アニエラの怒り
「ルーナ!」
扉が開くと同時に声がした。
「一体ルーナはどうしたのです?何故こんな青白い顔色で眠っているんです?」
すごい剣幕で俺に詰め寄ってくる。
「ヴェントが言うには、感情に力が引きずられて力が暴走したらしい」
それを聞いたロザナ嬢の顔に幾筋もの青筋が立つ。
ロザナ嬢の怒号が飛ぶと思ったその時、全く違う所から震える声がした。
「それってきっと殿下のせいです……あんなにルーナを口説いておきながら他の女の人と、婚約者候補ってなんですか?よりによってバルバリーニ家の双子の片割れなんかと……」
泣くのを我慢しているんだろう。下唇を噛んで、なおも言い募る。
「少し前に見てしまったんです……カフェで殿下と殿下にもたれかかっている女性の姿を。サンドロが怒って殿下たちの所へ行こうとしたのをルーナ自身が止めて……自分たちが出しゃばることではないって」
堪えきれず、涙が一筋頬を伝う。
「でもその後からルーナは、見ていられない程苦しそうな様子で……私、あの時聞こえたんです。カフェでルーナ……心臓が痛いって。小さくこぼすように……どれだけ辛かったか……殿下はあのルーナを見ていないから……全部……全部殿下のせいじゃないですか!」
そう言ってとうとうアニエラ嬢は泣き出してしまった。
サンドロがアニエラ嬢を抱きしめて背中をさする。
ロザナ嬢もアニエラ嬢の頭を優しく撫でる。そしてこちらに目を向け
「アニエラが全て代弁してくださいましたわ。殿下、殿下をはじめお兄様やリナルド様が何かをしていたのは知っています。何も私達に告げなかったのも、きっと下手に巻き込まれないようにと配慮してくださったのでしょう。でも、殿下たちのそれは自己満足というものですわ。
何も知らされず、私たちの耳に入るのは嫌な噂ばかり。確認したくとも殿下たちは学院にすら姿を現さない。やっと来たと思ったら噂のご令嬢とイチャイチャしているだけ。私たちも他のルーナを慕ってくださる方々も、それをルーナ自身に見せないように必死でしたわ。
それでもルーナは見てしまった……ルーナは昔から誘拐だの婚約の強要だのと、自分の愛し子としての価値しか見ようとしない人たちに嫌気がさしていました。それでも、この学院に来て、自分をただのルーナとして受け入れてくれるあなた方を信用していたのです。殿下の事も少なからず想っていたのに。そんなルーナを殿下は裏切ったのです」
アニエラがルーナの気持ちを代弁するかのように更に泣いた。
その時、コンコンとノック音がしたと思ったら、リナルドとダンテが入ってきた。ダンテはルーナの顔色を見て、自分も負けないくらい青ざめている。
「ルーナは?ルーナは大丈夫なんだろうな」
俺に向かって掴みかかりそうな勢いだ。
返事をしたのは冷ややかな声をしたロザナ嬢だった。
「ルーナは何かの感情に力が引きずられて、力が暴走してしまったそうです。どういうことかおわかりですか、お兄様。殿下にはもう言いましたが、あなた方のせいです。詳しい話は殿下からでもお聞きになって。あなた方は女性にもてはやされてばかりいたせいで、本当の女性の心というものが全くお分かりになっていらっしゃらないのでしょうね。
お兄様が来たという事は、うちの馬車があるということですわよね。ルーナは家に連れて帰ります。サンドロ様、申し訳ないのだけどルーナを馬車まで抱いていってくださる?」
ロザナ嬢がサンドロに言う。
「それなら私が-」とダンテが言いかけたがロザナ嬢は
「今はお兄様にも殿下にもルーナに触れる資格はございませんわ」
とぴしゃりと言い放ってサンドロを促し、アニエラ嬢共々ルーナを連れて保健室を出て行った。
「ルーナの力が暴走?一体どうして?」
わからないというダンテとリナルドに話す。
「ルーナにエルダ嬢と一緒の所を見られたのか?」
リナルドに聞かれたが
「わからない。だが、あの中庭であのタイミングで暴走したという事は途中で見られたかもしれない」
確かにあの中庭に行く途中の廊下を俺は歩いていて、エルダ嬢に遭遇した。それを見られたのかもしれない。
「だからルーナ嬢にはちゃんと言えよと言ったのに」
リナルドに言われたがもう後の祭りというやつだ。
「そもそも論だよ。私たちは良かれと思ってあの子たちに詳しいことを話さなかった。それが裏目に出てしまった。レオに対して感情を動かしていたことも知っていたのに見て見ないふりをして。そのせいでルーナを追い詰める事になるなんて……」
「とにかく、十日程は眠り続けるらしいが、魔力が戻れば目は覚めるそうだ。そうしたら俺はルーナ嬢に許しを請う。許してもらう為ならなんだってする」
「だな。スイーツ一杯持って皆で謝り倒そう」リナルドが同意してくれる。
「その為にも、少しでも早くこの忌まわしい案件を解決させよう。もうルーナ嬢を苦しめる事は絶対にさせない」
俺達はそう固く決意するのだった。




