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五十六話 魔人の力

「そうか、それはそれは……、幸運な事ではないか。人という軛から放たれ、純粋な生命エネルギーへと昇華し、あるべき場所へと戻って行った。そう考えると、貴様の父親は、これから待ち受けるであろう苦しいだけの人生に終止符を打つ事が出来て、幸運だと思うがな」

「苦しいだけって……アンタが決める事かぁ!!」


 今度は抑えられない。一際強い力で皐月を振りほどくと、握った二刀を手に、未だ跪くようにしてその場に座っているアイオーンへと飛び掛かっていった。しかし……


「これを見ても、まだ人に希望があると思うか?」

「く……そぉっ!!」


 まるで透明なバリアでも張られているかのように、阿弥の体が弾かれる。着地した阿弥は、まるで視線で殺そうとするような勢いでアイオーンを睨むも、睨まれている本人は涼しい顔をしていた。


「怒りに身を任せ、ただ感情のままに動く。人として……いや、生物として欠陥品だ。そんな人間が、正しいと本当に思えるか? 私には無理だ」

「感情は、人間の自我だろう? それに従って動く事が欠陥だっていうなら、犬や猫だってそうじゃねぇのか?」

「その犬猫と同じ事をしている時点で人の存在価値を貶めているのと同義だ。感情のままに、本能のままに動くのでは、人間など衰退の一途を辿る。そも、人間がここまで繁栄出来たのは、一部の正当な進化を遂げた者達のお陰であって、そこいらに転がっているような凡人が欲のままに作った子のお陰では無い」

「そんなもんは誰だって分かってるよ。ただ、人間を近代まで導いてきた人物ってのは、あくまでイレギュラーな訳だ。そんなイレギュラーに合わせてちゃ、先に進む事になる度に人ってのは変な進化をしていかなきゃいけない事になるんだぞ」


 聖の言う事ももっともだ。と言うより、アイオーンの口にする内容が余りにも極端すぎるだけとも言える。彼は普通の人間を無価値なもの、と評し、一部の革新的な発明や行動が出来る人々が本来あるべき人間だとでもいうのであろうか。


「そうだ。だからこそ、我々がそんな世界を変えて見せる。人類の魂を物質化し、肉体という軛から解放し、個という余分なものをそぎ落とし、真の意味で平等な、本来の人という形に進化するのだ!」


 アイオーンのその言葉は、そこにいる者全員が驚きを隠せないものだった。人類の救済、などと随分壮大な話を掲げていたと思いきや、彼の目的は人を生きた姿ではなく、魂そのものとする事で、個々による不平等を直し、あらゆる概念に対する公平性をもたせようというのだ。


「……めちゃくちゃにも程があるわね」

「わけが分からん……。魂の物質化って……」

「でもぉ、個々をそぎ落とすなら、そもそも公平性は不要じゃないの? 個別という概念すらなくなるんでしょう?」


 阿弥は呆れ、聖はその計画の荒唐無稽さに頭を痛める。唯一雲雀が計画の矛盾点を指摘するも、アイオーンじゃ彼女の言葉に首を振る。


「魂そのものに自我は無い。しかし、意思は存在する。生命体である以上、そこを取り除く訳にはいかない。でなければ、生きている理由が存在しなくなるからだ。故に、公平性という話が出てくる。老人の魂と、生まれたばかりの赤子の魂、両者は向かうべき先は同じだが、当然老人の魂の方が先に死に至る。それを公平とは言えまい」

「あらゆる生命の重さを均等にする……、それが貴方の公平性という事ねぇ……」


 アイオーンの言う事も一理ありそうな話に聞こえる。しかしながら、その公平性を決めているのはアイオーン自身であり、結局は個人の裁量に全てが委ねられる時点で公平性もクソも無い。むしろ、魂だけの存在という事は、抵抗出来ないという事だ。その分、更に質が悪い。


「つまんねぇ世界だな」

「本当にそう思うか? 例え今の世で弱者と呼ばれる立場であろうと、弱者強者の概念が無くなる時点で、彼らには今以上の世界になる、としか思えないが?」

「自我が無い時点で、生きていようが死んでいようが似たようなものにしか思えないけど……」

「確かに、今のように自由に生きる、という事は無くなるだろう。しかし、だ。お前達は生きる為にどれほどの代償を払っている? 金銭は当然の事、時間、精神、体力、人との関係……、これらに縛られぬ世界になる、と言えばそれを諸手を上げて迎えるのが人間ではないのか?」

「つまんねぇ人生にうんざりしてる奴なんかはそうだろうな。お生憎だが、ここにそんな人間はいない。そういうのがお望みなら、飛び降り自殺一歩手前のサラリーマンでも探して、その場で勧誘でもしたらどうだ? お前さんの考えに乗ってもらう前に、パトカーに乗る羽目になるだろうがな」

「……くだらんな。やはり人は一度その不要な(もの)から解き放たれるべきだ。今ここで、私がそれを先導してやろう」


 ゆっくりと立ち上がったアイオーンの全身からは、彼自身の力が溢れ出ている。だが、その力があの二人のように凄まじいものか、と聞かれると思わず疑問を浮かべてしまう。アイオーンはおそらく、三人の魔人の中ではリーダー格に位置する青年だ。であるならば、その力もあの二人を凌駕するものであろう、とそう思い込んでいた面々にとっては、少しばかり拍子抜けするものだった。


「親玉だからそうとうやるもんだと思ってたけど……、案外大したことないのね、アンタ」

「……ほう、何故そう思った?」

「あのグラスって子と直接対峙したから分かる。いかにも戦闘慣れした動きに、概念魔装とやらを纏った時の異様な雰囲気、私達との力の差が段違い、ってのが直接身に染みたわ。けど、今のアンタからはそんなものは感じられない。もしかして、油断してるのかしら?」

「……」


 アイオーンが静かに阿弥を睨んでいる。彼女の言葉に思うところでもあったのか、それとも図星だったかは分からないが、少なくとも好意的でない事は確かだ。

 アイオーンの手が宙を掴む。すると、彼が掴んだ空気が柄となり、そこから黒い刀身が伸びていく。やがて、その全容がはっきりと浮かび上がると、改めて彼の武器が何なのか、理解するところとなる。


 黒い、歪な形をした長剣だ。

 それを片手で構えると、真正面から特戦課の皆に鋭い視線を向ける。


「エイジとグラスを相手にして多少自信を付けたようだが、それがただの思い込みであると、思い知らせてやろう」

「そう言う割には、あの概念魔装とやらは使わないんだな」


 ピクリ、とアイオーンの眉が動く。彼が誘導したわけではないが、何故か阿弥達の視線は自然とアイオーンが背にしているとある部分に向けられる。そこには、蒼く澄んだ光を放つ宝玉と呼ぶにふさわしい物体が鎮座していた。


「なるほど、アレね……」


 アイオーンがこの面々を前にして概念魔装を身に纏わないのは、おそらくあの玉に力を注いでいるからだろう。そう、使わないのではなく、使えないのだ。でなければ、どう見ても不利としか思えないこの状況で、切り札を切らないのは悪手としか言い様が無い。

 とはいえ、あの玉がどんな効力を持っているのかは不明だ。もし下手に刺激して爆発でもすれば、取り返しのつかない事になるのは自明の理だ。例えあれが弱点であろうとも、迂闊に狙うのは控えたいところ。


「ふ……、目ざといものだ。確かに、私はあれのおかげで他の二人と同様に概念魔装を身に纏う事が出来ない。しかし、だ、このままでお前達と容易に渡り合えると思わぬのは、浅はかである意外に言い様が無い」

「あっそう、じゃ、その浅はかなアタシ達に是非とも教えてもらおうじゃないの。アンタの強さってのを」


 阿弥のその言葉を合図に、彼女の後ろで全員が武器を構える。あれだけ言っていた奈乃香でさえも、油断を一片も感じさせない隙の無い構えをとっていた。いくら彼女でも、流石にアイオーンの言葉に感じ入るところがあったのだろう。

 眼前に立ちはだかる特戦課の面々を前に、アイオーンは薄ら笑いを浮かべる。


「では、ゆくぞ」


 長剣を構えたアイオーンが、静かにそう言った。

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