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三十五話 何故、何故、何故?

「色々と聞きたい事はあるが、まずこれだけは聞かせてくれ。何故、あの場から立ち去った?」


 居候している家で自身に関して大騒動が起きているにも関わらず、自分は街境をふらふらとしていら莉緒が帰宅した翌日、朝から無言で莉緒の服を掴んで離さず、その状態で九十九第一学舎、その一画に拠点を構える特戦課の本部に連れて行かれた莉緒を待っていたのは、そんな一言だった。


「はぁ……?」


 巌が目の前に立ちはだかり、いかにも怒っています、といった表情で問い詰めているが、当の莉緒の反応は薄い。むしろ、何故自分がこんなことになっているのか、と言いたげな表情だ。


「こちらの作業が終わるまで待っているように言ったはずだが?」

「何でそれに従わなきゃなんないの?」


 再び、首を傾げる。相変わらずの莉緒の様子に、巌は頭を抱えざるを得ない。指示に従う従わない以前の問題だったとは、誰が気付こうか。


「いや、あのさ莉緒君、こっちとしちゃあ、おたくに色々と聞きたい事があった訳よ。その為に待ってもらってたんだけど、それをガン無視されるなんて、普通は思わないじゃん?」

「特戦課のメンバーでも無い人間が、指示に従う筈が無い、という選択肢は無かったの? 避難誘導ならさておき、もう事態が収束した状況で、一般人をそこに留めておく方が危ないでしょ。ただでさえ、瓦礫はまだ撤去されて無いし、いつどこが崩れるかも分からない。これを危険だと認識出来ないなら、辞めた方がいいと思うよ」

「……隊長、パスだ。こいつぁ、俺の手には負えねぇ……」


 聖が音を上げるのも仕方の無い話だ。今までは一般人だと思っていた人間が、実は関係者で自分達の仕事について細かいところまで知っているとなれば、今までやっていた誤魔化しは通用しない。莉緒の言葉は正しいのだが、そもそも前提が違う。その事は莉緒も分かっての発言だろうが、逆に言えばそこを突いても、また別の方向から責められるだけだ。


「……」

「三綴?」


 だが、開いてを代わったはずの阿弥が何故か黙ったままだ。想えば、いつもならば、いの一番に莉緒に絡んでいくであろう彼女が、今日は何故かここまでずっと黙ったままだった。しかし、その目は確かに莉緒を見ている。いや、睨んでいる、と言った方がいいだろうか。


「……アンタ、中央所属なのよね?」

「正確には、だった、が正しいけど」

「なら、三年前の大崩落の事は覚えてる筈よね。何せ、アンタ達が対処しきれずに多くの人を犠牲にしたんだから」

「おい、それは……」


 ようやくその口から出た言葉は、今この場においては関係無いであろう過去の話だ。だが、阿弥の口は矛を収めようとはしない。むしろ、その切っ先をまっすぐに莉緒へと向けている。


「覚えてるよ。俺も渦中にいた内の一人だったからね」


 阿弥の様子がおかしいのは、誰が見ても分かる事だ。しかし、莉緒はそんな彼女の様子など構いもせず、おそらく、この場で最も口にするべきでなかった言葉を発する。


「そう……。やっぱり、アンタをあそこで魔人への攻撃に巻き込もうとしたアタシの判断は間違ってなかったわけね」

「……待て、阿弥君。今、何て言った?」

「宇佐美に指示を出した時、そのすぐ傍にはコイツがいた。それをお構いなしに攻撃指示を出したのは正解だった、って事よ」

「おいおい、そいつは冗談でも笑えないぜ……」

「……」


 絞り出すように呟く聖の隣では、義嗣が青い顔をしている。当然だろう、一歩間違えれば自分が一般人を巻き込んだ殺人犯になったかもしれないのだ。しかしながら、それを命令した本人はその事すら頭に残っていないらしい。


「何でよ。アンタ達が三年前に都心特区でやった事と一緒じゃない。助けなきゃいけない人達を見捨てて、自分達だけ逃げた卑怯者の癖に」

「……」


 相も変わらず阿弥と向き合っている時は無表情の莉緒だったが、今回ばかりはいまいち状況が呑み込めないらしい。横目で巌に視線を送り、説明を求めている。


「そうか、君は知らなかったんだな。彼女の父親はな、特戦課本庁に勤めていたんだが、三年前の大崩落のに巻き込まれて、命を落としているんだ」

「原因が大崩落だけならアタシも文句は言わないわ。けど、聞いた話では、当時の特戦課本庁は救助にまともに人を割かなかった。それどころか、上の人間はほとんど逃げ出し、残った七人の守護役が復興までの繋ぎとして救助や、湧いてくるヴィーデの対応に当たっていたって」

「らしいね。で?」

「その七人の中にアンタの名前は無い。つまり、アンタは救助も何もせずに逃げ出した人間の一人って事じゃない。なら、アンタがアタシの父さんを見殺しにしたって事でしょ!?」


 守護七聖。一般的にはそう言われている大崩落時の英雄は、今では全員命を落としているものの、その活躍が広く伝わっている有名な守護役達だ。しかし、その七人の中に、都心特区の特戦課本庁に所属していた莉緒の名前は無い。


「阿弥君、過去の話を蒸し返しても仕方が無い。ここは当面の話をするべきだと思うが?」

「コイツをウチに招き入れるか否か、って話でしょ。そんなもの、アタシが首を縦に振ると思ってんの!?」

「君の一存でどうこう出来る話じゃない。事実、魔人を撃退するだけの実力を持つ莉緒君は貴重だ。例え、過去に君の父親の殉職に関わっていても、だ。隊長という立場にいる君なら、それが分かる筈だ」

「だとしても!!」

「気持ちは分からんでもない。だが、君が自分で言っただろう? 莉緒君を巻き込んでまで魔人を倒そうとした。そこまで実力的に劣っていると分かっているのなら、この件に個人の感情を持ち込むべきじゃない」

「ぐ……」


 まさか、自分の言った言葉が仇となろうとは思わなかったようだ。しかし、聞いている方としては、その言葉の内容をもっとしっかり精査してもらいたいと思わなくも無いのだが。


「人手が多い事に越した事は無い。それに、莉緒君の実力を間近で見た阿弥君なら分かる筈だ。その力が、技術がどれほど貴重かを」

「……納得は出来ない。出来ないけど、戦力が必要なのは確かよ。そこだけは理解をしてるつもりよ」

「なら、この話は終わりだ。彼には、今後君達と共に戦ってもらう事に……」

「ちょっと、待ってくれない?」

「ん? どうかしたか?」


 改めて、莉緒の合流を告げようとした巌のセリフを、当の本人が遮る。巌がそちらへと視線を向けると、何やら莉緒が不満げな顔をしていた。


「俺、あんた達と仲間になるなんて一言も言ってないんだけど」

「アンタ、この期に及んで何を……!!」

「分かってる。君を特戦課のメンバーとして組み込む事はしない。いや、出来ない、というのが本音だ。だから、君にはあくまでオブザーバーとして参加してもらう事になる。所謂協力者という事だが……」

「いや、そもそも協力なんてしないよ。戦う義務も無いし」

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