二十七話 唯一無二の平穏
「で、だ。今日の目的は莉緒の服なんだが……。お前はその辺のセンスどうなんだ?」
「日本有数だと自負している!! 言うなれば、パリコレ級!!」
「これほど信用の無い自負って言葉もそうそう無いだろうな。という事は、だ。委員長、お前だけが頼りだ!」
「あはは……」
改めて見て錚々たる……いや、散々な面子を前に、奏は苦笑いを浮かべている。凡そ予想は出来ていた話だが、改めて奏以外にセンスという言葉がこれ以上無いくらい信用無いメンツというのはそうそう揃わないだろう。とはいえ、随分と質素な莉緒は別として、奈央も佳樹も別段私服はセンスが壊滅している、と思わせるようなものではない。
「ちなみに、二人は服どうやって選んでるの?」
「俺は普段は適当だ、適当。ただ、今日は委員長と八重代がいるから、女子もいるって言ったら、姉ちゃんにこんな感じに着せ替えられた。俺はもっとラフな感じでいい、って言ったんだけどな……」
どうやら佳樹には姉がいるようだが、その姉に関しては随分とまともな人物のようだ。センス的な意味で、だが。
「私はお手伝いさんに服選んでもらってるからねぇ。今日も出されてたのを着て来ただけさ!!」
「自分の服くらいは自分で決めようよ……」
奈央はそもそも論外だったようだ。なら、何故来たんだと小一時間問い詰められかねないが、莉緒が飽きない内に済ませる必要がある事を考えれば、こんな所で油を売っている暇は無い。
「マジで頼りになんのは委員長だけかよ……」
自身も良い方ではない、という事を理解しているだけマシと言う事か。
「え~、私は~?」
「お前は今さっき自分で言った言葉を思い出せ!!」
「パリコレ級!!」
「もうそれでいいわ……」
休日、遊びに来ているのにも関わらず、何故自分はここまで疲れているのか。ここにいる人間に聞いたところで、その答えが返ってくるとは思えない。
唯一の良識人である奏でさえ、どちらかと言うと莉緒の肩を持つ方だ。つまり、佳樹は完全にアウェーと言う事になる。
「それで、保泉君はどんな服が好きなの? よかったら、その辺りを教えてほしんだけど……」
「ん? ん~……、これといって何が好きとかは無いかな。強いて言うなら、楽な恰好」
「楽……楽……、何だろ? ハーフパンツにシャツとか?」
「んなオサレな訳ねぇだろうよ。ジャージじゃねぇの?」
「……一応聞きたいんだけど、買いに来たのは私服、で良いんだよね? スポーツウェアとかじゃないよね?」
「間違って……無いんじゃねぇの? アイツが納得するかどうかは分からねぇけど」
佳樹の視線の先では、莉緒がショーケースに張り付いている。その目が釘付けになっているのは、メニュー代わりの食品サンプルだ。
「あいつの目にゃあ、あぁいうのしか映らねぇからな。自分で決めろ、なんて言ったら、マジでジャージを選びかねないしな」
「う~ん……」
一理どころか、佳樹の言葉に全面的に同意出来よう。自身の服装に無頓着か否かは、こうして休日に会ってみなければ分からない。普段学校へは問題無く制服で登校してきている為、莉緒の服飾センスがどんなものか分からないのだ。しかし、そもそも前提からして問題なのは想定していなかったのだろう。
「とりあえず、目に付いた物を片っ端から試していくしかないよ」
「それが一番だな」
莉緒には大人しく着せ替え人形になってもらう。二人の意識はそこに落ち着いた。が、問題は当の本人が素直に従うかどうかである。
「ほほう、下界にはこんな食べ物もあるのかね」
「貴女のお口に合うか分かりませぬが、ここは一つ、ご賞味を……」
「よいよい。では、いざ参るとするか!!」
「目的を忘れんなド阿呆共」
当初の予定など何のその。莉緒と奈央は近くのレストランの前で三文芝居を繰り広げながら、店の中に入ろうとしたその時に、頭の上に拳骨を落とされ、その場でのたうち回っている。
そんな二人の姿を見た佳樹の口から重々しい溜息が出るの目にして、奏は苦笑いを浮かべながら小さく呟いた。
「八重代さん連れて来たの、失敗だったかなぁ……」
その答えは誰にも……誰でも分かるものだろう。
二人の首根っこを掴み、引き摺って来る佳樹を手招きし、奏は近くの店に入る。後に色んな店から、莉緒の悲痛な声が響き渡るのだが、それはまた、別の話。
「うぅ……」
憔悴した莉緒が、テーブルの上に顎を乗せた状態で、ストローを咥えながら目の前に置かれたオレンジジュースを吸い続けている。彼の傍らには、複数の紙袋が並び、そのどれもに異なる店名が描かれている事から、色んな店をはしごしたのだろう。その度に、色んな服を手渡され、着ては脱ぎを疲れ果てる程繰り返した莉緒は、現在レストランの一角、そのテーブルの上で陸に打ち上げられた魚のような状態になっている。
「ふぅ……」
そんな燃え尽きた莉緒の目の前に座る奏はというと、小さく息を吐きながらも、完全にやり切った顔をしていた。男子の服選び、という事で佳樹も少し気が引けていたようだが、どうやら杞憂だったらしい。非常に堪能し尽くした模様。
「しっかし、また随分と買ったな……」
佳樹がそう言うのも当然だろう。明らかに今年の夏物のみと言うにはあまりにも数が多い。おそらくではあるが、先の事も見越して安くなっている春物や、秋物にも手を出しているのだろう。そのせいでこの大荷物になったわけだが、これでしばらく服には困りそうに無い。
「いやぁ、委員長があそこまで生き生きしてるの、初めて見たかもしんない。次から次へと適確に選んで行くんだもん。ちょっぴり怖かった」
「も、もう……。そんな言い方は無いんじゃないかな」
「買い物は女を変える……。よ~く覚えておくんじゃよ、少年」
「……覚えとく」
未だテーブルに突っ伏したままの莉緒が、何とか声を絞り出すも。すぐ傍で飲み物を口にする音にかき消される。
「けど、これで一通りは揃ったんじゃないか? ってか、よくそれだけの量買えたな。どう考えても、高校生の小遣いじゃ収まらない量だぞ」
「ん~……、お金だけはあるからねぇ……」
「何だそりゃ。自慢か?」
居候ではあるが、実際は養子扱いだ。そして、保泉家と言えば、この街でも指折りの富豪の中でも、トップに位置する家である。莉緒の言う通り、金だけ持っていててもおかしくはない。そんな懐事情を普段から匂わせていないのは、やはりそれ目当てで近づいてくる輩を回避する為だろう。もしくは、金の入りどころがあまり公に出来ない事か。とはいえ、この場合は家から小遣いとして渡された、と考えるのが妥当なのだろうが……。
「やっぱ保泉家はすげぇな。そんな大金をぽんと小遣いとして渡しちまうんだからよ」
「まぁねぇ……」
否定はしない。だが、肯定もしない。それが何を意味するのか、佳樹にはまだ分からない。
「買う物は買ったし、後は保泉君の行きたい所に行ってもいいんだけど……どこか行きたい?」
「ん~……、色々と見て回りたかったけど、そんな気分でも無いし、今日はいいかな……」
「ありゃ? いいの、保泉ん? 例の限定たいやき食べるんだ、ってあれだけ息巻いてたのに?」
「限定たい焼き? 何だそりゃ?」
「あんこの代わりに、チョコミントアイスが入れられてるらしいよ。その筋では結構有名なんだってさ」
「チョコミントって……、歯磨き粉じゃねぇか……」
「おっと旦那ぁ、あんまりそういう事口にすると、ウチの若いもんが黙っちゃいねぇぜ」
「若いのって、そこで突っ伏してる奴の事かよ?」
「しまったぁ!!」
大げさな仕草はいつもの話。こうして落ち着きが無いように見えて、上手い事場を引っ掻き回すのも、彼女のムードメーカーの所以だろう。巻き込まれている方は迷惑極まりない……で済めばいいが、佳樹のように、胃に穴を空ける事になりかねない。
「まぁ、大人しくしてくれるんなら、それでいいじゃねぇか。いつもはもっと色んな場所に引っ張り回されるんだから、こういう日があっても罰は当たらねぇだろ」
「果たして、そうかな……?」
「どんだけ不吉な感じを作っても、お前が言ってる時点で台無しだよ」
「くっ……不覚!!」
この二人も飽きないものだ。
しかしながら、未だテーブルに突っ伏したままの莉緒であったが、夫婦漫才のようなコントを眺めているその目は、どこか楽しそうでもあった。
「……ふふっ」
そして、そんな莉緒の事を見つめる奏もまた、小さく笑みを作っている。彼女に笑われた、とでも思ったのか、莉緒が口を尖らせて奏に抗議の姿勢をとっている。
「……何よ」
「いや、何でも無いよ」
はぐらかされた事で、また莉緒の口が歪む。が、残念ながら普段の彼の姿を見れば、同情は出来ないだろう。莉緒もまた、よく人から問い詰められた事をはぐらかす事が多い。奏の場合はそこまで重要な事ではなく、単なる友人同士の秘め事程度のものだ。
「ま、いっか」
またもや顎をテーブルに預ける形で莉緒の視線が窓の外へと向けられる。
何てことは無い。単なる平和な昼下がりの一コマがそこには流れ続けていた。




