学院祭
風が少し冷たく感じられるようになったこの時季に『学院祭』というイベントがある。二年生と三年生がいくつかのグループに分かれて、そのグループごとに催し物をするのだ。
種類は様々で、喫茶店をやったり、ゲーム大会をやったり、演劇をやったりとなかなかに楽しそうなイベントが開催されるらしい。
四年生と一年生はお客として参加する。一年生は来年の参考の為にもしっかり体験しなければならない。保護者もこのイベントは自由に参加出来るので、とても賑やかなお祭りになるそうだ。
お姉様は殿下とリナルドに頼み込まれ、一緒にゴーストタウンをやるという。教室を丸々使って迷路を作りゴーストたちに脅かされながら最奥の祭壇に十字架を置いて戻ってくるというゲームだそうだ。
リナルド様が絶対においでね、と直接言いに来たので行かざるを得ない。
こういうの苦手なのだけど。怖い話は好きだけど、実際に脅かされるという行為がどうにも怖い。
なのに、アニエラとサンドロは楽しそうに向かう。
到着してみると、とっても盛況のようだ。悲鳴がたくさん聞こえる。案内係なのかリナルド様が血まみれの白衣を着て手を振ってきた。
「こっちおいでー。待ってたよ」
サンドロが手を振り返して
「盛況だね。殿下は脅かし役?」
と聞くと
「そう。ゴースト役で、中で待ち構えているよ。ロザナ嬢とも中で会えるよ」
と言って入り口まで案内してくれる。
「入るのは一人ずつだよ。この十字架をそれぞれ持って、奥にある祭壇にお供えするんだ」
「あぁ、とてもドキドキするわ。ね、ルーナ」
アニエラったら可愛い顔して実はこういうのが好きだったらしい。
私の顔を見て驚きながら
「ルーナ、もしかして怖い?止めておく?」
心配そうな顔で聞いてくる。
サンドロも
「ダメそうなら無理しなくていいんだぞ」
と言ってくれる。
なのに、それを見たリナルド様が苦笑しながら
「残念。ルーナ嬢は行かないといけないんだ、これを。」
と言いながら金の蝙蝠の形をしたネックレスを私の手に置く。
「これをね、レオに渡して欲しいんだ。レオったら忘れて行ってしまってね。下手な子に頼んだり出来ないからさ。頼めるかい?」
それなら仕方ない。やるしかない。
「が、頑張ります」
どもってしまってなんとも頼りない返事になってしまったのは許して欲しい。
暗い…
まだ入って数歩、歩いただけなのに足がすくんでしまう。どうしよう、怖いのだけど。
でもいつまでも同じ場所に留まるのも怖い。
こんなの、夜の森の方が数倍怖いわ。と、なんとか気持ちを奮い立たせる。
すると上から冷たい何かが落ちてきた。
「キャーッ」驚いた拍子に迷走してしまう。どう走ったのかわからない。
「うう、どっちに行けばいいの?」
と、今度は墓石の後ろから白いものが飛び出してきた。
「キャー」再びの迷走。
ふと、いつの間にか強く握りこんでいた蝙蝠のネックレスの存在に気付く。そして深呼吸を一つ。なんとなく少し落ち着いた気がする。
再び歩き出す。だがそのすぐ後、角を曲がると目の前に大きな蝙蝠のシルエットが。
「ヒッ」余りの恐怖に息を吞み込んでしまう。
腰が抜けたようでバランスを崩す。
「危ない!」という声と共に、誰かに支えられた。
キャーと叫びそうになったが、あれ?その声は…
「殿下?」
「ルーナ嬢か?」
途端、我慢の限界と気の緩みで涙が溢れてしまった。
「ううー」我慢しようとすればするほど、涙があとからあとから流れ出す。
するとキュッと抱きしめられた。
「怖かったのか?もう大丈夫だから。な、大丈夫、大丈夫だ。」
抱きしめた状態で背中を優しくなでてくれる。
そしてそのまま私を抱き上げて
「出口まで連れて行ってやる」
と言って、進み出した。
腰が抜けた状態なので素直に抱かれて行く。
「あの、殿下。ありがとうございます。それと、リナルド様からネックレスをお預かりしていて」
「あぁ、そうだ。忘れてしまっていたんだ。でも、今私は両手が塞がっているからルーナ嬢が着けてくれるか?」
と言われ、一瞬躊躇するも、私のせいで着けられないのだからと着けてあげることに。
前から首の後ろへ手をまわすので必然的にとても顔が近くなる。恥ずかしいのを我慢して着け終わると、耳元で
「ありがとう」
囁くように言われ、背中に電気が走った。
慌てて耳を押さえ、殿下を見ると
「ルーナ嬢は可愛いな」
今度は全身の血が逆流した気がした。
間近で見るヴァンパイア姿の殿下が似合い過ぎて、私の気力がほぼゼロになったのだった。




