愛し子
昼食を食べようと、お姉様とアニエラの三人で食堂へと向かう。
すれ違う人すれ違う人から賛辞を受け、食堂に着く頃にはすっかり疲れてしまっていた私は、先に席にいたお兄様に甲斐甲斐しくお世話をされてなすがままになっていた。
「ああ、ルーナの勇姿を見られなかった私って不幸過ぎる」
言いながら、パンを小さくちぎってあーんしてくれる。隣では、やはり先に来ていたサンドロが、私の隣にお座りしているヴェントに大きなステーキを切り分けてあげている。
向かいの席ではそんな様子をニコニコしながら見ているお姉様とアニエラ。
「久しぶりにルーナの本気の動きを見られましたわ。あの軽薄男に勝てた時の嬉しさときたら―」
「酷いなあ、ロザナ嬢」
リナルド様だ。殿下もいる。
お姉様達側の両サイドの席へそれぞれが座る。
殿下の姿が目に入った瞬間、身体がピキッと固まった。それに気付いたお兄様が訝しんだ目で殿下を見る。
ヴェントも気づいて、私の手をペロペロ舐めた。おかげで身体の力が抜け落ち着きを取り戻した。
「それで?どんな訓練をすればあのスピードを手に入れられるの?」
興味津々という表情でリナルド様が聞いてきた。
「多分ヴェントがいるせいなのではないかと」
「ヴェントが魔法を使っているってこと?」
「そうではないのですが。本来、私自身は風の属性はないのです。ですが、ヴェントは風を司る狼。そのヴェントが私と共に、私の中にいるせいで私自身も風の属性が備わっているみたいなんです。魔法とは違って身体に染み込んでいるという感じで。逆にヴェントも私の属性の氷を纏う事が出来るし」
「使役獣ってそういうものだったか?」
殿下がお兄様に聞く。
「そもそも使役獣ではないからね、ヴェントは。ルーナが産まれた瞬間、空から舞い降りてきたんだ。驚いている私達全員に、月の精霊王の命で愛し子を守りに来たって念話してきたんだ。本来、使役獣っていうのは使役する為に契約を結ぶじゃない。でもヴェントはルーナと契約を結んでいるわけじゃないし。根本が違うんだよねえ。」
「ねえ、ダンテって本当は何歳?その話が本当ならダンテ、まだ3歳の頃ってことでしょ。なんでそんなに鮮明に覚えてるの?」
至極当然のリナルド様からの質問に皆も頷く。
「これも説明はできないけど、ちゃんと覚えているんだよね。なんていうのか…見るべきものをちゃんと見たっていう感じなんだ。」
「それなら私も、ちゃんと覚えていましてよ」
「どういう事だ?」殿下が驚きながら聞く。
「私はまだ赤子でしたし、直接その光景を見たわけでもないのですが、記憶としてちゃんと頭の中にあったんですの。ですから、誰に教わったわけでもなくルーナは愛し子で、ヴェントはルーナを守る存在だと理解していたのです」
「私、初めて聞きましたわ」
「そういえば、話してはいなかったね。私は一応、父上に確認のために話したのとロザナが大きくなった時に話したけど」
「ルーナはいつ、自分が愛し子だって理解したの?」
サンドロが聞いてきた。
「いつかはわからないですわ。ただ、知っていました。ものごころ着いたときにはそうであると知っていましたの。なので、精霊王様ご自身が語りかけてくださった時も、特に驚くことなく受け入れていましたし」
「月の精霊王と話をしたのか?」
殿下が真剣に聞いてくる。
「はい。お姿は理由があって見せられないけれど、私が十六歳になればきっと会えるからと」
「そうか。実は私も一度だけ。精霊王に十八歳になれば太陽の力が満ちるだろうと言われた」
「太陽の力が満ちるという事は、レオが太陽の精霊王の愛し子しか持ちえない力を覚醒させるって事かな」
お兄様が考えながら言う。
「それがよくわからないんだ。大体、精霊王に言われたこと自体、夢の中の出来事と言われればそれまでというほど確信がない。ただ、やけにハッキリと聞こえた。それで、歴代の王族の中には何人か愛し子がいたことを思い出して調べてみたんだ。近年では私が久方ぶりの愛し子らしいのだが、文献によると、愛し子が国王になれば国が安定し繁栄すると書かれている。実際、愛し子が国王の時代は特に大きな災厄もなく、戦争もしてはいない。でも、どの文献にも太陽の力が満ちるなんて文面はない。普通であればそんな大層なことを言われているなら、真っ先にでも書き記すべき事柄のはずなのに」
「確かに王族にとってはそれが事実なら、声を大にして知らしめるか」
お兄様が納得したように言う。
「実は私もね、ルーナが愛し子に選ばれたのは何故かって少し調べたんだ。その時は純粋な疑問からだったんだけれどね。うちの妹は世界一可愛らしいという以外に他の子と何か大きな違いがあるのかなって。なのに、なんにもわからなかったんだよ。太陽の精霊王と対の月の精霊王って書かれているのに、月の精霊王の事については全く何も情報がない。それなのに、まことしやかに月の精霊王の愛し子は一国を手に入れる程の力を持つなんて言われている。おかしいだろう。父上も一緒になって調べたけど本当に何もわからないんだ。なんせ以前の愛し子がいたのって千年近く前の事らしいから、何も資料が残っていないんだよ」
「その太陽の精霊王と月の精霊王の愛し子達がこの時代に揃った。これって何か理由があったりするのかな」リナルド様が言う。
「あるんだろうね。きっと何か起こる。レオの十八歳で覚醒するという言葉で私は確信を得たよ」
「……もし起こるとしたら、殿下が十八歳になってからということですわね」
「そう。その頃には私は王城で働いているだろうから、色々探ってみるよ。周辺の国にも何か文献が残っているかもしれないしね。レオはともかく、私の宝に何か不利なことが起こるなんて許されないからね」
そう言いながら私の頬に手を当て、愛おしそうに親指でなでる。
「ま、でも今は何も出来ないし、考えても仕方がないから楽しく過ごす事を優先しなければ、ね」
お兄様はつい先程の真剣な表情から一転、茶目っ気たっぷりに笑って言った。




