もう一人のクラスメイト
おかしなテンションだったお兄様達も落ち着いた頃。
ヴェントの事をずっと見ていたサンドロ様が、遠慮がちに私に聞いてきた。
「ルーナ嬢、その仔犬……あの……触ってもいいか?」
遠慮気味に聞いてくる。あら?もしかしなくても動物好きね。
「ヴェントといいます。この子次第ですけど…」
とヴェントを見ると、ヴェントはサンドロ様をじっと見た後、小さくワンと鳴いた。「大丈夫だそうですわ、どうぞ」
すると、ぱあっと嬉しそうな笑顔になったサンドロ様がそっとヴェントを抱き上げる。
「うわあ、可愛い。フワフワなんだな、おまえ。もっと硬い毛なのかと思ってた」
ヴェントに話しかけながら、幸せそうに撫でている。ヴェントも気に入ったらしく、されるがままになっている。
これは……ちょっと可愛すぎやしないだろうか。隣にいるアニエラも目がまん丸になって見つめているし、周りにいる令嬢たちもキュンキュンしているに違いない。モフモフとサンドロ様の組み合わせ……いい。
サンドロ様はヴェントを撫でることはやめずに、またもや私に聞いてくる。
「ルーナ嬢は剣術の授業を取るのか?」
「そのつもりですわ、とても楽しみにしておりますのよ」
「その……得意、なのか?」
「ええ。さすがにお兄様にはまだ勝てませんが、ある程度の力量の方でも負けないつもりです」
すると、またもや嬉しそうに
「ならば今度、手合わせしてくれないか?」
と聞いてきた。
「まあ、喜んで。女が剣なんてと言われるのかと思っておりました。素直に受け入れてくださっている上に、手合わせまで誘ってくれるなんて嬉しいですわ」
「俺は剣術に男も女もないと思っている。ただ、実際問題、女性の方が力では劣る。それをどう補うのか見たい、と思って……」
見た目はリナルド様に似ているけれど、性格は大分違うようだ。
「ルーナ嬢は貴族令嬢なのに何故、剣の鍛錬をするようになったんだ?」
「それは、一人でも攫われる事がないようにするためですわ」
「えっ?」
「はい、ちょっと待って」
お兄様がそう言うと、パチンと指を鳴らす。結界を張ったようだ。
「これで、周りには聞こえないからいいよ、喋っても」
「ありがとう、お兄様。私は月の精霊王様の愛し子なんですの」
これにはサンドロ様だけでなくリナルド様も驚いた顔をしている。殿下は知っていたのだろう。表情は崩れなかった。
「そのせいで、小さい頃から数えきれないほど誘拐されかけておりました。その度にヴェントや家族、家の者たちに助けられていたので未遂で終わっていたのですが、いい加減嫌になってしまって。そのせいで四歳からこの年になるまで領地から一度も出ることなく、その間、自分自身を鍛えてまいりました。十年鍛錬してましたもの。そう簡単に負けませんわよ」
「ルーナ嬢は凄いんだな。俺よりも先に鍛錬を始めていたなんて」
「サンドロ?感心するとこそこ?」
「だって兄さんだって剣の稽古始めたの6歳からだったろ。ルーナ嬢はそれよりも2年も早く始めていたんだぞ。これは絶対に手合わせしないと」
「あっはははは。サンドロはいい子だな。ヴェントも気に入るはずだ」
お兄様に言われたサンドロ様は嬉しそうだ。多分、ヴェントに気に入られたという所に喜んだのだろう。
「ルーナ嬢、本当にサンドロと手合わせするのかい?」
「はい、是非お願いしたいですわ。」
「サンドロは剣の腕だけなら私よりも強いよ、大丈夫?」
「そうなのですね?それは楽しみですわ」
するとお兄様がニコニコと私の頭を撫でながら
「ルーナも剣の腕は確かだよ。なんせずっと私と一緒に訓練していたからね。スピードだけなら私をも上回る時があるくらいだよ」
「へえ、それなら私とも手合わせしてくれる?たまに二学年合同で授業をする時があるからそのときにでも。スピードなら私もなかなかだと思うよ」
「こちらこそよろしくお願いしますわ」
リナルド様からも誘って頂いた。この方たちは偏見の目で私を見ないでくれる。
「それは私も見に行きたいなあ。ルーナの勇姿をこの目に焼き付けたい」
お兄様が言うと、すかさずお姉様が言う。
「残念ですわね、お兄様。学年が違いますのでその役目は私が担いますわ」
「ずるいなあ……そうだ!その時は、私は病気にでもなってみよう」
「病気を予告?お兄様、それは仮病というのでは?」
「私は勿論、ルーナを応援するわ。私の女神様が強いことは知ってるもの」
この学院に来ることが出来て本当に良かった。
少なくともここにいる人たちは私を好奇の目では見ないでいてくれる。それがこんなに嬉しいことだなんて。
私は幸せな気持ちを吸い込むように大きく息をしたのだった。




