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第三章 つまらない死に方(五)

 翌日、登校しようとすると、携帯にメールが届いた。差出人は黄昏園事務局となっていた。

 昨日の喧嘩の処分が来た。亜門から仕掛けてきたが、おそらく喧嘩両成敗(りょうせいばい)沙汰(さた)が下るのだろう。


 管理棟に出掛けた。管理棟のゲートにいるロボットに身分証を提示すると、ロボットがタブレットPCを渡して来た。

 タブレットには案内図が表示されていた。案内図に従って進んだ。


 途中で壁になっていた場所が開き、エレベーターが現れた。エレベーターが下降して行く。地下三階で停まった。

 降りて通路を進むと、壁が開いて、通路が出現した。タブレットの指示に従って通路を進むと、部屋の前に着いた。


 扉を開けると、二十人くらいで会議ができる広さの部屋があった。部屋は全面が真っ黒で、中央には椅子が一つあった。タブレットに「椅子に掛けてお待ちください」の文字が表示された。


 大波からお叱りの一つもあって終わりだと思った。ところが、どうも、そんな簡単な感じではなかった。椅子に座って、数分ほど待った。

 壁に埋め込まれたスピーカーから「開廷します」の音声が流れた。一度、部屋の電気が落ちて、真っ暗になる。次に、弱めの電気が点いた。


 壁際に一つずつ、豪華な革張(かわば)りの椅子が現れて、三人の人間が座っていた。光の加減で、顔は見えなかった。正面の椅子から、年配の男の声がした。

「天笠くんだったね。昨日の私闘は、見させてもらったよ。施設内での戦闘行為は禁じているが、昨日のケースでは正当防衛として認める結論にした。黄昏園は昨日の私闘で、天笠くんを咎めはしない」


 正当防衛を認めるとは、少々意外だった。亜門の両肩を外す行為は正当防衛の範疇(はんちゅう)を超えている。なにか、おかしいと疑った。

 でも、有利な結論だったので「ご理解、感謝します」と短く答えた。


「今日は、私闘についての結論を伝えるだけではなく、別件で天笠くんに伝えたい用事があって召還(しょうかん)した。黄昏園では教師が絶対に的に不足している。君には教師と赴任してもらいたい」


 生徒から教師への抜擢(ばってき)なんて、普通では有り得ない。

「俺は教員免許を持っていませんよ。それに、学生時代の成績も、あまり良くなかったです。俺に教師は、無理だと思いますが」


 右から別の年配男性の声がした。

「いかに能力が低くても、いないよりはマシだ。現状を変えて、規律を戻す状況こそが黄昏園にとっては重要なのだ」


 左から女性の声がした。

「成績および適性については考慮しました。必要なら、サポートも付けましょう。是非とも黄昏園からの申し出を受諾(じゅだく)して欲しいものです」


 あまり気の進まない話だった。了承を伝えないと、正面から再び男性の声がした。

「教師への推薦は、大波氏の意向でもある。また、受諾後は、退職を認めないものでもない。望むなら、生徒への再移動も認めよう」


 生徒から教師へ移動して、また生徒に戻るなんて、無茶もいいところだ。

 だが、大波が何の考えもなしに推薦して来るわけがない。一度、引き受けてみてもいいかもしれない。


「わかりました。教師就任の件は、受諾します。ただし、黄昏園の意向に添えるかどうかは、保障できませんよ」


 正面の男性から声がした。

「受諾の件は感謝する。詳しい仕事については改めて通知する。では、これにて閉廷する」

 言い終わると同時に、部屋の電気が()くと、三人の姿は椅子ごと消えていた。


「入学五日目にして、教師に昇格か。黄昏園って、なにか色々とおかしな組織だな」

 謎の部屋を出て、一階に戻る。ゲートから出ようすると、ロボットに止められた。

「ご用件をお忘れではないでしょうか」


 タブレットPCを確認すると、新たな案内図が提示されていた。引き返して、案内図に従って進んだ。

 一階にある大きな部屋に着いた。位置的には、入園に当たっての説明を受けた部屋の反対側になる。


 扉にタブレットPCを翳して開けた。

 中は大きな事務室で、五十人ほどが働いていた。職員はサングラスをしていなければ、マスクも着用していなかった。


 事務室にはカウンターがあって、近づくと近くの女性事務員が「どのようなご意見でしょうか」と寄ってきた。

 タブレットPCを見せて、天笠の名前を告げると、部屋の隅にあったオープン・スペースに作られた、応接セットのある場所に通された。


 若い男性職員が、対応に出てきた。若い男性職員は軽く会釈をして、「学生課の、折原です。よろしくお願いします」と名乗って挨拶をしてきた。

 折原の声には聞き覚えがあった。初めて黄昏園に来た時に身分証を渡しに来た職員だ。折原の顔も態度も、以前とは全く違うものだった。


「黄昏園の概要についてお話は必要ですか」と訊いてきたので「簡単にお願いします」と答えた。

 折原は流暢な口調で説明してくれた。折原の話は既に知っていた内容ばかりだったが、話を聞いていると、以前に会った人間とは別人ではないかと思いたくなるほど、明るかった。


 説明を聞き終わると、「何か質問はありますか」と聞かれたので、「黄昏園では何人ほどの職員が働いていますか」と訊ねた。


「黄昏園では約三千五百人の職員が働いております。地上を見てきた天笠さんは、どこにそんなに人がいるのかとお思いでしょう。ですが、職員の職場は主に、本館とA棟を除けば、ほとんどが地下にある施設で働いているんです。地下でも(おおむ)ね不便はないですよ。地下にも地上と同じ施設がありますから」


「地上にある商店は、それほど混雑していませんでしたよ。地下に同じ施設を作らずに、地上に行き易いようにすればよかったのでは。地上の施設が、もったいないですよ」


 折原が少し残念そうな顔をして答えた。

「同感です。でも、黄昏園では、超能力者と職員の接触を避けるように設計されているんですよ。説明では、研究対象との接触が研究に影響するから、となっています。個人的には、なにもそこまで、と思います。でも、なにぶん上の方針なので、止むを得ないですよ」


「研究対象との接触」の条項は方便(ほうべん)の気がした。黄昏園はやはり超能力者を隔離(かくり)しておく施設に近い。


 職員の中には疑問を感じている人間も多い。されど、組織に所属する人間としては従わざるを得ないのだろう。天笠への態度が変わった原因も、研究対象から職員に身分が変わったからだ。 

 あまりいい気分ではない。とはいえ、黄昏園のルールを変えたいほどの改革意識は、天笠にはなかった。



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