喉が渇いた
彼女はたくさんの飲み物を飲んできた。
それでいて尚、まだ幾千もの飲み物の味を欲している。
欲している癖に、妙に臆病で自分から何処かへ踏み出すことがなかなか出来ない。
だから彼女は今、さっぱりとした狭い部屋の中で自分の身体を抱き締めるように体育座りをしている。
その目はただ一点、床を見つめて、虚無をどうにか拒絶しようと試みている。
周りには空き缶やら空き瓶やら紙のコップやらプラスティックのカップやらが転がったり立たされたりしている。
今まで飲んできた、苦味や酸味や辛味や無味。
そのどれもが美味であり不味であった。
しかし美味であろうが不味であろうがまたそうでなかろうが、彼女は飲んで味わうということを生きがいとし、外へ踏み出す気概を生み出していた。
彼女は自分の着る衣服なんかには禄に気を遣わなかった。
けれど、ある1杯のオーロラ色の飲み物を飲んだ時からお洒落というものを知った、精通し始めた。
それでも、それからもあまり着るものにはあまり気を遣わなかった。
その代わりに彼女のクローゼットは弱い過去の彼女でいっぱい。
大切にハンガーに掛けられている。
その大半は白いもの。
汚れのついたものもある。
洗濯はせず、脱いだ過去の彼女をそのまま収納していた。
現在の彼女は彼女。
部屋の隅の冷蔵庫の中には食材が僅かに入ってるばかり。買い込むということをあまりしない。
それに飲み物が入っていない。
彼女の飲みたがるものは冷蔵庫の中での保存がきかない。
彼女が欲しているのは飲み物でありナマモノなのだ。
摂取しても体内で分解されることはない。
だが新鮮味はなくなっていく。
それが彼女の最も恐れていることのうちの1つ。
常にアクティブな何かに溢れていたかった。
自分が常に活力を見出していないと動けなかった。
しかし動けない自分は自分でないと思い込みたかった。
怖かったのだ。
無駄を嫌うが、無駄を積み重ねたい。
矛盾の中で彼女は生きていた。
ただ、今は盾を突き立てた状態で座り込んでいるだけ。
新しい矛が欲しかった。
そんな時、部屋のドアを誰かが外からノックした。
彼女はそれまでの不動が嘘かのように素早く顔を上げる。
ノックは3回された。
彼女は扉の向こうの誰かが去ってしまわぬよう、焦って玄関へ飛び出す。
覗き穴から向こうが誰なのかを確認することもなく勢いのまま扉を開ける。
すぐ外には、彼女の見たことのない飲み物を両手で大事そうに持った少女が無表情で、いや彼女には少し微笑んで見えたか、佇んでいた。