いない。
ヴェントが「ウォーン」と大きく吠える。するとたくさんの精霊さんたちが『とつげきー』とキャッキャッしながらやって来て、以前と同じように羽をパタパタさせる。
なんだろう、また増えた?前回の倍近い数の精霊さんたちが羽ばたきだしたので、尋常じゃないくらい眩しい。あっという間に会場が埋め尽くされるほどの光が溢れた。
「くっ、またその光か。頼む、ルーナ止めてくれ。私の妃になるのだろう。私を苦しめるようなことはしないでくれ」
まだ言うか、この人は。
「あなたの妃になど、死んでもなりません。私が愛するのはあなたではないわ!」
そう強く言った瞬間、私の全身を何かが駆け巡った。その何かが私の中で膨らむのがわかる。
すると胸の辺りが熱くなった。虹色の小さな光の玉が浮き上がる。そしてそれが物凄い勢いでエジディオに向かっていく。それを見たエジディオは明らかに動揺した。虹色の玉が、もうすぐエジディオに届く。
瞬間、エジディオは片翼でフラフラと宙に上がり虹色の玉を避ける。そして、明らかにエジディオではない声で「月の精霊、おまえはまた私を拒むのか。おまえを愛しているのは私だけだというのに。お前を見ることが出来るのは私だけなのに。月の精霊、この次は必ずお前を私の物にしてやるからな、覚えていろ」
そう言って真っ黒な夜空へ消えて行った。
虹色の玉は窓から外へ飛び去って霧散した。
『ルーナ、大丈夫だな』
ヴェントが言う。
「ええ、勿論。ヴェントと精霊さんたちのお陰よ」
そう言うと『わーい。もっとー』『ルーナー、ほめてー』大騒ぎになった。




