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ラドニス英雄譚  作者: 雨音多一
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英雄ラドニスの誕生秘話

第一章 旅の傭兵


 「旅人よ、先を急ぐな。時は待ってくれる」(カミル・ブラウン)

 この物語は、英雄ラドニスの誕生の物語である。

 

 西ルティア大陸には大きな二つの国があった。そのうちのひとつ、「ファーガ国」。温順な気候であるが、風が強く砂ぼこりが多い土地柄である。ファーガ国の王都ララバルから南東へ400キロメートルの城塞都市ライザス。守るに易く攻めるに難い、この街は「鉄壁の都市」といわれていた。


 「このパンおいしいね」

 「どれどれ。ん、なかなか」

 パン屋で話しているのは、ハーティという旅装束の娘だった。年は二十才位だろうか。革鎧を着てマントを身に着けている。腰には護身用の短剣を装備していた。短剣の柄には宝石が埋め込まれ、金できらびやかに装飾されている。その言葉に答えたのはガルーナという女戦士だった。背中に片手半剣を背負い、左腕に丸盾を固定し、鎖帷子くさりかたびらを着込んでいる。まだ、この街に来てすぐなのだろうか、宿に荷物を預けていない様子である。


 からん、と店のドアの鐘が鳴った。

 「いらっしゃいませ、あ、シーマイル様」

 「どう、繁盛してる?」

 入ってきたのは、妙齢の女性である。高価そうな装身具を身に着け、白を基調としたローブには一点のシミも無かった。シーマイルと呼ばれたその女性は、意外にも、この城塞都市の首席管理人だった。

 「なに、また夜盗?」

 ガルーナが管理人の声に耳をそばだてた。

 「そうなんです。このところ酷くって」

 「それは許せないわね、すぐ傭兵を雇い入れましょう」

 「・・・・・・あの、傭兵をご入り用ですか」

 女戦士ガルーナが割って入った。

 「私は旅をしている者です。もし宜しければ、詳しいお話をきかせていただけませんか」ガルーナは柔らかな物腰で告げた。

 「お姉ちゃん、こんなところでみっともないよ・・・・・・」

 「ふふ、いいのですよ。奥、空いてる? では、少しお借りしますよ。御嬢さん方、奥の席へどうぞ」シーマイルが先導した。


 城塞都市ライザスは岩場の上に建てられていた。民家や施設の周囲を高い塀で囲み、鉄壁の防御を誇っていた。問題なのはその塀の外、岩場に直接建てられている貧民街の人々が、夜盗の被害にあっていることだった。その為、傭兵を雇いたいとシーマイルは考えていた。首席管理人の命により、瞬く間に二十数名の傭兵が集められた。その中には、旅の途中のガルーナとハーティも含まれていた。

 夜。「お姉ちゃん、ホントに出るのかな、夜盗・・・・・・」ハーティは心細げにささやいた。

 「大丈夫。わたしが守るから」ガルーナは優しく言った。


 野営の陣は密やかに設営された。傭兵は五人ずつ組になって配備されている。ガルーナと一緒になった他の三人は、いずれも手練れの傭兵のようだった。

 夜半をまわった頃。雄叫びと物音が聞こえてきた。

「いくぞ!」ガルーナは片手半剣を鞘から引き抜いて、駆け出した。ハーティも続く。

 ガルーナの前に不意に黒ずくめの男が飛び出し、短剣で切りつけてきた。ガルーナはそれを左手に持ったの木製の丸盾で巧みに受け流す。両者は一度間合いを離した。

 「輝ける命よ。光の精霊よ。今この闇を全て照らし給え!」後ろからハーティの声がした。ハーティの指輪の宝石がきらめいた。ボンっと音がして、空中に拳大の光の球が現れた。光の精霊魔法だ。辺りは真昼のように明るくなった。夜盗の群れがおののき、一斉に逃げ始めた。傭兵たちの勝利だった。


 「お手柄ね」城塞都市の司令部で待機していたシーマイルがハーティを労った。「あなたには特別報酬を差し上げます」

 ハーティは通常の金貨二枚に加え、もう二枚金貨を貰った。

 「ありがとう、シーマイル様」

 「いいな。お前ずるいよ」

 「お姉ちゃんには、あげないよ」

 「ケーキおごって」

 「今度ね」


 ハーティたちは宿、「踊る仔馬」亭に戻った。夜明けが迫っていた。荷物をほどき、居眠りをしている店番を起こす。

 「おじさん、遅くなってごめんね。ちょっと起きて」

 「ごめんな」

 寝ぼけまなこの店主を起こして、二人は部屋に入った。

 「これでゆっくり眠れるな」

 「安心して眠れる」

 柔らかな朝日が窓から差し込みはじめ、夜が終わりを告げる頃、ふたりは深い眠りについた。




 

 鷹が空を駆けている。風が空を切っている。

 「いよいよ、雨か」大剣を背負った背の高い男が、城塞都市ライザスを目指していた。その男は大剣使いのカズシと呼ばれていた。妻と娘をライザスに残し、ひとり旅に出ていたカズシが、ようやく帰還の路についたのだった。

 鷹が舞い降りてきた。急降下して獲物を狙っているのだ。何かを掴んだ。その瞬間、カズシの足元に弓矢が突き刺さった。

 「誰だ!」カズシは矢の飛んできた方向を振り返った。二射目の矢が飛んでくる。カズシは上体で捻ってそれをかわすと、背中の大剣を吊るしていた肩紐を解き、素早く身構えた。

 「お命お預かりいたす」どこからか声が聞こえた。突然背後から、後頭部を鈍器で殴られた。目の前が真っ暗になり、カズシはがくりと両膝をついた。意識が遠のいていく。





 「あの、カズシという戦士を知りませんか」

 幼子をつれた女性が宿「踊る仔馬」亭を訪ねてきた。 女性は「アサ」と名乗った。背はやや低く、童顔だった。純白のローブをまとい、質素な飾りを身に着けていた。子どもはまだ五才位だろうか。天使のように柔らかい巻き毛が愛らしい女の子だった。

 「人探しですか」宿の食堂で朝食を採ろうとしたハーティが声をかけた。

 「ええ、そうなんです。この子の父、私の夫がもうすぐこの街に来るはずなんですが・・・・・・」アサはうなだれた。

 「ハーティ、どうした」ガルーナがけげんそうに様子をうかがう。

 「大丈夫か」

 「うん」

 「知り合い?」

 「いや、旦那さんを探しているんだって」

 「そうか、あの旦那様のお名前は?」

 「カズシと申します。ご心配ありがとうございます」

 「特徴は何かある?」

 「大きな剣をいつも背負っています」

 「もしかすると『人さらい』かな」「人さらい?」

 「そう、催眠術をかけて剣闘士と戦わせるんだ」

 「催眠術?」アサがおびえたような顔つきで聞きかえした。

 「ええ」ガルーナは耳にしたことがあった。

 「この街から強者の戦士が次々と消えていくという事件なんです。なんでも、王都ララバルで剣闘士奴隷として戦わされるのだとか・・・・・・」

 アサは更に青ざめてしまった。

 「でも、お姉ちゃん、強者の剣士なんてそんな簡単に捕まえられるの?」と、ハーティ。

 「そうです、カズシは流浪の剣士ですが、一時期ララバルにて貴族の剣術指南として働いたことのある、剣の達人なのです」

 「本当ですか?」

 「ええ、ソレイユ様という方にお仕えしていたそうです」

 「あのソレイユ様に?」

 「はい」

 「なら、格好のターゲットになったのかも知れないですね。あのカズシは魔法に抗する力はありますか」

 アサは首を横に振った。

 「そうですか・・・・・・。一説には魔法使いも関与していると言われています」アサは思わず唇をかんだ。

 「魔法使いが・・・・・・」ハーティはいぶかしんだ。

 「そう、らしい」ハーティをちらりとみて、ガルーナが続ける。「暗黒魔術系の魔導師らしいな」

 「暗黒魔導師ですね」アサが相槌をうった。

 「わたくしは神官をしています。暗黒魔術は、わたくしの使える神と対立するもの。是非わたくしを、その捜索の仲間に加えてくださいませんでしょうか」アサは深々と頭を下げた。

 「・・・・・・シーマイル殿に相談してみるか」ガルーナは一呼吸おいてからつぶやいた。


 翌日、三人は城塞都市ライザスの中心部にあるシーマイルの執政室に赴いていた。きらびやかな装飾が施された部屋には、幾人もの警護する武人がおり、女性からの身体検査を受けた三人は、待合室に通された。

 「お姉ちゃん、緊張するね」ハーティが引きつった笑顔を向けた。その時だった。

 入口のドアを開けて一人の女性が入ってきた。革鎧で身を固め、マントを着けた長い髪の若い女性。一瞬、アサの動きが止まった。

 「ルーベルお姉さん!」アサとその子どもが一緒になって口を開いた。ルーベルと呼ばれた女性も、顔をほころばせて、アサさん、マナちゃん、連呼している。

 「本当に久しぶり。アサさん、どうしたの? こんなところで」

 ひとしきり喜びあったところで、ようやく自己紹介がはじまった。ルーベルと呼ばれた女性は、半年ほど前、生き別れたアサの子「マナ」を探す旅で知り合った魔法使いだった。精霊系の魔法を使う女性で、特に火炎系の魔法が得意なのだという。

 「メイキーママさんは?」

 「うん。今、ファルムの街の自宅で休養しているの」

 「そう」

 「で、一体こんなところでどうしたの?」

 「実はカズシが・・・・・・」

 「え、怪我でもした?」

 「ううん、行方知れずなの」アサは言葉を詰まらせた。


 執務室の奥まったドアが開いた。シーマイルが、高級そうな衣装を身につけた男性二人と友に談笑しながら現れた。

 「あら、先日の夜盗退治の・・・・・・」

 「ガルーナとハーティです。実は今日はお願いがあってお邪魔いたしました」

 シーマイルはふたりの男性を見送ると、一番奥の席に腰かけた。

 「どうやら、深刻な話のようね」紅茶が皆の前に出された。

 「実はこちらの女性の夫、名うての剣士なのですが、その男性が連れさらわれるという事件が起きたのです」

 「その男性の名は?」

 「私の夫はカズシといいます」アサが噛みしめるようにいった。

 「カズシ? もしかして貴族のソレイユ様に剣術を教えていた方ではないですか」シーマイルが身を乗り出した。

 「はい」ガルーナは続けた。

 「例の剣闘士を奴隷として遣うという事件らしいのです」

 「ああ、あの一連の事件ですね。実はそのために、こちらの女性を呼んだのです」とルーベルを見た。

 ルーベルは、皆の視線を一斉に集めた。

 「ルーベルさんとは、マナちゃんの事件の時に親しくなったのです。はっきり申し上げると、もうこの事件は国家規模の事件なのです」一同に緊張が伝播した。シーマイルは続ける。

「このシーマイルが頭目となって、討伐隊を結成しましょう」珍しくシーマイルの顔は深刻だった。「では、剣使いのガルーナ、精霊使いのハーティ、神官のアサとその娘マナ、そして、魔法使いのルーベルがこのメンバーね。もう少し、戦士系の援護が必要かしら。すぐに戦士を中心に精鋭を五人ほど招集します」と執事に伝令した。

 「ありがとうございます、シーマイル様」アサは涙を堪えるので精一杯だった。

 「よかったね、マナちゃん」ルーベルがマナにほほえんだ。

 「あとで、活動費をお渡しします。頭目は、ガルーナでいいのかしら」皆は一斉に頷いた。

 「あの、私も同行させていただけないでしょうか」先ほどから応接室にいた、旅装束の容姿端麗な男性が話に加わってきた。

 「ターリ、あなたも気になるのね」ターリと呼ばれた男性は、「ええ」といった後続けた。

 「私は竪琴弾きをしている、シーマイル様仕えの吟遊詩人です。私も同行して、あなた方の活躍を冒険譚にしたのです。足手まといにならないように努力します。なにとぞ、宜しくお願いいたします」

 「わたしからもお願いするわ」シーマイルが口添えた。

 「わかりました。シーマイル様との連絡役としても、働いてもらおうかと思います」ターリは安堵の溜息をついた。

 「旅はまだこれからよ」とハーティが軽くウィンクしてみせた。



 翌日、「眠る兎」亭には、旅の仲間が集まってきていた。大剣を担いできたのは頑健な体躯を持った戦士だった。

 「スペードだ、よろしく」

 「スペードってあの武闘大会で連覇した、あのスペードさんですか」ハーティは驚いて聞き返した。ああ、とだけ戦士は答えた。もう一人、シーガイアと呼ばれた女戦士も馳せ参じていた。シーガイアは長身で痩せており、長い鉄槍を持っていた。そのリーチは普通の男性の剣士よりも遥かに長かった。


 旅の仲間は、宿の馬小屋の前に再集結した。冬の朝焼けの風が頬を撫でた。引き締まる思いが一同を駆け巡った。

 ガルーナは、片手半剣をもう一度拭いていた。ハーティは、背負袋の中を整理している。アサとマナは言葉遊びに夢中になっている。ルーベルはマントを外し、革鎧の調節をしていた。スペードとシーガイアはもう一度、地図を確認している。ターリが馬小屋から二頭だての馬車と背の低い馬を連れてきた。荷物を乗せるためだ。食料も水も万全。北西の王都ララバルまでの旅程は約十日間。その間には幾つかの村がある。そこで人さらいのことを調べながら、王都を目指す。カズシたちを王都へ行くまでに調査する。そして王都でカズシたちを救出する。それが、旅の目的だった。

 朝日が辺りを陽だまりにした。角笛が高らかに始まりの合図を告げた。それは、長い物語の序章だった。だがそれを知る者はごくわずかに過ぎなかった。




第二章 捜索


 冬の街道は硬く凍てつき、冷気が厚い靴底を通してジンジンと痛んだ。陽が傾いてきた。一行は開けた場所で野営の陣を張った。夕陽は落ち、影の力が勢力を増していた。

 「マナちゃん、あの夜を思い出すね」アサがマナに語りかけていた。

 「ルーベルお姉さんと初めて会った時も、こんな感じだったね」ルーベルははにかんだ。

 「おーい、だれか水を汲んできて」火を起こしていたガルーナが声を上げた。

 「マナちゃん、一緒にいこうか?」ルーベルがマナを誘った。

 「うん」マナはにこやかに頷いた。ハーティとシーガイアはたき木を探しに出かけた。


 たき火を囲んで一同が座していた。アサが干し肉をあぶって、皆に配った。温かいスープが身も心も暖めてくれた。

 「夜盗騒ぎ?」

 「そうなんです。それでシーマイル様と知り合ったのです」スペードの問いにハーティは答える。シーガイアも興味深げに尋ねた。

 「そうなの?」

 「うん。お姉ちゃんも一緒だったの」

 「そこでこいつ手柄立てたんだよ」ガルーナが嬉しそうにこぼした。


 馬の音が街道をこちらに向かって近づいているのが分かった。一行は、武器を傍に寄せた。馬車だ。速度を落としている。たき火の灯りの影響下に馬車が入った。馬車に「リーエ商会」と書いてあるのが読めた。おそらく、旅の商人だろう。馬車がたき火の近くで停まり、白髪の婦人が降りてきた。それがリーエ婦人との出会いだった。


 「あの、わたくし旅の商人をしているリーエと申します。ご一緒しても宜しいでしょうか」リーエと名乗った婦人はそういうとにこやかにほほ笑んだ。一瞬殺気立った一同だったが、すぐに緊張の空気が和んだ。

 「もちろん、どうぞお入りください」ガルーナが招き入れる。

 「どうぞ暖まって」シーガイアがたき火の傍に案内した。

 「どうぞ」ハーティが温かいスープを手渡した。

 「どうもありがとう、お嬢さん方。わたくしは、旅をしながら様々な国を歩き、様々なものを売り買いしています」リーエ婦人はそういうと、ハーティに話しかけてきた。

 「お嬢さんは、精霊使い、かな」ハーティは少し驚いたもののゆっくりと頷いた。

 「あら、それは光の精霊の指輪ね。これなんかどう」リーエはそういうと、きらびやかなブレスレットを差し出した。

 「お姉ちゃん、これ綺麗だね」

 「ほんとだ。ターリも見て」一同はそのブレスレットに釘付けになった。

 「これは『でもの』だよ。水の精霊を召喚できるようになる。安くしとくよ」

 「ほんとに?」ハーティが強く訊きかえした。

 「幾らなの」

 「金貨三枚。たき火のお礼さ」

 「私買います」ハーティは皮袋から金貨を取り出すと、婦人に渡した。

 「買っちゃった」

 「かっこいいな、それ」

 「素敵ね」

 「マナにも見せて」

 「今度ね」一同を笑いの渦が包み込んだ。水の精霊のブレスレットは、たき火の炎を受けてゆらゆらときらめいた。


 失われていた時間が眠りの彼方にあるように、琥珀色をした液体には過去が濃厚に淀んでいる。スペードとガルーナが飲み交わしていた。ハーティとアサとマナは眠りについている。凍てつく夜が次第に溶けていった。

 「それじゃ、もう戦い初めて三十年か」ガルーナがスペードに訊いた。

 「ああ、気付いたらもう戦いの中にいた」スペードは精悍な顔つきをしていた。黒髪が闇と同化している。

 「飲むか?」傍らで話し込んでいた、シーガイアとターリも酒宴に招かれた。

 「一曲つま弾きましょう」ターリが得意の竪琴を構えた。

 「愉しみね」シーガイアがきつい蒸留酒の入った木のカップを受け取りながら答えた。


 演奏が始まった。それは草原をわたる風のように爽やかな演奏だった。そしてターリは物語を静かに紡ぎはじめた。

 マーブルの物語を、皆静かに聞いている。月が雲間から出でた。月光がターリの優しい髪の毛を煌めかせた。ターリはいつの日か、この一行の物語を今夜と同じように、誰かに語る日が来ることを月光の中で確信した。




 純白の靄が行く手にあった。その影に街の形が浮かんでいる。

 「街ね」

 「ラドスの村だ」

 「三日ぶりに旨い飯にありつけるな」歓喜の声が一行のあちこちからあがった。

 「いや、お世話様でした」と、リーエ婦人。「もしよろしければ、街の中にある私のお店へも顔をみせてくださいな。割引きしますよ」かたえくぼをみせて、リーエ婦人は声をかけた。

 

 街の門は開け放たれていたが、番兵が立っていた。

 「どちらから?」

 「城塞都市ライザスからです」ガルーナが答える。

 「首席管理人シーマイル様からのご命により、『人さらい』の調査をしています」

 「本当か」

 「これが書状です」

 「本物だろうな」

 「ちょっと言い掛かりはよしてよ」ガルーナが言い返した瞬間。

 「はい、そこまで」リーエ婦人が割って入った。「あんたね、そんな番兵だと、一生そこで終わるよ。わたし誰だかわかる?」

 「すいません、リーエ様もご一緒とは存じませんでしたので・・・・・・」

 「はい、通るよ」

 「すいません」あっ気にとられる一同をしり目に、ずいずいとリーエ婦人の馬車が進む。

 「ほら、遅れるよ」かしこまった番兵を横目にして、一行は進んだ。

 「いっしょうそこでおわるよ」マナちゃんが、笑いながら毒づいた。



 「おい、聞いたか。追手が放たれたらしい」

 「本当か」

 「シーマイルが頭目らしいな」

 ラドスの村の一角、地下室にカズシは囚われていた。独房に何人かの男性が繋がれている。いずれの男性も憔悴し、目は宙をにらんでいる。シーマイル様が・・・・・・。カズシはかすれゆく意識の中でかろうじて音を拾った。もうすぐ助けが、来るのか・・・・・・。カズシはそこでもう一度暗闇のなかに意識が移動するのを感じた。



 「あの、この辺に武器を扱っているお店はありませんか」リーエ商会の馬車を曳いていたリーエ婦人に、そうたずねてきたのはひとりの少女だった。年の頃十五位だろうか。背が低く可愛らしい顔をした女剣士だった。腰に小さな剣を二本差している。

 「ティールじゃないの?」

 「あれ、ルーベルさんに、アサさん、マナちゃん! こんなところでどうしたの」

 「知り合い?」

 「うん、凄腕の女剣士なんだ」

 「ほう、凄腕か」スペードがうなった。

 「わたし、大したことありませんよ」

 「で、お嬢さん、何が欲しいんだ?」

 「小剣を探しています」

 「そちらは?」

 「吟遊詩人のマーブルです」

 吟遊詩人と答えたのは、美しい瞳を持った黒髪をした少女だった。美少年といっても通じるかもしれない中性的な魅力があった。

 ルーベルたちとはしゃいでいるティールに比べ、見た目は幼いものの、落ち着いた気品のようなものが漂っていた。

 「そちらの吟遊詩人さんは、何かお探しかね?」

 「はい、小手を探しております」マーブルは答えた。

 「丁度いい、それなら皆で私の店に来るといい」リーエ婦人はそういうと一行を先導して歩き出した。


 一行はリーエ婦人の店に行く前に、逗留する宿、「狼の涙」亭に立ち寄った。ルーベルはひとり、宿に残った。荷物の番をするためだ。一行は最低限の持ち物を持って、「リーエ婦人商会」へと向かった。

 「あ、これいいかも」ハーティがにこにこしている。

 「へぇ、珍しいな」ガルーナも剣を手に取った。

 「お嬢さん、これはどうだい?」

 ティールが洩らした。「素敵ね!」

 「これは『二刀一閃』という小剣さ。名刀だね。どうだい?」

 「おいくら?」

 「金貨四枚」

 「三枚にまけて~」

 「いやそりゃだめだ」

 「仕方ないなー。買った!」


 次の瞬間、急にドアが開かれた。

 「火事だ! 宿が燃えている」

 「嘘だろ!」スペードが駆け込んできた。

 「狼の涙」亭から黒煙が上がっている。一行は急いで宿へと戻った。

 宿は跡形も無かった。「ルーベルおねえさん!」マナの叫びが、虚しく天にこだました。




 「ルーベルお姉さん!」

 「ルーベル!」宿は無残な焼け跡だった。留守番をしていたはずのルーベルの姿はどこにも居なかった。荷物はほとんど着替えと食料品だけだった。全部駄目になっていた。

 「どこにも居ないの」

 「瓦礫の下でもない」

 「どこへ行ったのかしら」

 「みんな!これを見て!」

 「ああ!」

 「これは」

 瓦礫の下から現れたのは、ルーベルのマントだった。革鎧から外れたらしい。マナはマントにすがって泣いた。

 「大丈夫よ、マナちゃん。ルーベルお姉さんは、きっと何処かで生きている」

 「きっとそうだ。簡単に死ぬヤツじゃない」

 「なんとしても、見つけてやる。ルーベルうもカズシも」

 「ゼッタイなのだ」


 宿の焼け跡で、神聖魔法団の鉄鎧を身に着けた長身の戦士が、祈りを捧げていた。

 「この宿の方ですか?」

 「ええ」

 「そのマントは」

 「友人のものなのです」

 「お怪我は?」

 「いえ、行方知れずになってしまったのです」

 「あなた様は?」

 「申し遅れました。わたくしは神聖魔法団の騎士、フェニックスと申します」

 「これは、ご無礼をいたしました」ガルーナが少し引いて話しはじめた。そして、自分たちの目的が『人さらい』の調査であると告げた。


 「みんな、あきらめないで!」シーガイアが鼓舞した。

 「そうよ、手分けけして探しましょう」

 「マナもさがす」

 「ありがとう、マナちゃん」

 一行はバラバラになって辺りを探し始めた。再集合の合図は正午の鐘。フェニックスやリーエ婦人も手を貸してくれるという。一同は一斉に街中に散った。


 正午の鐘が鳴った。

 「どうだ?」

 「こちらはいない・・・・・・。そっちは?」

 「こちらもダメ」

 「そっちもか」

 フェニックスが閃いた。「そうだ『探知』の魔法を使ってみよう」

 「『探知』?」

 「ああ、少しルーベルさんのマントを貸していただきたい」


 フェニックスはマントを握りしめると、一言二言聞きなれない言葉を発した。マントが淡く光った。

 「西へ五キロ・・・・・・。地下だな・・・・・・。大丈夫、生命力が感じられる」

 「ありがとう。フェニックスさん。マナちゃん、ルーベルお姉さんは生きているって!」アサは嬉し涙をこぼした。




 一行は街の西へと向かった。

 「多分鍾乳洞の入口だ」この街に詳しいリーエ婦人が説明した。

 「あそこなら人目につかない」入口の近くまで来た一行は、林の中に潜みながらゆっくりと近づいて行った。

 「やっぱり・・・・・・」鍾乳洞の入口に、二人の男が立って見張りをしている。

 「準備はいいか?」ガルーナが右手を挙げた。シーガイアとスペードが弩を構え、狙いをつける。ティールとガルーナは抜刀し、息を整えた。アサが祈りを捧げる。ハーティが意識を集中した。

 「水の精霊よ。今こそ天よりこの地に降り給え!」ハーティの左手の腕輪が青く輝いた。ぽつりぽつり雨が降り出した。そしてすぐ豪雨になった。雨音が周りの音を消した。


 ガルーナが右手を振り下ろした。同時にガルーナとティールが飛び出した。弩の矢が放たれた。矢が次々と見張りに命中する。悲鳴は雨音で打ち消された。ガルーナとティールのみね打ちで、二人の見張りは倒れた。見張りを縄で縛り上げ、さるぐつわを噛ませる。



 ルーベルは目を覚ました。

 「大丈夫か?」

 「・・・・・・ええ・・・・・・カズシ殿・・・・・・」ルーベルは我が目を疑った。カズシが鉄格子越しに話かけてきた。二人は鍾乳洞に造られた牢の中に閉じ込められていた。水滴がルーベルの背をうった。


 その時だった。上の方で大きな物音がしたかと思うと、いきなり入口の扉が蹴破られた。

 「ルーベル!」

 「・・・・・・みんな!」

 「大丈夫か?」

 「カズシ!」

 「アサ!」


 それは、待ちに待った救援だった。一同が入ってくる。スペードが入口を固めた。ティールが鉄格子の鍵を探し出し、鍵を開けた。「さあ、早く!」ガルーナが先導する。


 一同は地下牢から抜け出した。上の階で待っていたマナが快哉を叫んだ。救出は大成功だった。


 ラドスの村の地下牢からカズシとルーベルを救出した一同は、フェニックスの所属する神聖魔法団にすぐに通達し、賊の根城を一網打尽にした。

 「カズシ、本当に命が助かって良かった」

 「ありがとう」

 「ルーベルさんも」

 「イタタタ・・・・・・」ルーベルは、全身に薬草と包帯を巻かれていた。宿の酒場を貸し切っての宴は、たけなわだった。皆、笑顔だった。

 ガルーナは盾を枕にして横になっている。ハーティとウィンドは世間話。カズシはティールとスペードと一緒に酒を酌み交わしていた。ルーベルとアサとマナは言葉遊びに夢中だ。リーエ婦人とシーガイアは武器の話。フェニックスはマーブルの竪琴の音色を聴いていた。


 夜がいつか明けるように、今の闇はいつか払われるように思えた。束の間でもいい、昼の時代が欲しかった。朝日さす夜明けは、もうすぐそこまで迫っていた。そう、闇の時代はもうすぐ終わろうとしていたのだ。



第三章 王都ララバルへの旅


 東雲が棚引いている。明け染めた冬の大地を、馬蹄が踏みしめている。霜柱が砕け散る。早馬に乗った男が、街の門を叩く。朝は静かに明けていく。「眠る仔熊」亭の前に一頭の馬がとまった。

 「ガルーナさん、お客さんだよ」

 「誰だろう、ハーティ、行くよ」

 「眠いのだ」


 宿の食堂には、身なりの清潔な男性が息を整えながら座っていた。

 「シーマイル様からの使いの者です。まずは手紙を・・・・・・」そこにはガルーナたちへの感謝の意が綴られていた。

 「これはシーマイル様からのお気持ちです」男はそういうとずしりとした革袋を差し出した。中は金貨で溢れている。「ありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしております」

 ガルーナは皆を集めた。平等に金貨を分けていく。

 「やったね」

 「これでいい槍が買えるわ」

 「でもの屋へ行かなくちゃ」

 「私も行くよ」

 しばらくして、フェニックスが口を開いた。

 「もし、よろしければ、修道院の仕事依頼を引き受けてはくれませんか」

 「話を聞こう」ガルーナが応じた。


 「実は、帝都ララバルへ赤子を連れて行きたいのですが、道中警護をお願いできないでしょうか?」

 「警護?」

 「そうです。さる貴族のご子息なのですが、ご婦人がこのラドスの村でお産みになったのです。薄謝ですが、宜しいでしょうか?」

 「その子の名は?」

 「ラドニスと申します」

 「誰が行く?」


 ハーティが真っ先に手を挙げた。マントがなびいて風が舞った。次いでアサとカズシが夫婦仲良く左手で合図した。マナがそれを真似する。スペードが大剣で、シーガイアが槍で示した。マーブルも美しい表情で頷いた。ティールが小剣で宙に十字を切った。新しい旅が今はじまった。


 赤子が泣いている。それをあやす母親が、ステンドグラスの聖母様のように美しかった。一行は修道院に来ていた。

 「こちらでございます」修道院の僧が奥ノ院へと案内した。赤子を抱えた女性と髭を生やした男性が、部屋の中央の椅子に腰を掛けていた。

 「実は、この赤子『ラドニス』を王都ララバルまで送り届ける際の警護をお願いしたいのです」赤子を抱いた若い母親が心配そうにこちらをうかがっている。

 「送り届ける役は、私がいたします」五十才位の修道女が、先程の扉を開けて入ってきた。シフォーヌと申します、というと、女性は深々と頭を下げた。身綺麗で、清潔そうなローブをまとっている。

 「王都ララバルまでの警護をお願い致します」

 「あなた一人での旅ですか」

 「はい」

 「いつから」

 「明日の朝、夜明けとともに立ちます」

 その瞳を凛としていて、シフォーヌの芯の強さを思わせた。その瞳のオーラが幼子を優しく包んでいた。


 シフォーヌは修道院で身支度を終えると、預けていた赤子のもとへと戻ってきた。慈悲あふれるまなざしで、赤子を見やると己が手に抱き寄せた。

 「ラドニス、神様がきっと守ってくださいますよ」そういうと、抱いた赤子に口づけた。ステンドグラスの彩光が二人を包んだ。


 「もう、出立の刻限ですよ」神父様がシフォーヌに優しく声をかけた。

 「はい、神父様」


 ガルーナたちは修道院の入り口で待っていた。皆、装備を整え、真剣な面持ちになっていた。赤子が泣き出した。「大丈夫だよ」赤子をティールがあやし始めた。

 「ありがとう、可愛らしいお嬢さん」ティールはえへへ、と含み笑いをした。

 「心配ないのだ」ハーティが力添えた。皆の眼は優しかった。マーブルが竪琴をつま弾く。安らかな音色が、辺りを包みこんだ。やわらかな風が流れた。皆は祝福された。

 「行こう! 王都ララバルへ!」ガルーナが高らかに告げた。新たなる旅がはじまった。



 一行はシフォーヌと赤子を馬車に乗せた。その周りを囲むように布陣して、皆は歩を進めた。丸一日歩き通しの旅が二日間続いた。陽がかげってきた。

「今日はこの辺りに野営しよう」一行は野営の準備をはじめる。


 たき火が音を立てて弾けた。マーブルが静かな曲を奏でている。シーガイアが曲に合わせて即興の歌を唄った。安らかな唄だった。赤子が寝息をたてはじめた。

 シフォーヌがおずおずと口を開いた。

 「この子は、とある高貴なお方の落し種なのです。皆様方には感謝しております」

 「ご落胤らくいんか・・・・・・」シフォーヌはゆっくりと頷いた。


 パチンとたき火が弾けた。スペードがたき火をかき混ぜた。

 星が近づく夜だった。竪琴の音色が、宙に吸い込まれていった。シフォーヌは夜空を見上げながら、私たちも皆天の落し種なのですが、と呟いた。ハーティがにこやかにほほ笑んだ。闇の精霊さえまどろむ夜だった。


(結)

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