第六章 始まらない授業と最強の超能力者(三)
昼食を摂るとやることがないので、問題集を眺め見る。だが、やはりわからなかった。
数学なんて社会に出て使わなかったから、四年で忘れてしまった。今から受験の勉強をするかと思うと気が重い。でも、仕事ならやるしかない。
午後の授業が終わる時間帯になると、竜宝が現れた。竜宝は非常に言いづらそうに切り出した。
「天笠先生。四人で話し合ったけど、天笠先生には授業は教えられない、との結論になったよ。それで、先生を雇おうって決めたんだ」
一日でクラスから追い出された。とはいえ、成績を残せなかったので反論はなかった。残念な結果になった。
落ち込んでいると竜宝が励まそうとして身振り手振りを加えて付け加えた。
「別に天笠先生を追い出そうというわけではないんだよ。天笠先生は生徒役として授業に参加してくれていいんだよ。つまり、僕たちで生徒の中から教師役を雇うから、天笠先生は生徒役として、授業に参加して欲しいんだ」
「なんか、わけのわからない授業だな。それで、授業として成り立つのか?」
「わからないけど、どうにかなるよ。私も応援するから。あと、先生役の生徒はこちらで探すから、先生役が決まるまで授業の再開は待ってね。大丈夫、きっと天笠先生にもわかるような授業ができる子を探してくるから」
「よろしく。頼む」と答えるのが精一杯だった。
気分が落ち込み、体も怠かった。学校が終わるまで不調だったので「風邪かもしれない」と感じながら、家路に就いた。
これから決闘があると考えると苦痛だったが、約束を破るわけにはいかない。
仙人に市販の風邪薬が効くとは思えなかったので、獅子王金丹風ソースを口にした。すると元気が出てきた。どうやら本当に風邪だったらしい。
「受験勉強はダメでも仙人は関係ない」と気分を切り替え、決闘に備えた。
超能力バトルになるので、ソースを作成しておく。
念動力を使える《激動のソース》。不可視の物を見つける《第六感ソース》。怪我した時のために《獅子王金丹風ソース》。ないとは思うが、異空間に呑み込まれた時のために作った《時空を超えるソース》。
ソースが完成すると、汚れてもいい格好に着替えて、上からソースの入った小瓶と調味料を入れたカメラマン・ベストを着て、公園に移動した。
約束の時間の五分前に現場に着いたが、犬養の姿は見当たらなかった。
《激動のソース》を口にしてから、《第六感ソース》を口にした。《第六ソース》を口にするとベンチに座って新聞を読んでいる犬養に気が付いた。
犬養が読んでいた新聞を持ち上げた。新聞が発火して、灰になった。危険な予感がしたので、痛覚を消しておいた。
冷静な顔をして、犬養が静かに感想を述べた。
「隠された私の気配に気が付き、アスクレーピオス毒を受けても、こうして約束の時間に現れた。日本最強の名は、単なるハッタリではないようですね」
頬に指を当てられた時に毒を仕込まれていた。不老不死の仙人にも風邪に似た症状を起こさせるのだから、かなり強力な毒だと見ていい。犬飼は天笠を殺す気だと知った。
「日本最強は間違いですが、降り掛かる火の粉は断固として払わねばなりません。行きますよ」
仙人の歩き方で間合いを詰めて、殴りに行った。犬飼はタイミングを合わせて、軽々と天笠を投げた。
地面に到達する前に念動力で衝撃を消して、地面を滑るように移動して距離を取った。
距離を取って立ち上がると犬飼の姿が消えていた。犬飼の姿を探すと背後から軽く肩を叩かれた。
振り向くと犬飼が軽く拳を天笠の心臓に添えた。痛みはなかったが、全身から急激に力が失われた。
味覚に集中すると凄まじくえぐ味のある苦い味がした。味を感じてすぐに目の前が真っ暗になった。
気が付けば半透明の幽霊状態だった。倒れた天笠を犬飼が不機嫌に見つめていた。天笠の体を軽く蹴飛ばして、不快だと言わんばかりの口調で感想を述べた。
「呆気なかった。本当にこいつが日本最強なのか? アポカリプスBは何を警戒していたんだ」
アポカリプスBが何を意味するか不明だが、付き合ってやるほどではない。
犬飼が背を向けたところで、体に戻って上体を起こす。当てつけるように発言した。
「びっくりした、危うく死ぬかと思いましたよ。でも、おめでとうございます。これで最強の座は犬飼さんのものだ」
犬飼が眉を顰めて意外そうな口調で話した。
「おかしいな。心臓は確かに停まったはず」
天笠が立ち上がると犬飼が動いた。念動力で止めようとしたが、犬飼は天笠の念動力が働く空間を見極めて回避した。
犬飼が両手で天笠の胸に手を当てた。体が熱くなった。味覚に意識を集中させると、鼻を抓みたくなるような辛さを感じた。
次の瞬間、強烈な熱さを体の内側から感じた。
気が付くとまたも半透明状態だった。体を見ると、眼球が溶けて口から火を噴いていた。体を内側から焼かれた。
犬飼が天笠の死体を何度か踏みつけて、死亡を確認していた。確認が終わって背を向けたところで、天笠は再び体に戻った。
「びっくりしたー」と、余裕の篭った口調で告げて上体を起こした。
犬飼の顔が無言のまま険しくなった。
天笠が立ち上がったが、犬飼は攻撃をしてこなかった。天笠はポケットから、唐辛子の粉末と、粗塩を取り出して、舐めた。体内から相手を焼く超能力の味には格段に劣るが、今は我慢する。
次に、芥子、陳皮、抹茶で心停止をした超能力の味を再現しようとした。が、こちらも格段に劣る味がした。
「なにをしている」と犬飼が険のある口調で聞いてきたので「超能力の種を仕込んでいます」と涼しい語調で返した。
小瓶を戻すと犬飼が動いた。正面に来たので、辛さを意識して息を吐くと口から激しい炎が出た。
犬飼は易々と炎を回避すると、天笠の背後に回って、首を絞めてきた。犬飼の腕に触れて、心臓を止めた苦味を意識した。
意識するのが遅かったのか視界がブラックアウトした。どこか遠くで、骨が折れる音がした。
三度、半透明な幽霊状態になった。見下ろせば首が有り得ない方向に曲がった天笠の体があった。
犬飼を見ると、天笠の触れた腕がだらりと下がっていた。犬飼の腕は小刻みに震えていたので、腕が死んだわけではないようだった。
犬飼は使えるほうの片腕で天笠の体を探り、胡椒の入った小瓶の一つを取り出して、少量を口にして、吐き出した。次に塩の瓶を取り出して舐めた。
犬飼は小瓶に秘密があると考えて調べていた。瓶を二つ、三つと調べて本物の単なる調味料だと知ったようだった。
犬飼が腕を庇うように歩き出したところで、体に戻って「腕を治しましょうか?」と声を掛けた。
犬飼が天笠に向き直り、忌々しいとばかりに言葉を掛けた。
「お前は不死身か」
図星だったが、正直に「そうです」と教えても犬飼のような人間が信じるとは考えられなかった。
そこで「どう、とってもらっても結構ですよ」と答えた。
《獅子王金丹風ソース》が入った小瓶を取り出して「これで治りますよ」と告げた。
犬飼は数秒だけ思案してから、ソースを受け取って指で掬って少量だけ舐めた。顔を歪めて「酷い味だな」と口にした。
それでも、小刻みに震えるだけの腕は動くようになった。
犬飼が《獅子王金丹風ソース》の入った小瓶をしげしげと見つめていたので、教えた。
「欲しければ上げます。でも、消費期限が今日中には切れるので、明日には役に立たないですよ。それで、まだ、決闘を続けますか?」
《獅子王金丹風ソース》が入った小瓶を犬飼が返却して、神妙な顔で告げた、
「俺にはあんたを殺せそうにない。俺の負けだ」
「では、そういうことで」
犬飼に背を向けて歩き出した。
「俺を見逃すのか?」
振り返らずに軽く手を挙げて、現場を立ち去った。
三回も殺されたが、ソースのレシピが二つほど増えた。割の良い修行だった。




