精霊の泉
宿舎に戻ってお風呂に入る。三回洗ってやっと匂いが取れた。お風呂上りには念のために香油を身体に塗り込める。明日もゴブリンだったら近づきたくないので全員氷漬けにしよう、なんて考えていたらアニエラも戻ってきた。
「ゴブリンの討伐はちょっともうやりたくないわ」
アニエラも匂いを取るのに三回洗い続けたらしく疲れている。
アニエラにも香油を塗ってあげた。
「ふふ。ルーナとお揃いの香りね」
アニエラは嬉しそうに笑った。
そして人心地つくと
「ねえ、ルーナ。暗くなる前に例の泉に行きましょう」
と、飛び切りの笑顔で言った。
念の為、ヴェントに通常サイズで一緒に付いてきてもらう。
宿舎から十分程の所にその泉はあった。小さいけれど清浄な空気が流れている。ここなら魔物も寄っては来ないだろう。ヴェントも妖精さんたちも気持ちよさそう。
アニエラはその美しさに溜息をついて、泉の淵まで進む。
左手を泉に浸しながら右手を胸において、心の中で願いを言うのだそうだ。
私も同じ事をする。
殿下の事を祈ろうと思っていたのに、最初に浮かんだのは、月の精霊王様と太陽の精霊王様の事だった。
なので、素直に二人が早く会えますようにと祈った。なんとなくお互いがそう思っているような気がしたから。
ついでにリナルド様が素直になれますようにとも祈っておいた。
無事に祈り終わって、宿舎へと帰る。
すると、殿下とリナルド様が宿舎の入り口にいた。討伐から戻った所のようだ。
「二人は泉に行った帰りか?」
殿下に聞かれて
「はい、ちゃんとリナルド様の事を祈って参りました」
と答えた。するとリナルド様が
「あれ本気だったの?ああもう、勘弁して」
と情けない声で言う。
「でもリナルド様。お姉様は社交界デビューしてからますます婚約を申し出る殿方が続出しております。勿論、それで決めるお姉様ではないけれど、お姉様を想っているのなら本気でいかないと。多分、お姉様もリナルド様の気持ちは分かっています。ただ、誠実ではないその行動に呆れているんです、きっと」
すると、ちょっと不貞腐れた表情をしたリナルド様が言う。
「でも以前、ダンテから聞いたんだ。ロザナ嬢が運命の相手と認めない限り、絶対に上手くいかないって」
なるほど。だから踏みとどまってしまうと。
「確かに、アルコンツェ家は運命の相手を見定めることが出来るらしいですが、出会ってすぐに運命の相手とわかる方の方が稀なんです。大体は後から気付くんです。因みにお父様も出会った当初は、全く好きではなく、何を言っても論破されて苦々しく思っていたんですって。運命の相手だとわかったのは大分後だって言ってました。少なくともお姉様は今の時点で、まだ運命の相手を見つけていないのですからチャンスは十分あると思いますわよ」
「そうなの?出会ってからずいぶん経つから私はもう運命の相手の選考から落ちているものだとばかり……」
「もう。尻込みしている場合じゃないです。頑張ってお義兄様とお呼びできるようになってください。そうすればサンドロと義兄妹になってアニエラとも義理の姉妹になれるのですから」
一瞬、ポカンとしたアニエラが意味を理解した途端、真っ赤になってしまった。可愛い。
「今からでも遅くはないかな?」
リナルド様の言葉に
「勿論!」と答えると
「そっか……よし。頑張ってみるよ」
と、とても爽やかに笑った。
すると、今まで黙って聞いていた殿下が
「じゃあ私も、ロザナ嬢と義理の兄妹になれるように頑張るよ」
私に言ってウィンクした。一瞬にして顔が熱くなる。最近の殿下は心臓に悪い。
私の赤いであろう顔を見て満足したのか、不敵な笑みを作りながら私の頬に手を置き、すっと頬から顎をなぞるように指を這わせ囁いた。
「リナルドの心配もいいけれど、俺の心配もしてくれないと拗ねるぞ」
そして、笑いながら去って行ったのだった。




