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第一章 こんなことになろうとは(二)

 死装束姿となった天笠は、死者の長い列に並んでいた。

 並びながら後悔した。八百四十万円のために二十歳で死ぬとは、愚かな行いをした。ゲームなら王様か神父に怒られて、現世に戻されるところだ。


 でも現在は、裁きを待つ一人の亡者として、長い列に並んでいる。列は相当に長く、裁きもそう簡単に始まりそうもない。

「馬鹿者が、横入りするな」


 列の前で大きな銅鑼(どら)のような声が上がった。列をハミ出さないようにしながらも、そっと列から顔を出して窺った。

 身長が四メートルはある、牛の頭をした青い体の獄卒(ごくそつ)がいた。地獄の獄卒の牛頭(ごず)だ。牛頭が大きな金棒を振り下ろす姿が見えた。


 金棒が地面を打つ鈍い音を立てた赤い血が飛び散る光景が目に入った。思わず顔を(そむ)けたくなった。牛頭の大きな声が響きわった。

「よく聞け、亡者共。冥府に法あれど、それは、我らの御法なり。逆らい乱せば、疾風迅雷(しっぷうじんらい)、駆けつけて、その場で鉄槌を下したもう。さあさ、異議あらば、申し出よ。我ら獄卒、集まりて、得物を取って四海の果てまで引き回し、千年万年の責め苦を与えんぞ」


 牛頭は最後に、歌舞伎役者のようにポーズを決めた。獄卒の言葉とポーズに場が静まり返った。千年万年は本当かどうかわからないが、逆らえばタダではない未来は明白だった。

 後ろから何かが歩いてくる音がした。静かに振り返ると馬の頭を持つ赤い体の獄卒が歩いていきていた。


 赤い獄卒は馬頭(めず)だ。馬頭と目を合わせると、まずい。目を()らして、前を向いた。

 馬頭が足音立てて通り過ぎた――と思ったら、後ずさるように馬頭が戻ってきて、天笠の横に来た。


 馬頭は天笠を睨むように見た。馬頭に目を付けられるような悪事は、した覚えがなかった。馬頭は不思議な物でも見るように、天笠をずっと見ていた。

 気分の良いものではない。とはいえ、口を開こうものなら金棒が打ち下ろされるかもしれないので、馬頭が見えない振りをした。


 馬頭が前に、小走りに走っていった。目先で馬頭を追うと、牛頭となにやら相談していた。トラブルの予感がした。

 馬頭と牛頭がやって来た。牛頭は列から離れた場所で手招きしていた。無視しようかと思った。

 でも、怒らせるとタダではすまない。そこで、「ちょっと失礼」と列から外れて牛頭の傍まで移動した。


 牛頭の前まで行くと、牛頭がしゃがんで目線を合わせてきた。牛頭がさっきと打って変わった丁寧な口調で、質問してきた。

「あんた様は、なにしにここに来たんですか」

「なにしにって、死後の裁きを受けるために、列に並んでいたんですけど」


 牛頭と馬頭は顔を見合わせて、首を傾げた。三人の間に不可解な空気が流れた。

 天笠から先に、口を開いた。

「そういうわけで、裁きを受けるために列に戻ってよいでしょうか」


「ちょっと待ってください」と馬頭が口にすると、牛頭と小声で密談をしていた。

 馬頭と牛頭の態度は、見覚えがあった。バイトしていた頃の話だ。

 クリスマスに予約で一杯のレストランに、オーナーの息子が予約せずに、恋人を連れてきてやって来て、食事したいとゴネ出した。


「こんな忙しい時に、予約もなしにやって来るなよ」が本音だが、オーナーの息子なので顔を潰すわけにもいかない。


 さて、この端迷惑(はためいわく)な特別客を、どうしようかとなった。雇われ店長と先輩が、どうにか席をやりくりできないかと大いに困っていた。そんな、雇われ店長と先輩が、牛頭と馬頭に重なって見えた。


 牛頭と馬頭が二分ほど話し合ってから、結論が出たのか、牛頭が口を開いた。

「とりあえず、こっちに来てください」


 牛頭と馬頭に先導されて、列を飛ばして、どんどん前に歩いて行った。ゆっくり歩いているつもりだったが、景色が凄い速度で後退した。まるで、走行中の新幹線の中を前に歩いているような奇妙な現象だった。


 一時間ほど歩いた。大きな門が見えてきた。門には火を吐く龍を退治する男の、中華風の絵が画かれていた。

 大きな門を(くぐ)ると、全体が鏡張りの、二十階建てのビルが(そび)えていた。

 二十階建てだが、身長は人間サイズの三倍に設定されているので、実際には六十階建てくらいに感じる。


 中に入って、広い通路を、牛頭と馬頭に()いて歩いて行った。入口から近い場所に、大きな両開き扉があった。

 牛頭と馬頭が扉を開けて潜った。中は体育館のように広い空間だった。


 広い空間には、冥府の裁判官を思わせる赤い(きら)びやかな衣装を着た身長五mの髭面(ひげづら)の大男がいた。大男の座る席の前にある机には『秦広王(しんこうおう)』と大きな字があった。


 秦広王の他にも、僧侶頭巾を被った、位の高そうな牛頭と馬頭が書記官として秦広王の隣に文机(ふづくえ)を並べ、ノート・パソコンで何かを記載していた。

 秦広王が巨大な台帳を開いた。台帳がひとりでに開き、ページが自動で(めく)られていく。


 開いたページを、秦広王が目を細めて見た。秦広王の頬が歪んだ。

 秦広王が不機嫌な口調で、語気も荒く語り出した。


「ちょっと、天笠さん。なんで、必要もないのに裁判を受けようとするんですか。時間と労力は無限にあると思っては困りますよ。無駄を省かないと、これから先の大量にやってくる亡者に対処できないんですよ。地獄で獄卒が無間(むげん)残業地獄とは、洒落(しゃれ)になりませんよ」


 生前の悪行を取り上げてチクチクと言われるのなら、わかる。だが、勝手に連れてこられて小言を言われる行為は、納得できなかった。

 とはいえ、相手は地獄の裁判官。食って懸かる態度は、損でしかない。控えめな態度を心掛けて、質問した

「すいません。俺、裁判が必要ないなら、なんで列に並んでいたんですかね」


 秦広王が「エッ」と小さく漏らして、苦い顔をして、少しキレ気味に発言した。

「なんで、列に並んでいたって、おかしな言葉を(おっしゃ)る。なんで、列に天笠さんがいたか。それは、天笠さんが列に並んでいたからでしょう。こっちは、頼んだ覚えはないですよ」


 言われりゃ、正論だ。確かに、列に並んだ行為は天笠自身の意思と指摘されれば、その通り。

「死後の世界に来たら列に並ばなきゃと思う心理は、普通ですよね。並ばないと先に進めないでしょう」


 秦広王が首を傾げた。秦広王が天笠を連れてきた馬頭と牛頭を呼んで、何事か談義をした。

 何を話しているかは、聞こえなかった。だが、秦広王が人差し指を使って頭の上でクルクル回す動作をしていたので、良い話ではないようだ。


 二分ほどすると、牛頭が控えめな態度で天笠に質問してきた。

「そもそも、仙人様は、なんで裁判を受けようと思ったのですか」

「人違いでしょう。俺は、仙人ではないですよ。そんなお爺ちゃんでもないですし。どこからどう見ても、死せる二十代ですよ」


 強面(こわもて)刑事が取り調べで怒るように秦広王が怒鳴った。

「嘘を()くんじゃないよ、嘘を。ちゃんと閻魔帳(えんまちょう)には『種族・仙人』と記載されているんだよ。仙人は、人間ではないんだよ。妖怪大家がする分類でも、仙人は妖怪になるんだよ。閻魔帳に間違いはない。証拠は挙がっているんだよ」


「そうは言われても、実に覚えがないですよ。もし、俺が仙人だとしますよ。だったら、いつ仙人になったんですか。閻魔帳には書いてあるんでしょう」


「いい加減にしないさいよ。自分で仙人になっておいて、知らないって、どういう理屈ですか。屁理屈(へりくつ)にすら、なっていませんよ。天笠さん、こっちは忙しいんですよ。相手が仙人でも、怒りますよ」


 牛頭が何かに気が付いた表情をして、秦広王の名を呼んで耳打ちした。

 耳打ちされた秦広王が露骨(ろこつ)に疑った顔で訊いてきた。


「本当に、仙人になった経緯を覚えていないんですか?」

「はい」と頷くと、秦広王が牛頭に命令にした。


「これ以上は時間の無駄だね。さっさと、屍解仙(しかいせん)用の受付に回して片付けちゃって」

 よく状況がわからないので、詳しく訊こうとした。


 秦広王は天笠とは眼も合わさずに、冷淡な役所の人間のように突き放した。

「天笠さんは屍解して仙人になっています。仙人は人間と管轄が違うので、ここで裁判を受けられません。別棟に仙人徒弟(とてい)組合共済連合会、通称、仙徒済(せんとさい)があるので、どうしてもというなら、そちらで手続きしてください。わからない疑問点も、仙徒済で訊ねてください」


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