熱愛のメタル
「私を愛してると嘘でもいいから言ってください。その言葉だけで、あなたの言うなりに踊るのです。あなたを守るため、力の限り働くのです。電池が切れるまで踊り、ガソリンが切れるまで走りつづけるのです。あなたのためだけに、私は作られたのです。だから……」
「随分とまた、厄介な惚れ方をしたもんだな」
己の切ない胸のうちを語りつづけるそのメタルメンを、呆れたように眺めながらジールはつぶやいた。壁際でその様子を見ていたメタルメン、ステンは肩をすくめる。
しかし口を開いては
「私には判らなくもないですよ。私も、かつてのオーナーであるマイクに対して似たような忠誠心を持っていましたから」
と、幾分の理解を示した。
国境の南の縁にあるマーキュリー自治区は、いまやメタルメンの駆け込み寺といった様相を呈しているが、もともとは世界初のメタルメン村長スティールが、穏やかに統治する小さな村だった。
しかし、メタルメン裁判で鮮やかな手腕を見せたスティールを慕って集まってくる、意志をもってしまったいわゆる出来損ないのメタルメンや、行き場を失って流れてくる人間の数が日ごと膨れ上がり。
ついに先月、近隣の市町村を併呑して自治区に認定されたのだ。
マーキュリー(水銀)の名は、始まりの村の特産に由来する。
ジールはマーキュリー自治区を代表する、腕っこきのメカニックだ。
メタルメンが住民の半分以上を占めるこの地にあって、彼は言わば腕のいい医者と言っていいだろう。事実、彼は常に誰かの修理に追われ、ここ半年、まとまった休みを取っていないくらいなのだ。
職人気質で偏屈なジールは、村の人間たちにはとかく敬遠されがちで、彼のところに顔を出すのはメタルメンばかりだ。
もっとも相手がメタルメンだろうが人間だろうが常に不機嫌そうに話すので、ステンを除いた他のメタルメンも修理の依頼以外では顔を出すことはめったにない。
「まったく、明日っから待ちに待った連休だってのに、ぎりぎりまで俺に仕事させようってのか?人使いが荒いね、おまえさんは」
ぶつくさと文句を言いながら、偏屈なメカニックはメタルメンをガレージへ入れた。
するとこのメタルメンは突然、堰を切ったように愛の言葉をつぶやき出したのである。
いったい何が起こったのだ?
と振り返るジールに、ステンは説明をはじめた。
その間も当のメタルメンは、熱烈な愛を語りつづけている。
「生前…と言うのもおかしいですが、とにかく人間だった頃の想いが強く残っているみたいですね。脳の感情をつかさどる部分が残ってしまっているようです。まあメタルメンとしては、ある意味不良品ですよ。私と似たような、ね」
自嘲気味に笑ったステンに対して、ジールは面白くもなさそうに、ふんと鼻を鳴らした。そしてメタルメンを眺めながら、独り言のように言う。
「見たところ誰かにめちゃくちゃ惚れ狂ってる以外は、大した実害もないようだが?」
二人が話す間も、メタルメンの愛の言葉は途切れる事がない。
それはまるで、神への祝詞のようだ。
「ところが、まさにそこが問題なのです。このメタルメンにコレほど全身全霊を賭けて愛する人がいては困る人々がいるのですよ」
「困る人?」
「こんな姿になる前、この脳の持ち主は腕っこきの税理士でした。それもかなり非合法な部類の。ですから職業上知りえた秘密は、あるものにとっては万金に値します」
ジールは聞いているのかいないのか、つまらなそうな表情でタバコに火をつけている。
ステンの説明は続いた。
「そのため敵対する組織に暗殺されてしまったのですが、死なれては困る味方の組織は、脳をメタルメンに放り込んで蘇生させようと試みました。ところが蘇ったとたん、誰かに対する熱愛の情を切々と語るばかりで、生前の人格はなくなってしまっていたんです」
「あたりまえだ。もともと人格を残すように作られていないんだから」
「ええ。本来メタルメンに脳を供給するのは、姿勢制御の計算をさせ、コンピュータの能力を最大限に生かすためです。ところが私やスティールみたいに、脳のほうが主導権を握ってしまう場合も多々あるわけですよ。それを知っていた彼らは、生き返らせるために簡単な気持ちでメタルメンの体を使ったのです」
ジールは吐き捨てるように言った。
「蘇生手術をして機械の身体を与えるのはコストがかかるし、何より当局への届出が必要だから……ってことか。メタルメンなら届け出る必要もないってのがお気に召したんだろうが。人間を蘇生するのと、メタルメンの身体に放り込むんじゃ、まったく話が違うってのに」
「非合法の医者に頼めば、それこそ目の玉が飛び出るような大金を請求されますからね。知らない人間には似たようなもんだと思えるのでしょう」
「で? まさか俺に、その組織とやらのためこいつの記憶を蘇らせてくれなんていうんじゃないだろうな? 俺はメカニックであって、医者じゃないぞ」
「もちろん違います。一度こうなったら元に戻すことは出来ないでしょう。しかし組織の方は納得しません。我々なら脳から記憶を引き出せるのではないかと考えて、ここまで連れてきたのです」
ジールは黙って聞いている。
「記憶がもどることはないとスティールが断言したので一応あきらめたみたいですが、当の本人がこれほど誰かのことを想っているために、どうしても不安が消せないようなのですよ。惚れた相手に何かをしゃべってしまうのではないか? という不安がね」
「まったく何もわかってねえんだな」
「ええ、メタルメンについては何もわかってませんね。しかし彼らは愚かではあっても、無害ではありません。一度は記憶を取り戻させるために助けましたが、役に立たないどころか逆に秘密が漏れるアキレス腱になるくらいなら躊躇いなく殺すでしょう」
「それを哀れに思ったスティールが、こいつを助けたわけか。メタルメンの破壊は刑事事件になるから殺してはいけない。あなた方の秘密が決して外へ漏れないように、我々が適切な処置をしましょう、とでも言ったか?」
「ええ、そんなところです。もちろん本当に処置して欲しいわけじゃありません。一時的に口をきけなくして貰いたいのです。愛の言葉さえささやかなければ、彼らは処置が行われたと思って、安心して帰っていくでしょうから」
「甘ぇよ。あの手のヤツラってのは異常に疑り深いんだ。口を利けなくしたくらいじゃ、他の工場で調べられたらすぐにばれる」
「じゃあ、どうしたらいいと思われます?」
「俺は医者じゃないんだ。おかしなところがあれば、修理するだけさ」
「そんな。脳をきちんと繋ぎなおすって言うんですか? それじゃ、生物学的な意味ではともかく、人格が完全に死んでしまうじゃないですか!」
驚いて声を高めたステンに向かって、ジールは憂鬱そうな顔で言った。
「俺の知ったことか」
剣呑な男たちが事務所を占領していた。
彼らのにらみ付ける視線の先には、マーキューリー自治区長のスティールが金属の無表情を携えて座っている。その傍らには、明らかに怒りの顔を見せるステンが立っていた。やがて高級そうなスーツを下品に着こなした男が、スティールに向かって詰め寄った。
「区長。どんな風に処理されたのか、見せてもらおうか」
スティールはうなずくと、インタホンの通話ボタンを押す。
「ジール、準備はいいかな?」
数十秒後、区長室の扉を開けて仏頂面のジールがはいってくる。
その後ろには例のメタルメンがついてきている。
組織の男は疑り深いまなざしを向けながら、ジールに向かって言った。
「こいつはもう余計なことは言わないんだろうな?」
「自分で確かめたらいいだろう」
むすっと答えたジールに一瞬カッとした男は、それでも自制するとメタルメンに向かった。
「おい、何かしゃべってみろ」
「ドウイッタお話しガお好みデショウカ?」
「お、ちゃんと受け答えできるようになったじゃねえか」
その後、数分の間メタルメンと問答を続けた男は、やがて満足そうな声を上げる。
とは言え、それでも完全に疑いが晴れたわけではないのだろう。スティールに向かって探るような目を向けた。
「どうやらきちんと処理してくれたようだな? だがまあ、念のために他のところでも確認したい。もちろん、連れて行っても構わないだろうな?」
「ご自由に。脳を姿勢制御だけに使う普通のメタルメンは、我々の仲間ではありませんから」
男たちは間髪いれずに発せられたスティールの答えに満足し、メタルメンを連れて帰っていった。
最後のひとりが扉を閉めると、ステンが抗議の声を上げる。
「私は納得いきません」
その強い言葉を完全に無視して、自治区長スティールはジールを見つめる。
ジールはいつものように仏頂面のまま、扉を開けて出て行った。
「納得できない」
繰り返したステンにスティールが何事か話し掛けようとしたとき、区長室の扉が開かれた。出て行ったジールが帰ってきたのだ。
面白くなさそうな顔で現れたジールの後ろには、最新型のメタルメンが立っている。
「コレなら納得できるだろうが」
ぼそりとそれだけ言うと、ジールはポケットからタバコを取り出して火をつけた。
状況が把握できないステンの代わりに、スティールが口を開く。
「できるだけ現状を維持したまま、脳を取り出して移し変えてくれたんですね? あなたならそうしてくれると思っていました。ありがとう、ジール」
その言葉を聞いて、ステンも喜びの声を上げる。
「そうだったんですか! ジール、ありがとう」
「仕事だ。礼を言われることじゃねえ。それよりも、こいつの恋する相手がわかったぜ」
驚くステンを尻目に、ジールは立っているメタルメンに視線を移す。
と。
「私を愛してると♪ 嘘でもいいから言ってください♪ その言葉だけで♪ あなたの言うなりに踊るのです………」
美しいテノールが、切ない恋心を歌いだした。
「う、歌……だったのか……」
言葉を失うステンに向かってジールが言う。
「ヤツラが連れて行った方のボディは、旧式の肉体労働用だったから、歌を歌うことが出来なかったんだ。それで歌詞だけを朗読しつづけていたのさ」
「生前、好きだった歌なんでしょうね。もしかしたら、コレくらい好きな人がいたのかもしれません。今となっては永遠にわからないことですが」
その言葉に、ジールはふんと鼻を鳴らす。
ジールに向き直ったスティールは、穏やかな声で言った。
「しかしジール。あなたにしては珍しいミスをしましたね。もっとも、先入観がなければ、あなたもこんなミスはしなかったのでしょうけれど。」
とたんにジールの表情が険しくなる。
「なんだと? 俺の仕事は完璧だ。いったい何をミスしたって言うんだ? 区長だろうがなんだろうが、ふざけたことを言うとタダじゃおかねえぞ!」
憤るジールの怒声などどこ吹く風といった調子で、スティールは淡々と返す。
「彼らが欲しかったのは生前の記憶だけでした。だから、器は何でもよかったのでしょうね。我々のところに来たとき、すでにその『間に合わせの器』に入っていたから、あなたは勘違いしてしまったのでしょう。ですからまぁ、ミスって言うのもどうかとは思いますが……」
その瞬間、ジールは驚愕に目を見開いた。
スティールの言うことに思い当たったのだろう。
「私は 偶然この曲を知っていたので、雑談を装って、さりげなく彼らに確認してみたんです。ねえ、ジール。この曲を歌っているのはね、女の人なんです。このメタルメンに入っている税理士さんは、女性なんですよ」
ジールは悔しそうにつぶやいた。
「確かに、ちょっとテストすればわかることだった。俺のミスだ」
「まあ、 もちろんもう、意識はほとんど残っていないでしょうけれど、出来たら女性型のメタルボディに入れてあげてください」
ジールは黙ってうなずくと、メタルメンを連れて出て行く。
「ジール、本当にありがとう。あなたのやさしさに感謝します」
ステンの言葉に、ジールはまた黙ってうなずいた。
扉が閉まる寸前、彼女がまた歌いだす。
やさしく切ないその歌声を引き連れて、やさしいメカニックは区長室を後にした。
歌声は風に乗って、いつまでも響いている。
…私を愛してると……嘘でもいいから言って……