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第七章 動き出す黄昏園(一)

 翌日、クラスに行くと『移転しました』の張り紙があった。場所が十六人用の会議室から二十五人用の教室に移動していた。

 教室に移動すると、蓮村、亜門、明峰、竜宝の他にも生徒六人の生徒がいた。


 蓮村たちが中間の席を空けて最前列に座り、他の六人の生徒は距離を空けて後ろの列に並んでいた。

 天笠が入ると亜門以外の全員が立って「おはようございます」と挨拶してきた。

「おはよう」と返すと、蓮村が「先生は、こちらへ」と最前列中央に誘導された。


 蓮村が教壇の前に立って説明をした。

「天笠クラスへ、ようこそ。当クラスでは天笠先生と亜門が生徒役になり、先生役の生徒が授業を教える形態を取ります。教師役の生徒は亜門と天笠先生にわかる授業を展開してください。二人の理解度によって教師役の査定を私と明峰、竜宝の三人で行い、報酬をお支払いします。それでは数学から始めましょう。では、一番の方からお願いします」


 蓮村が説明している間に竜宝が教科書を渡して来た。蓮村の説明が終わると蓮村、竜宝、明峰が一列後ろに下がる。

 後ろの席から男子生徒の一人が前に出て教壇に立った。男子生徒は「教師役の岩本です」と名乗って授業を開始した。


 数学はやはり解けなかった。亜門も同じだった。解説の時間になって、解説が始まる。

 岩本が一所懸命に解説するが、わからない点が出てくる。生徒役なので質問をする。質問と答を繰り返していると岩本が答に窮した。


 岩本が答に詰まると蓮村が「誰かこの続きを教えられる人」と後ろに座っている生徒に呼びかける。

 生徒が手を挙げると、蓮村が挙手した内の一人を指名して授業を継続させる。


 質問がなくなると次の問題を解く。そうして、百十分が経過すると授業は終了となり、蓮村、明峰、竜宝が教師役の採点シートを元に教師役の評価を決めて報酬を払い、領収書を受け取る。


 午後に国語の授業があるが、先生役が替わっただけで流れは同じだった。

 天笠の役割は非常に楽だった。問題を解いてわからない点を質問するだけ。授業の準備や授業は教師役の生徒がして、進行と経理は蓮村たちがやる。


 ここまで、生徒におぶさる形のクラス運営も珍しい。だが、教室一杯に生徒を集めて天笠が授業をやる運営は無理だと感じた。

「高校では授業を漫然と受ける側だったけど、教師って結構、大変なんだな」


 数回の授業を受けてわかった。黄昏園に来ている生徒の学力は一部を除いて全く低くはなかった。

 授業が進むに連れて、教師役の質は上がっていった。見学に来る生徒も出てきた。


 日数が経過すると、同じように勉強のできない生徒同士で教えるクラスが自然と作られた。午前、午後の四時間だけだが、学校らしく授業が行われるようになった。


 二クラスが稼動するようになって一週間が経つと、天笠は本館に呼ばれた。場所は黒い部屋だった。ただ、前回のように三人の姿は現れなかった。

 現れた人間は黒い部屋でいつも右に現れる男だけだった。相変わらず男の顔は見えず、名乗りもしなかった。


 男は自信たっぷりな態度で、上から目線で会話を切り出した。

「こんにちは、天笠くん。今日は二人だけで話がしたくて。他の二人には席を外してもらった。超能力者と社会について簡単な話がしたい。私は超能力者による力の独占と超能力者が受ける差別を、どちらも否定する者だ」


 理念は立派かもしれないが、顔を見せずに名乗りもしない人間に共感はなかった。単に御高説を話したいだけではないだろう。

 警戒感を隠して質問した。

「どちらも既に存在するものですが、どう否定するんですか」


 男は足を組みながら手振りを加えて、すこし大げさに語った。

「超能力を一般の人間が使えるただの能力にしたい。全ての人間に力が行き渡れば独占も差別もない。もっとも、銃のような危険な能力については管理の必要性はある」


 考え方に問題はないが、どうも本気で口にしているようには見えなかった。

「理解はできますが、実現するとは思えませんね」


「理解されがたい理想だとは自覚はしている。だからといって何もしない、では、単なる夢想家の戯言(たわごと)だ。理想の実現には研究が必要不可欠。研究には資金も人材も必要だ。だが、幸い両方とも我々の手の内にある」


 男は顔を曇らせて残念だといった口調で付け加えた。

「ただ、超能力者という人間はあまり協力的ではない」

「協力的ではない原因は研究の進め方に問題があるのではないですか」


 男は心外だと言わんばかりの口調で否定した。

「我々はきちんと倫理委員会と研究指針を決めて研究している。超能力者に報酬も支払う。我々の側に何か問題があるとは思えない。問題があるのは超能力者の姿勢だ」


 段々と話が怪しくなってきた。自分に落ち度はなく問題は常に他人にあるとする人間には、これまで会って来たが、大抵が(ろく)な人間ではなかった。


 天笠の警戒感をよそに、男はとても流暢(りゅうちょう)な口調で要請してきた。

「天笠くんは黄昏園に来て僅かな間で超能力者を統率しつつある。また、天笠くん自身も強力な超能力者だ。是非とも人類の明るい未来のために我々に協力してほしい」


 話している内容はわかるが、どうも言い方が引っかかった。

「要請はわかりました。ですが、中身がよくわからない研究に他人を巻き込みたくはありません。まずは俺が協力して見極めさせてください。俺から他の人間に協力を要請するのは俺が全てを知ってからです」


「全面的な協力はしないが、拒絶もしないか。わかった、現時点では天笠くんの答で満足しよう。ただ、くれぐれも身の処し方は間違わないことだ」


「最後に一つ教えてください。貴方は誰ですか」

「黄昏園の理事の一人だよ。組織ではミスター・ジョンソンと呼ばれている」


 偽名の臭いがした。ジョンソンが名乗ると部屋が一瞬、ふっと暗くなった。再び明かりが点いた時には、ジョンソンは消えていた。


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