苦手な人
剣術の授業の後から、周りが以前にも増して騒がしくなった。特にご令嬢たちがおかしいのだ。
「ルーナ様、この後のランチご一緒させてくださいませんか?」とか、「是非放課後にでもお茶しませんこと?」なんて誘いは当たり前で、すれ違いざま「あぁ、今日も麗しいですわ、銀の君は」とかなんとか聞こえてくる。
「アニエラ、何かおかしいわ」
「何がかしら?」
「令嬢方からの視線やお誘いが半端ない気がするのだけど……」
「ああ、それはね、ルーナのカッコよさを知ってしまったからよ。一度見たことがある私でさえ、あの剣を華麗に操るルーナに惚れ惚れしてしまったもの。しかもあの姿!もう男装の麗人としか言いようのないカッコよさ」
両手を胸の前で組み、瞳をキラキラさせながら興奮気味で語りだした。
「そ、そう……」
なにやらアニエラが壊れたようだ。
「そうなの。元々、ルーナの美しさに感動していた矢先、その美しい人が男装の麗人となって剣を振るう。しかも素晴らしく強い。それはもう乙女の心を鷲掴みよ。その証拠にどうやら親衛隊も出来ているらしいわ。確か銀の君親衛隊だったかしら」
……何それヤダ、怖い。
途中で合流したサンドロと三人でカフェテリアへ。
「なんか大変そうだな」
移動する周りには令嬢がワラワラ。
「ええ。何やら私の与り知らないところで色々とあるみたい」
「俺で力になれるならいつでも言ってくれ」
「いやいや、サンドロの周りもなにやらギラギラして賑やかだけど?」
「それはそうよ。サンドロにも親衛隊があるもの。こちらは親衛隊というより、サンドロを狙う会?」アニエラが当然でしょ、という顔で言う。
「……」
「お互いに大変ね」
ちょっと寒気がしたかのように、軽く震えたサンドロだったが気を取り直して言う。
「まあ確かに、ルーナのあれは凄かった。パワーの無さはスピードでカバーなんだな。ちょっとスピードの次元が違う気がするけど」
「あらっ、そのスピードを見極めていたじゃない」
「はは、あれは見極めというより予想で動いた。だから最後は予想が外れて負けた」
サンドロが笑いながら私の頭を撫でて言う。
最近、サンドロは私の頭を撫でるのが癖らしい。ヴェントと重なって見えるそうだ。ヴェントを出すと、それはもう嬉しそうに撫でまわす。ヴェントの代用か?と思うが突っ込まないでいてあげる。
アニエラは「このシチュエーションを間近で見れるこの幸せ!」とわけのわからない感動に浸っている。
楽しくおしゃべりをしながら食事をしていると、ふと後ろに嫌な気配を感じた。
「君がルーナ嬢かな?」
そこには薄ら笑いを浮かべた、見知らぬ男が立っていた。
「誰だ!?」
サンドロが警戒をあらわに立ち上がる。
「あぁ、これは失礼。僕はエジディオ・バルバリーニ。バルバリーニ公爵の嫡男だ」
凄く面倒そうな予感しかしないが、仕方ないので私も挨拶をする。
「ルーナ・アルコンツェです」
私が挨拶している間も、視線で身体を上から下まで舐めるように見る。嫌だ、気持ち悪い。
「噂に違わぬ美しさのようだね。社交界にデビューする頃には更に素晴らしくなるだろう。ところで、我がバルバリーニ家から君との結婚についての手紙を出しているんだが……考えてくれたかい?あぁ、もちろん今はまだ婚約だけどね」
は?何を言っているのかしら、この方。
一方的に訳の分からない話をしてくる事に驚いて言葉を失っていると
「おや?聞いているのかい?もしかして結婚なんて話で照れてしまっているのかな。まあ当然か。公爵家の僕が直々に聞いてあげているんだ。緊張してしまうのも無理はないか」
おひとりで喋ってらっしゃる。
「あの」
「ん?なにかな。聞いてあげるよ」
うーん……この話し方も気持ち悪い。
「手紙の事は、両親に確認してみないと分かり兼ねますが、たとえそのような手紙を頂いていたとしても、我が家は政略結婚をよしとはしないので、お断りさせて頂いていると思いますわ」
「は?」
あら、口があんぐりしてしまったわ。ちょっとそのお顔は紳士としてまずいです。あ、アニエラもサンドロも肩が震えてるじゃないの。笑っているわね、ずるいわ。
「私の求婚を断るというのか?」
あ、復活。
「格式高い我が公爵家がもらってやると言っているのにそれを断るだって?」
「はい。申し訳ありませんが」
「バルバリーニ家を敵に回すということになるが。それは困るんじゃないのか?我が公爵家がその気になれば侯爵家の一つなど簡単に――」
「簡単になんだ?」




