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第四章 まずは生徒を集めるところから(五)

 翌日、袋を持って再び竜宝の家に向かった。前回と同じように呼び鈴を鳴らして、竜宝が出て来るのを待った。

 竜宝が扉を開けて出てきた。竜宝は天笠を見ると、首を傾げた。

「昨日、これと同じ光景を見た気がするよ。あれは正夢だったのかな」


「夢でも、夢でなくても、同じだ。必要とあれば、何度でも来る。それが天笠です。今日も話はいいかな。少しでいいんだけど」


 警戒した態度も採らず、竜宝は天笠を家に入れてくれた。

 牛乳を沸かしながら、「ミルクティで、いいですか?」と竜宝が訊いてきたので、「ありがとう」と礼を述べた。


 昨日と違う点がないか観察した。だが、とりたてて物が減ってはいなかった。天笠が呑み込まれた近くの場所にも物が自然とあった。


《時知らず》は対象の近くに物があっても、対象物だけを選別して呑み込める。

 確認のために質問した。

「たくさん物があるけど、なくなったりしないのか」


 竜宝が沈んだ顔で、淡々と言葉を述べた。

「失われる未来はいつものこと。大切な物はいつもなくなる。気が付けば全ては消えている。この世に確かなものは存在しないんですよ。私もいつか死んで消える。早いか遅いかの違い」


 竜宝は嘘を吐いていると感じた。

 大切な物が消えても、諦めきれるものではない。失った悲しみから逃れようと、割り切った振りをして、竜宝自身を守っている。

「耳を塞ぎ、目を閉じても、失われた結果は変わらない。でも、人間は歩いていかなきゃならないんだ。歩いていかないと、同じくらい大切な物は見つからないぞ」


 ミルクティを作る竜宝の手が止まった。本来ならば危険な兆候だ。でも、今回はこれでいい。《時知らず》が現れて呑み込まれないと、始まらない。

「それに、歩いていれば、失われた物だって見つかるかもしれないだろう」


 竜宝の、視線が険しくなった。

「嘘だ。なくなったものは絶対に見つからない。大切な物の代わりだなんて、この世の中にあるわけがない。全ては、壊れ行く幻なの。天笠だって、聞こえの良い言葉を言うけど簡単に壊れる」


 竜宝の足元の空間が揺らいだ状況を確認した。《時知らず》が、近づいて来た。袋を確認して待つと、《時知らず》が跳ねた。

《時知らず》に、頭から呑まれた。透明な空間に天笠が浮かんでいた。意識をゆっくり、体を素早く動くように心掛けて、頭と体の時間のずれを合わせた。


 何もない空間を泳いで移動した。人影を発見した。近づくと、竜宝の父親だった。

 携帯で父親と一緒に写った写真を撮った。写真を撮ってから、袋を広げて、足からそっと、竜宝の父親を入れた。


 父親を回収したので、一度、外に出ようと出口を探すと、女性を発見した。 

 竜宝の父親と女性どちらを優先するか、迷った。袋を確認すると、まだ余裕がありそうなので、試しに女性を袋に入れると、入った。


 袋は見かけ以上に沢山の量が入る。さすがは、仙人界製の袋だ。一度に全員を救助しようと、残りの三人を探して袋に入れて回収した。


 見かけは、大人一人しか入れない袋だが、実質的に五人が入っても、まだ入りそうだった。ならばと、出口を探しがてら、漂う物を袋に回収しながら、出口を探した。


 一時間ほど彷徨(さまよ)って、出口を発見した。

 出口を出ると、実家の仏壇の前ではなくて、黄昏園の天笠の部屋に出た。空間から引っ張り出た袋は、かなり重量があったが、力が強くなっていたので、どうにか運び出せた。


 袋を開けて七人の状態を確認すると、全員が生きていた。

 今後の辻褄合わせをするために、大波に電話をした。

「大波さん、生徒の竜宝を知っていますか。神隠しの竜宝です」

「知っているわよ。黄昏園から、要注意人物としてマークされているからね」


「竜宝によって神隠しにされた人間を救出してきたので、後のケアをお願いできますか。救出した人間は黄昏園内の俺の家にいます。玄関の鍵を開けておくので、あとの措置はお願いします」

「何が起きたの、救出ってどこからか」


 言いたい内容だけを伝えて電話を切った。袋を持って、玄関の鍵を開けて外に出て、竜宝の家に向かった。

 呼び鈴を鳴らすと、竜宝が出てきた。竜宝はどこか寝ぼけたような顔で感想を口にした。


「今日は、お客さんがよく来る気がする。厄日(やくび)だろうか」

「来客が多い日っていうのもある。ただ、お客イコール厄介な人間とは限らないだろう。今日は、プレゼントがあるんだ」


「要らない。どうせ、つまらない物だもの」

「まず、見てくれ。要らないなら、言ってくれれば持って帰るよ」


 せっかくだから、中へと家に入れてくれた。

 ソファーに座ると、飲み終えティーカップが、置いていてあった。おそらく、天笠のために淹れてくれたミルクティが入っていたものだった。

「お客があったの」と尋ねると「自分用ですよ」と竜宝から返ってきた。


 竜宝は飲み物を用意するときは、常に一人分だけ用意していた。最初から天笠を消す意図があったわけではないだろう。しかし、結果として消えるので、無駄にしないために一人分だけ用意すれば足りると計算していた。


「これを見てくれ」と、竜宝の父親と一緒に写っている画像を竜宝に見せた。携帯を受け取ると、いつもは眠そうな竜宝の瞳が大きくなった。


「これを、どこで」と尋ねられたので、作り話を披露する。

「ちょっと用事があって、山に柴刈りに行ったんだ。すると、同じような境遇の男の人と会ってね。あれ、どこかで見た顔だな、と思ったら、竜宝と名乗る。だから、ひょっとして竜宝杏さんのお父さんですかと聞くと、そうですって言うから、驚いたよ」


 今までと違い、真剣な眼差しで、はっきりとした口調で質問してきた。

「画像では、お父さんは目を瞑っていますが、なぜですか」


 竜宝の問いには答えず、袋に手を掛けた。

「そうそう、竜宝にはプレゼントがあるんだ。よくわからないが、竜宝が前に、探しているといっていた物に似ていたから、手に入れたんだけど、要るかな」


 袋の中から《時知らず》の体内で入手した品物を取り出して、テーブルの上に並べた。

「いったい、どうして」と竜宝は目を大きく開いて声を出した。

「川に洗濯に行ったら、川上からドンブラコ、ドンブラコと流れて来たんだよ。きっと誰かが捨てた物だろうから、貰ってきた」


 竜宝が真剣な顔で問い質してきた。

「先生、真実を言ってください」


「本当は、知っているはずだよ。ただ、真実が常に優しいとは限らない。時には残酷な場合もある。俺には竜宝は疲れているように見える。疲れているままでは、きっと真実を受け止められない。だから、今は俺の話で納得して欲しい。時が来れば、いずれ、受け止めなければいけない時が来るから」


「嘘ですよね」と竜宝は口にしたが、《時知らず》は現れなかった。竜宝の心の中でなにか変化が起きた。


「何が嘘で、何が本当かを、俺の口から教えることもできる、でも、受け入れられなければ、真実も嘘も変わりがない。ただ、俺には少しだが、竜宝の力になれる。竜宝が少し心を開いてくれれば、俺もできる限り相談に乗るよ」


 竜宝が躊躇(ためら)いがちに発言した。

「学校に行けばいいんですか」


「最初は、無理をしなくていい。来週からでもいい。だけど、学校に来てくれると、俺は嬉しい」

「わかりました。考えておきます」


 竜宝の家を後にして、天笠の住む集合住宅に帰った。共通玄関に救急車や車両が何台も停まっていた。

 大波が来て、対応してくれている最中だった。中に入ると、色々と厄介そうなので、近くの喫茶店に移動した。


 セルフサービスの喫茶店にはお客がいなかったので、ゆっくりと時間が過ごせた。雑誌や新聞を読みながらカプチーノ二杯で九十分ほど時間を潰してから、家に戻った。


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