デート⁈
「やあ、ルーナ嬢。今日は天気も良いし、絶好の木登り日和だな」
怖いお顔でそんな冗談言っても笑えません、というか余計怖いです。
「こんな木登り日和だったから君は思わず木に登ってしまったのか?それとも何か他に理由があったのか?あぁ、下手な言い訳はいい。バルバリーニ家の愚息が去って行くところはしっかりと見ているからな」
木登り日和のフレーズ気に入りましたの?とは間違っても突っ込めない雰囲気に負け、先程の出来事を全部話した。
「はああああ」盛大な溜息をつく殿下。そんなに大きな溜息、幸せが逃げて行ってしまいますよ。
「君はどうしてそう、危ない目に合うんだ。アイツは危ないと教えておいただろ。気配を察知して先に逃げるくらい訳ないだろう。何故、事を起こしてわざわざ危険な目に合う?」
「……存在そのものをすっかり忘れておりまして」
「はあぁ、忘れるって……忘れられるほどキャラの薄い男ではなかったろう。アイツには気を付けろと言っていたのに。いくら強いからって油断していたら痛い目に遭うぞ。何があるかわからないんだ。心配させるな」
また溜息。本当に幸せが逃げて行ってしまいますってば。
「すぐに逃げたんですよ。それにいざとなれば、ヴェントもおりましたし」
言い訳をすると、不意に手が伸びてきて指先で私の頬を撫でる。
「そうかもしれないが、心配になるんだ」
とても優しい声で言う殿下のお顔が困ったような笑顔で。その表情を見た私の心臓がキュッってなってしまって
「ごめんなさい」
と、素直に謝った。
すると、グッと息を飲む殿下が「勘弁してくれ」と呟いて、何を思ったのか突然
危ないからと手を摑まれ、そのまま引かれながら大通りへと連れ戻された。
「ところで、殿下は何故あそこに?」
大人しく引かれながら、今更疑問に思って聞いてみると
「あぁ、近衛騎士と一緒に巡回していたんだ。城の中にいては市井の様子がわからないからな。かと言って、市民に変装するには私の顔は知られ過ぎている。だからいつも休みの時を利用して巡回して街の様子を見るんだ」
なるほど。確かに殿下のお顔は絵姿で売られてもいますものね。
この国では、王族の方や偉大とされる方などが、絵姿でよく売られている。王族の方に至っては、国王様や王妃様以外にも、年齢に関係なく王家の者皆が絵姿が売られている。
殿下のはバカ売れしているらしい。まあ、これだけのイケメン。崇拝したくなってしまうんだろう。
因みにお父様とお母様のも売られていたりする。私も王都に戻った時に買ったし。お二人の絵姿もバカ売れしているらしい。
王族以外の方たちは、成人したら絵姿に出来るらしいので、近いうちにお兄様とお姉様の絵姿もきっと出回るはずだ。そうしたらまた買いに来なくては。
などと、思いにふけっているうちに、大通りに戻ってくる。なのに殿下の手が離れない。
早く離して欲しい。
クレープも食べたいし、なんだか先程から心の中がソワソワするので離れたい。
そんな願いも空しく、私の方を振り返り殿下が言う。
「ルーナ嬢はこの後何か予定があるのか?」
「え?この後はヴェントとクレープを食べに行くつもりですけれど……」
「そうか。それ以外は特にないんだな」
「……はい、ないですが?」
すると、殿下がニヤリと笑った。
「ならば、私を心配させたことに対する詫びを頂こうか」
なんだか解せない。
あれからクレープ屋さんに行って、近くにあるベンチで殿下とクレープを食べているのだけど。
クレープをおごられてしまった。ヴェントの分まで。
ヴェントなんて殿下が数口食べて残した分まで貰って食べている。
詫びをというからには私の方が殿下におごるのでは?そう言ったのだけど
「俺のしたいようにさせてくれればいい」
と、頑としてお金を受け取ってくださらない。
詫びとは一体……しかも今、俺って言った?なに?普段は俺なの?学院にいるときの殿下と少し違う雰囲気にドギマギしてしまう。
そして……ずうっと見られている。人がクレープを食べているのを見て何が楽しいのかしら。
『ルーナ、もっと食べたい』
ヴェントは2個目もきれいに平らげて、それでも足りないのか人の膝に前足をかけてアピールしてくる。
「ヴェントはもう駄目。これ以上食べたら太っちゃうわ」
『じゃあ、一口くれ』
と言って、私の口元まで近づいてくる。
「こら、ヴェントったら。駄目だってば」
攻防を繰り返すうちにクリームが私の頬に。
「もう」と取ろうとハンカチを用意する間もなく、スッと殿下に指で拭き取られてしまった。殿下は私を見たままその指を舐める。
「甘いな」
「!!」
ピキッっと体が固まる。心臓がドックンとやけに大きな音を立てた。なに?なんなの?
「ゆ、ゆび……な、な、なめ……」
言葉が出てこない。
「ククク。ルーナ嬢、早く食べてしまわないとまたヴェントに襲われるぞ」
笑いながら殿下が言う。
そう言われ慌てて食べるも、もう味がよくわからなくなってしまった。
食べ終わって、少し気持ちも落ち着いてきた頃
「そろそろ帰るか?」
気付けば、陽が傾きかけている。そんなに時間が経っていたとは。
立ち上がった殿下は
「送ろう」と私に手を差し出す。
どういう訳か私の身体は素直に殿下の手を取る。そして、そのまま屋敷まで送ってもらってしまった。
屋敷の前に到着すると殿下が真剣なお顔で
「いいか。再三言うが、アイツには気を付けろよ。どんな卑怯な手を使ってくるかわからないからな。それと、今日は楽しかった。また学院でな」
と、言って私の頭を撫でて去って行った。
ぼーっと見送っているとお礼を言いそびれていた事に気付く。
慌てて追いかけようとするが、すでに殿下の姿は見えなくなっていた。




