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四話 七草奈乃香

 莉緒が早朝に一人で家を出てから約二時間程の後の話。


「じゃね、お姉ちゃん」

「いってきまーす」

「はい、行ってらっしゃい」


 初等部、中等部合同校舎の前で蘭と沙羅の二人を降ろした後、ゆっくりと車が走り出す。

 彼女達姉妹の通う九十九台第一学舎は、小中高一貫のマンモス校だ。しかし、国立のおかげか、授業料などは安く、それでいて質が高い事で有名だ。毎年近くの有名な大学に多くの合格者を出しており、県内随一の進学校として名を馳せている。また、別の意味でもこの学校は有名である。


「それでは、お気を付けて」

「気を付けるなんて……、校舎はすぐそこですよ?」


 皐月が運転手も兼ねている使用人に向かって小さく笑みを浮かべながらそう言った。しかし、使用人の表情はあまり芳しくはない。おそらく、彼の言う「気を付けて」は違うものに対してだろう。


「あぁ、なるほど。確かに、気を付けなければダメですね」


 ようやくその意味を理解したのか、彼女は使用人の目を正面から真っ直ぐ見ながら、小さく頷いた。


「分かっています。あの子達や両親を悲しませる訳にもいきませんし、それに莉緒さんとまだちゃんと話が出来ていませんしね」

「そうですね、早く打ち解ける為にも、今日も一日頑張って下さい。帰りはいつもの場所と時間でお待ちしております」

「はい、よろしくお願いしますね」


 小さく頭を下げると、車から降りる皐月。見慣れた光景なのか、登校中の学生からは奇異の目で見られたりはしない。そもそも、車で通学をしているのは彼女だけではなく、そこかしこでチラホラと似たような境遇の生徒の姿が見える。

 背筋を真っ直ぐ伸ばし、歩く姿はまさしく淑女そのものだろう。校門のところに立っている守衛に一礼を行い、そのまましっかりとした足取りで校舎へと向かっていた皐月だったが……


「さ~つきちゃんっ」

「きゃ!?」


 唐突に背後から襲い来る衝撃。しかし、押された皐月が少し前へとつんのめるに留まり、倒れる程のものではなかった。

 一つ、小さな溜息を吐いた皐月は、呆れたような顔で後ろを振り向く。

 そこに立っていたのは、皐月よりも少しばかり背が低いが、忙しなく揺れる明るい色のショートカットが特徴的な、いかにも明朗快活といった雰囲気の少女だった。呆れた表情の皐月とは対照的に、彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「はぁ……奈乃香ちゃん、前から言ってるけど、後ろからいきなり抱き着くのはやめてちょうだい。驚くだけで済めばいいけど、人によってはそのまま倒れちゃって怪我するかもしれないでしょ?」

「大丈夫だよ! こんな事するの、皐月ちゃんにだけだから!」

「そういう問題じゃないんだけど……」


 依然困った表情を見せる皐月だが、その顔は自分が目の前の少女にとって特別な何かだと告げられたからか、少し笑みが混じっていた。

 皐月に親しげに話すこの少女は、七草(ななくさ)奈乃香(なのか)。皐月にとっては親友とも言える間柄の少女だ。だからこそ、困惑するような事をされたとて、嫌がる素振りも見せず、注意で済ましている。付き合いが長いといった程度ではなく、あくまで一般家系である筈の奈乃香が少々特殊な家系である皐月とここまで仲良くなったのには、彼女自身の性格のおかげとも言える。


「ほら、もう時間になるよ」

「はーい。一時間目って何だっけ?」

「数学だったはず」

「うぇ~……。あの先生厳しいから苦手~」

「奈乃香ちゃんはどの教科も苦手でしょ。今度の中間考査は高等部に上がって初めての試験なんだから、結果を出さないとね」

「うぅ……、テストやだぁ……」


 がっくりと肩を落としながらも、皐月の横に並び歩く奈乃香。そんな親友の姿を、皐月は微笑まし気に眺めていた。




 午前の授業が終わり、生徒達が各々食堂へ向かったり、弁当を持ってランチへと向かう中、皐月と奈乃香も他の生徒に混じって食堂へとやって来ていた。

 食が細いのか、皐月の目の前に並ぶ質素な和食とは反対に、奈乃香が持ってきたのは、食べ盛りの運動部の男子生徒が好んで食するような大盛のランチプレートだった。


「……よく食べるよね」

「育ち盛りだから!」


 そう言いつつ、彼女が握るフォークやスプーンの動きは止まらない。見た目は普通の少女に見える奈乃香だが、皐月が知っている中では、かなり男子顔負けなところを見せる事が多い。こうしてよく食べる事もそうだが、昔から男の子の中に混じって遊ぶ事もよくあったが、その時から周囲の男子を打ち負かす事もよくあった。

 ハイスペック、と言われればそうなのかもしれないが、如何せん勉強に関してはかなり微妙なところであり、進学校としてのこの学校において、彼女の成績は下から数えた方が早い。

 が、やはり学力では測れないところも少なからずは存在する。それに、奈乃香は皐月だけではなく、色んな人にとっていなくてはならない存在でもある。そう、それは無造作に皐月の隣に腰を下ろした少女のような人物にも、だ。


「おや、三綴先輩。珍しいですね、食堂で会うなんて」

「弟が朝から駄々こねてて弁当が作れなかったのよ」


 三綴(みつづり)阿弥(あや)、高等部二年生であり、皐月や奈乃香の先輩だ。また、彼女二人にとって、とある立場での上官にあたる少女でもある。

 その仏頂面でカレーを口に運ぶ姿からは想像できないが、家の都合上普段はそれなりに家庭的であり、昼食も節約の為と言って弁当を用意してくる事がほとんどなのだが、今日はそれが出来なかったようだ。


「弟さんですか? うちの妹達はあまりそういう事を言わないので分かりませんが、下の姉弟がいる家は大変ですよね」

「まったくね。朝っぱらから、あれが良いやら、あれじゃないと駄目やら、我儘のオンパレードよ」

「何か行事でもあるんですか?」

「初等部で発表会があるらしいけど、あんまり詳しくないから分からない。でも、それならそれで当日の朝に準備をするんじゃなくて、前日にやっとけっての!」


 バン、とスプーンごと手をテーブルに叩きつけ、一瞬周囲の視線を集める事になる。しかし、そんな事知った事かと言いたげに、再びカレーを口に運び始めた。


「ま、まぁ、そこは頼りにされている、という事で……。私の妹達は、私に何も言ってくれないからどうすればいいのか分からないくらいですよ」

「それはそれで羨ましいけどね。アタシんところも手のかからない弟がよかったわ……」

「持つ者持たざる者の悩み、というやつですね」

「隣の芝が青い、の方がそれっぽくない?」

「それもそうですね」


 皐月と阿弥が談笑している間も、せっせと奈乃香が食事を片付けていく。とはいえ、その量は彼女と同年代の男子生徒ですら多いレベルだ。流石に体のサイズ的にもそこまで大きいわけではない奈乃香には辛い、傍から見ればそうだったが、実際は山が掘削されていくようにしてどんどん彼女の胃袋の中へと消えていく。なんなら、遥かに量の少ない阿弥のカレーと同程度まで減っているくらいだ。


「そういや、例の話、今日の放課後にするって連絡行ってる?」

「聞いてます。ここ最近の件ですよね? どうやら、私達だけの話に留まらず、一般の人たちにも広がっているみたいですけど……」

「その対処についても話し合うつもり。ちょっと放置は出来ない状況になって来てるからね」

「分かりました。では、放課後にいつもの場所で?」

「いつもの場所で。今日は流石にメンバー全員揃うと思うから、今の内にやっときたいしね」


 ぐい、と阿弥が水を飲み干す。相変わらず、見た目に反してかなり男前な所作に、皐月は思わず食事を平らげた奈乃香と見比べる。


「……今アタシをそこのと一緒にしたでしょ」

「そんな、とんでもない……」


 ふい、と目を逸らす。阿弥が皐月を訝し気な視線で睨みつけるも、流石にこれ以上は無駄と悟ったのか、食べ終えたカレーの皿を片付け始める。


「それじゃ、無いとは思うけど、遅れないようにね。特にそこの」

「……ふぇ!? 私!?」


 完全に想定外だったのか、頬をリスのようにパンパンにした奈乃香が驚いたような声を上げる。


「色んなところで頼りにされてるのは知ってるけど、役目に関わる事よ、ちゃんと時間通りに来るように」

「は~い」

「はぁ……、保泉、頼んだわよ」

「承知しています」


 額に手を当て、呆れた表情を浮かべる阿弥だったが、傍に付いている皐月に託し、食堂を出ていく。その背中が消えるまで眺めた後、口の中の物を飲み込んだ奈乃香が一言。


「それで、何の話だったの?」

「……」


 これは阿弥じゃなくても心配になるだろうに。先が思いやられる、そんな顔をしながら、皐月が重い溜息を吐いた。

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