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回天のメタル

 

 そしてうたげは始まった。


 スティールを筆頭とした亜人メタルメンたちと、彼らの世話をしたり彼らと共存することを求める人々は、歓喜の声を上げながら、次々と杯を干してゆく。


 それはそうだろう。ついに、彼らの夢がかなったのだから。


 彼らの夢、それは人類と同等の権利を得るということだ。


 今日の昼、ついにその法案が世界最高議会を通ったのである。もちろん実際にはまったく同等ということではなく、人類に準じる権利を得たに過ぎないのだが、今まで「モノ」として扱われてきた亜人メタルメンにとって、これは大いなる進歩なのだ。


 ロボットの姿勢制御に生物の脳を使うメタルメン。


 そのなかで、脳の制御不良や配線の間違いなどから生まれた、生物的脳を持つメタルメンを亜人メタルメンと呼ぶ。姿勢制御のための複雑な計算からコンピュータを開放するために設置されたはずの、補助である脳の方が意思を持った、人間でも、メタルメンでもない「モノ」。


 それが今までの彼らだったのだ。


 彼らは法的に人間より下ではあるが、しかし、この法律の議会通過によって他の動物のように「モノ」として扱われることはなくなった。人間に影響を及ぼさない範囲で、彼らにも人権が認められたのである。これによって亜人メタルメンは社会に出て働くこともできるし、自分のものを「所有」することもできるようになった。


 多くの報道陣が見守る中、彼らは喜びの宴に興じていた。




 その中の一人、ワールドデイリーの記者グレアムは、この件の最大の功労者である、メタルメンにしてマーキュリー自治区の区長でもあるスティールが、騒ぎの中からそっと姿を消すのを見て、不審に思 い、あわててスティールの後を追う。


 彼はスティールが駐車場で車に乗り込むところに、後ろから声をかけた。



「区長。どこへ行かれるのです?」



 振り向いたスティールは、メタル製の無表情な顔を少し傾けて、穏やかに言った。



「ああ、確かワールドデイリーの記者さんでしたね? いや、自治区に帰るところですよ。私は、ああいった騒ぎの場が苦手でして」



 それだけ言うとスティールは頭を下げ、車に乗って走り出した。その後姿を眺めていたグレアムは、つかつかと自分の車に歩いてゆく。



「ふん、どうも何かにおうな」



 そう独り言を言うと、車を発進させてスティールの後を追った。


 スティールの車は、大通りへ出ると、自治区とは反対の方向に曲がる。



「やはりな。何かあるに違いない」



 獲物を追う猟犬のような嗅覚で事件の匂いをかぎつけたグレアムは、迷うことなくその後を追った。この嗅覚が、彼を世界最大の新聞、ワールドデイリーの一流記者にのし上げたのだ。


 スティールを乗せた車は、やがて一軒の大きな家の前に停まった。その家を見てグレアムは、自分の勘が当たったことを知る。なぜならそこは、人間でありながら全身をメタルボディに変えてしまったコトで有名な自然科学者、タカヤマ博士の自宅だったからである。



 タカヤマ博士は当代一の自然科学者だが、その功績以上に変人として有名な人物であった。


 彼は十分な功績を持っているにもかかわらず、オカルティストとしても有名で、UFO、心霊現象などについても怪しげな論文を山ほど書いているのだ。そしてまた彼は人間嫌いでも有名だった。彼の論では宇宙人が来ようが、壊滅的な気象異常だろうが、必ず『人類が滅びる』という結論になるのである。


 高名な自然科学者が言うことだけに、初めのころこそみな驚いて注目した。


 が、今では彼の変人ぶりとあいまって、誰もその言うことを信じるものはいない。彼はそのすばらしい功績を、自らのオカルティズムによって台無しにしてしまったのである。


 奇行と危言によって、博士は世界科学アカデミーをも除名処分となっていた。そのせいか、一時期はときどきTVのオカルト番組やバラエティに出たこともあったのだが、自分の言うことがイロモノとして扱われることに我慢ならなくなったのか、最近はめっきり姿を見なくなっていた。


 そのタカヤマ博士の家に、メタルメンの最高指導者であるスティールが入っていったのだ。


 これはグレアムでなくても、何ごとかとかんぐりたくなる。



「人間嫌いでメタル製のボディを持つ、しかし人間のタカヤマ博士と、メタルメンに人間に近い権利を持たせたスティール。彼らが「メタルメン人権法」の成立直後に、人目を避けて密会してるんだ。これで裏がなかったら、俺は記者を辞めるよ」



 皮肉な笑みを浮かべながら、グレアムは車のシートを少し倒して、張り込みの体制をとった。スティールが出てくるまで、何時間でも待つつもりなのだ。



「今回の法律制定に、タカヤマ博士の息がかかっている可能性もあるか? いや、博士にはもう、そんな力はないな。だとすると……」



 人間に近い権利を持つことになった「亜人」スティールは、タカヤマ博士といったい何をたくらんでいるのか? なんにせよ、これはスクープのにおいがする。今回のメタルメン人権法の成立は、賛成と反対の票差が、ほんのわずかしかなかった。その辺に関連する事柄かもしれない。


 などと想像しながら、グレアムはタバコに火をつける。待つことには慣れていた。増してそれが特ダネということであれば、新聞記者なら誰しも、何時間でも苦にせずひたすら待つだろう。



 数時間後。


 待った甲斐があって、ついにスティールが顔を出した。


 博士は自宅の外まで彼を送ると、笑顔で握手を求める。あの博士の愛想のいい顔を見るのは、グレアムも初めてだった。その様子を赤外線カメラで撮影しながら、グレアムは緊張に心臓が高鳴るのを感じる。 やがて走り出したスティールの車を見て、一瞬、博士に話を聞くか、スティールを追うかで悩んだ。


 が、タカヤマ博士は人間嫌いだ。おそらく取り合ってくれまい。


 そう判断したグレアムは、急いでスティールの後を追う。やがてスティールは自治区に戻ると、コンピュータを立ち上げて何事かを始めた。 こっそりとあとから忍び込み、スティールの様子を伺っていたグレアムは、うっかりして小さな音を立ててしまった。



「誰です?」



 スティールはメタルメンだ。その聴覚は人間の数百倍あるとも言われている。


 ごまかせないと判断したグレアムは、スティールの前に姿を現した。



「おや、先ほどの記者さんじゃないですか。いったいどうなされたのです?」



 グレアムはスティールの金属の顔を見ながら、ゆっくりとしゃべった。



「実はですね、どうもあなたの様子がおかしかったので、失礼ながら後をつけさせていただきました」


「ほほう。そうでしたか」



 メタルメンの言葉に、動揺は感じられない。もっとも脳処理の関係で彼には感情が少ないから、たとえ驚いていたとしても、こんな調子なのだろうが。



「タカヤマ博士とは、ずいぶんお親しいようですな? いったい何の話をなされたのです?」



 怒らせてしゃべらせることが難しい相手だと思ったグレアムは、単刀直入にそう聞いた。



「ああ、そのことですか。博士にはもうずいぶん前から、親しくしていただいているのですよ。今日も例の終末論について聞かせていただきました」



 貴様らメタルメンが人権を持ったことこそ、本当の終末だよと思いながらも、グレアムは話を続ける。



「そうでしたか。あなたがオカルティストだとは知りませんでした」


「博士の話は、科学的な裏づけがありますよ。その論拠になったデータも見せていただきました」


「そうですか。まあ、そのお話はまたの機会にしていただいて、失礼ですが、ここで少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」



 なんとしても今夜のうちに、このメタルメンの化けの皮をはいでやると決心したグレアムは、不退転の決意でそう切り出した。するとスティールは、 決めた覚悟が肩透かしを食らって拍子抜けするほど、あっさりとうなずく。



「構いませんよ。私もパーティに戻るのは気が進みませんでしたし」


「どうしてです? ついに悲願の法律が通った夜じゃないですか。メタルメンのあなただって、脳は人間なのだから、酒を飲めば酔うのでしょう? 今夜くらいは祝杯に酔ってもいいと思いますが?」


「そうもいきません。私にはまだやるべきことが山積しています」


「ほう? 自由と権利を勝ち取っただけでは、まだ満足できないと?」



 グレアムの言葉に、スティールはうなずいて姿勢を正した。



「私たちは、常により上を求めて戦ってきました。そしてその姿勢はこれからも変わりません。次にやるべきことが、もう控えているのですから」


「次?」


「ええ。今回われわれ亜人メタルメンには、人間に順ずる人権が与えられました。次は、それを同等にするのです」



 どうやって引き出してやろうかと思っていた話を、スティールのほうから始めたことに、グレアムは混乱した。しかし思ってもない好機であることは間違いない。グレアムはそっと録音機のボタンを押した。そして 証拠のセリフを引き出してやろうと考えながら、質問を続ける。



「人間とまったく同等に? そんなことが可能だと思われますか?」


「さあ。でも、やらなければなりませんね。難しいことでしょうが、それでも、さらにその次の目的の困難さに比べれば、どうと言うことはないですよ」


「人間と同等の権利を得たとして、さらにまだ先があるのですか?」


「もちろんです。同等の権利を有した後は、彼ら以上の権利、つまり彼らを規制する権利を持たねばならないのですから」



 グレアムは警戒心を強めた。


 確かにそれは彼が聞きたかった、人間に対するメタルメンの裏切り行為の証拠であるし、メタルメンの野望だろう。だが、そんな大切なことを、なぜ人間の自分に言うのだ?


 もしや……


 恐ろしい想像を理性の力で押し込めて、グレアムはあくまでのんきな世間話をするような調子で、首を横に振って答えた。



「いくらなんでもそりゃあ無理ですよ。人間の上に立つ権利なんて、人間が認めるわけありません。私だって人間より上の存在なんて認めたくないですよ?」


「どうして無理なんです? これは今すぐの話ではありませんよ? 我々が人間と同等の権利を持つようになってからの話です」


「いや、だとしても、です」


「なぜ? その規制を作る人々の中には、人間と同じ権利を持ったわれわれの同胞が居るのに」


「しかし、絶対数では亜人メタルメンは人間より圧倒的に少ないんですよ? しかも今回の法律で、メタルメンが人間の権利や仕事を脅かすと言う風潮に拍車がかかっています。みんな、メタルメンを恐れているんです。無理に決まってますよ」


「確かに今回のことで、一時的には人間との対立が深まるでしょう。しかし、彼らもすぐに気づくはずなんです。われわれに身の回りのこまごました面倒を見てもらうことの快適さに。そして、われわれに危険な仕事や大変な仕事をやらせて、自分は楽をするという快適さに」


「人間の嫌がる仕事をやると言うのですか? しかし、それでは奴隷だった今までと、何も変わらないじゃないですか。人間が自分が見下しているものに、同等の権利を与えるとは思えませんよ。まして、自分以上の権利など」


「奴隷ではないですよ。あくまで職業です。執事、ハウスメイド、そういった職業的服従であるなら、服従しつつ権利を主張することに何の矛盾もない。君だって上司にはある程度の服従をするでしょう? それと一緒です」


「反抗する権利もあると? しかし、それならそれで、「じゃあメタルメンなんか要らない。人間を雇う」って話になるだけじゃあないですか? モノじゃなくてヒトとなった今、今までと違って人件費は同じになるわけだから、どっちを雇っても変わらないでしょう?」


「そうはならないですよ。メタルメンと人間では、成せる仕事量に雲泥の差があるんですから。肉体的には当然ながら、事務仕事などでも、その差は歴然です」



 こいつは俺が人間だということが、わかっているんだろうか?


 メタルメンのほうが上だというスティールの話に、不愉快さを覚えてそんな疑問を心に浮かべた。そしてその思いはすぐに、先ほどのいやな想像に行き着く。


 まさか、殺されることはないだろうが、しかし……


 グレアムは恐れを隠しつつ、スティールを促して話を先に進めさせた。



「ラインを接続することで、コンピュータに直接命令を下すことができ、しかも脳以外の肉体的休憩を必要としないわれわれと、充分な休息が必要な普通の人間。同じ人件費なら、企業はどっちをほしがると思いますか?」



 グレアムはしばらく沈黙したまま、スティールの言葉の意味を咀嚼している。そして、やがて上げた顔には、当惑と疑惑の表情が、半々に浮かんでいた。



「わかりました。同等の権利を得ること、あながち不可能ではなさそうです。そしておそらく、あなたはこう考えているのでしょう。そうやってメタルメンに任せる楽さを知ってしまえば、たとえ今回の法律で規制されても、亜人メタルメンを作るものが、必ず現れる、と」


「さすがですね、その通りです。そして人間は貧富の差に敏感なんですよ。隣の人間が便利な亜人メタルメンを使っているのに、自分はそうではないと言う状況は、人間にとってはひどく不愉快なものなんです。羨望、嫉妬、優越感、どれもわれわれにはないものですが」



 しかし、人間を支配したいという欲求はあるわけか。


 内心で毒づきながら、しかしスティールの妙に説得力のある物言いに押され、グレアムは少し混乱していた。その混乱を隠すかのように、質問を重ねる。



「つまりやがて、亜人メタルメンを作ることが合法化されることになる。それを望んでいるのですね?」



 うなずいたスティールを見て、グレアムは話を続ける。



「もちろん人道論的な反対はあるでしょうが、事故や病気で使われる自動義手や自動義足の延長だと言われれば、反論することこそ人道上云々と言うことになる。そして、合法化されれば、企業 が進出してくるのは目に見えている」


「その通り。後はわれわれの仲間が、企業によって大量に作られ、この世界に現れてくるのを待つだけです」



 やはり! こいつらは、仲間を増やして、人間を支配しようとたくらんでいるのだ。三流SFのように、人間を機械が支配する世界を作るつもりなのだ。グレアムは今度こそ、はっきりと嫌悪を顔に浮かべて、強い口調で聞いた。



「それで? やがて人間を支配できるようになるとして、あなたはなにをするつもりですか? 今度は人間をメタルメンの奴隷にでもしたいのですか?」



 もしスティールに表情があったとしたら、おそらくきょとんとしただろう。ステールはしかし、表面上は何の変化も見せないまま答えた。



「支配? 奴隷? うーむ、どうやら君は、なにか勘違いしているみたいですね? そんな気があったら、こうして人間の君にそんなことは言わないと思いませんか?」



 そこでグレアムは、先ほどから考えていた恐ろしい想像を口にした。



「私もメタルメンに改造するつもりなんじゃないんですか?」



 その言葉に、今度ははっきり驚きと笑いを態度で表現しながら、スティールは言った。



「ははは、まさか。君が自分でなりたいのならともかく、私はそんな強制をするつもりはありません」



 わかるものかとも思うのだが、しかしグレアムはスティールの言葉に、理性ではなく心が安心するのを感じた。おそらくこの男は、いや、このメタルメンは嘘をついてはいないのだろう。しかし、それならそれで疑問は残る。グレアムはその疑問を口にした。



「では、目的が人間の支配や隷属ではないなら、いったいあなたの目的はなんなのです?」



 スティールは相変わらずの無表情のままで、淡々と答える。



「もちろん、我々と人間の共存です」



 拍子抜けするほどの大風呂敷だ。


 タテマエ論としても、稚拙すぎて笑ない。



「共存するなら今のままでも充分でしょう? それとも、あくまで自分たちが主導権を握りたいと?」



 やはり人間を支配するつもりなのではないかという疑惑が捨てきれず、グレアムはそう聞いた。すると返ってきた答えは、あっけなく、しかも驚くべきものだった。



「主導権……ええ、欲しいですね」



 グレアムはいまや、完全に混乱していた。


 さっきまで支配などかけらも考えていないと言い張り、自分もそれを信じかけていたのに、このメタルメンはあっさり前言を翻したのだ。これには何か裏があるのか?



「しかし、それはおかしくありませんか? 同等の権利まではわかるとしても、共存を考える者が相手より上に立ちたいというのは、ほかに目的があるとしか思えません。そう、先ほど私が言った、人類の支配というような目的がね」



 グレアムの表情は厳しく、いや、険しいとさえ言えるほど緊張していた。スティールの答えいかんによっては、彼も行動を起こすつもりなのだ。もちろん暴力ではかなわないが、彼にはペンという強力な武器がある。


 メタルメンが人類支配をもくろんでいる、というのは、もはやスクープのレベルではなく、人類の一員として同胞に知らせるべき、最大級の警報だ。しかし、スティールは声に穏やかな響きをたたえたまま、はっきりとした口調で言った。



「共存という言葉は共に存在すると書きます。共に、という部分だけなら、君が言うように同等どころか今のままでも構わないでしょう。権力を得ても、我々はそれを人間ほど楽しむことはできないのだし、今の状態でも充分お互い幸せにやっていけると思いますよ?」


「……では?」


「そう、問題は「存」の方にあるのですよ。いいですか? 今、このままの状態が続けば、人間は君が思っているよりずっと早く滅んでしまうのです。これはほぼ間違いのない事実なんですよ。私はそれを確認するために、専門家を訪ねたのです」



 グレアムはこの疑惑のきっかけとなった、タカヤマ博士とスティールの密会を思い出す。するとあれは本当に、メタルボディの持ち主としてのタカヤマ博士ではなく、自然科学者としてのタカヤマ博士に会いに行ったということなのか。



「タカヤマ博士は変わり者ですが、しかし、自然科学者としては最高位にあるヒトです。あのヒトは人間嫌いだから、自分の言うことを信じないものは滅んでもいいなどと言っていましたが、そういうわけにはいかないでしょう?」


「しかし、本当に……」


「ええ、間違いありません。これがそのデータです」



 そう言ってスティールは、先ほど立ち上げたPCのモニターを見せる。


 そこには膨大な数の詳細な気象データが、グレアムの目にもわかるほど整然と管理されていた。



「見せていただきます」



 そういってデータを読み始めたグレアムの顔色が、だんだんと変わってくる。


 なんと言うことだ! これは……


 では、タカヤマ博士の言っていた壊滅的異常気象というのは、本当のことなのか?



「私は専門家でないから、あまり詳しいことはわかりませんが、しかしこのデータの整理の仕方から見て、あなたの言いたいことはわかります。ですが……」


「天気予報が当たらないから、気象に関する科学というのは軽く見られがちです。しかし、天気予報が当たらないのは、その範囲が狭いからなんですよ。大陸規模、惑星規模で言うなら、現代の気象学の実力は予報の域を超えています。そして時間のスパンも、今日明日という短いものではなく100年単位の精度ならば、まず、間違いなくはずれはありませんよ」


「で、しょうね……すると、これは大変なことになる」


「ええ、そうです。そして私は、この未曾有の危機から人間を救うには、人類をひとつにし、急激に方向転換させるための指導者なり外圧なりが必要だと考えたのです。だから、これほどまでに急いだのですよ。今からなら、まだ何とか間に合いますからね」


「しかし、ならばその危機をみなに訴えて、人間に自発的な変化を促すこともできるのではないでしょうか?」



 反論しながらも、グレアムの声は弱弱しいものになる。人々がタカヤマ博士の言葉を笑い飛ばしたことは、彼もよく知っているのだ。彼自身、そうだったように。



「タカヤマ博士の言葉を笑い飛ばしている人々を、ですか? それに危機とは言っても、実際にこれらが起こるのは、あと100年くらい先の話です。しかもコトが気象ですから、2~30年ずれる可能性だって充分にある。誰も真剣に考えてはくれませんよ」



 グレアムは反論できない。わずかに小さく「しかし……」と言うだけだ。


 スティールはさらに言い募った。



「また、たとえ実際すぐそこまで危機が迫っていると信じたとしても、これだけいる人類をいっぺんに説得し、急激に方向転換させることがどれほど困難かは、君にも想像つくでしょう?」



 グレアムは、完全に言葉を失った。



「私はなんとしても人類を指導する立場に立ち、この危機から人類を救わなくてはならないんです。信じるのは難しいかもしれないですが、しかし私を信じて欲しいのです、記者さん。私は、真の意味での、メタルメンと人間の共存だけを考えているのです」



 グレアムはゆっくりとうなずいた。



「あなたに私心がないことはよくわかりました。これまでも仲間のために信じられないようなことをやり遂げてしまったあなたですから、きっと今回も我々によい結果をもたらしてくれるでしょう」


「そうしたいと思っています」


「確かに、これだけはっきりとしたデータがあっても、それが100年先だといえば、人間はそこまで必死になるとは思えません。かつて、あと50年で石油がなくなるという話が出たときも、人間が環境保全やエコロジーを言い出したのは 、そのはるか後の話でしたからね」


「ええ、ですから、我々が代わりにやるのです。そのために、人間の欲望や利害による邪魔が入ったとき、それを排除できるだけの権力が必要なのですよ」


「あなた方にとって100年は、遠い未来ではなく、自分の近い将来ですからね。いや、しかし我々にだってそれは言える。少なくとも私は、自分の娘の子供たちに、そんな災害にあって欲しくはないですから。私も微力ながら、お手伝いさせていただきます」



 グレアムは今年生まれたばかりの娘の顔を思い浮かべて、真摯な表情でそう言った。


 その言葉に深くうなずいた後、スティールは重くなった空気を払拭するように明るい声を出す。



「もっとも、私にもまるっきり私心がないわけではないですよ?」



 今日何度目かの前言を翻す言葉に、また驚いて彼の顔を見返したグレアムに向かって、スティールはコミカルな動きで顔を乗り出す。



「私もね、もう少したくさんの仲間が欲しいんです。さっきはああ言いましたが、本当はこれでも、結構にぎやかな宴会が好きでね」



 思わず吹きだしたグレアムに、スティールの動かないメタル製の顔が、少し微笑んだように見えた。


 それから、100年後の未来を救うために立ち上がったメタルメンと人間の二人は、どちらからともなく、がっちりと握手を交わす。


 


 メタルメンの独立を成功させ、メタルメンと人間との橋渡しに生涯をかけたスティール。


 ここに、その新たな伝説が始まった。



―了―

 

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