反逆のメタル
ステンは決心した。
この牧場の牧場主へ、反逆することを。
ステンの勤める牧場は、数あるメタルメンを使った牧場の中でも、イチバン待遇がひどい。まるっきりメンテナンスもしないでボロボロになるまでこき使われ、挙げ句の果てに大きな故障をすれば、修理もされずにジャンク屋行きだ。
「さわやか牧場」の名前も、こうなると逆に空々しく、いや、むしろ働く方としては腹立たしくさえ聞こえる。
出来そこないのメタルメンであるステンには、その腹立たしさを感じるだけの感情が、まだ充分に残されていた。
元の牧場主であるマイクの時代は、こんな風じゃなかった。もちろん仕事は過酷だったが、マイクは人間として扱ってくれたし、その信頼にこたえるべく、ステンも喜んで働いたのだ。
ところがマイクが死んで牧場の経営権がジョーンズに移ると、事態は一変した。
それでもステンは、大好きだったマイクの残した牧場のために、一生懸命働いた。しかし、ジョーンズの扱いは、ステンの忍耐の限度を超えていた。まるっきり機械として扱われる日々は、ステンの心を少しずつ蝕んでゆくようであった。
いつもの様に牧場の牛や豚にえさをやりながら、ステンは牧場主がやってくるのを待っていた。
「ステン、しっかり働いているか?」
来た。
ステンは大きく息を吸いこんで、たんぱく質でできた方の脳に酸素を送ると、ハッキリと言った。
「ジョーンズさん、今日という今日は言わせてもらいます」
「なんだ、いきなり。おまえの頭じゃ、大したことも考えつかないだろうに。まあ、今日は比較的ヒマだから、聞いてやる。言ってみろ」
「メタルメンは完全な機械じゃありません。我々の胸の中には、あなたと まったく同じ、たんぱく質の脳が入っています。十分な休息と栄養がなければ、まともに働くことは出来ません」
牧場主のジョーンズは面白くなさそうな顔でステンの言葉を聞いていたが、 やがて唾を吐き捨てると、うんざりした顔で言った。
「おい、ステン。そう言う生意気なセリフは、まともに働いてから言うんだな。おまえの脳が俺と同じだと? ふざけるなよ? おまえは自分が何者なのかさえわかっていないじゃないか。姿勢制御に使われるはずの脳ごときが、一丁前な口をきくな」
本来、メタルメンの中に収まっている『たんぱく質の脳』は、コンピュータの負荷を軽くするためのものだ。姿勢制御の重力計算を蛋白の脳におこなわせて、その分のメモリやCPUの余裕を仕事に振り向けるのである。
しかし、第一期のメタルメンは、脳の姿勢制御をつかさどる部分の輪郭がはっきり判っていなかったために、記憶や本能、時には生活習慣や感情までも残ってしまっている場合がある。
道徳的な意見は数あるが、純粋に機械として見た場合、そんなメタルメンはただの不良品だ。自我があり、疲労(身体は機械なので精神的な疲労だが)を訴え休憩を求めるのなら、普通の人間を雇うのと大差ない。
「おまえら不良品のメタルメンなんて、俺のところみたいな肉体労働の現場でしか使いようがないんだ。働けるだけありがたいと思え」
「確かに、我々初期のメタルメンには、行き場がありません。それに我々は、厳密には人間とは言えないかもしれない。しかし、だからと言って……」
「厳密には? ふざけた事を言うな。厳密もクソも、おまえなんかハナから人間じゃない。くだらない事を言っていると放り出すぞ。判ったら働け」
その瞬間だった。
激昂。
絶望的な激昂がステンを襲う。
マイクとのすばらしい日々が頭を駆け巡り、そのすばらしさに比例して、ジョーンズへの怒りが高まってゆく。
やがて、ステンの思考はぐるぐると渦を巻き、何も考えられなくなった。頭の中が真っ白になり、ステンはジョーンズに襲い掛かる。
ただの人間だったジョーンズは、あっという間にただの肉塊になった。
それでも怒りのさめないステンは、ジョーンズが完全に動かなくなるまで、攻撃の手を休めない。
やがてジョーンズを破壊し尽くすと我に返り、ステンはその場から姿を消した。
「すると、君には感情が残っているんだね?」
逃げて逃げてたどり着いた先は、水銀の産地として有名なとある村だった。
正体を隠して逃げる最中、「メタルメンが村長をやっている村がある」と言う、冗談にしても笑えないうわさを聞きつけ、藁にもすがる思いでこの村を訪ねたのである。
訪ねてみればどうだろう。村長と名乗って現れたのは、まごうことなきメタルメンだった。
大丈夫だ。ここまで来ればもう大丈夫だ。
ステンは安堵に全身の力が抜ける思いだった。
「ええ、そうです。私は怒りに耐え切れず、ジョーンズを殺しました。決して仕事が嫌になったわけではありません。マイクの下で働いていたときにはむしろ、彼に仕えることに喜びさえ感じていたくらいのですから」
「ああ、わかるよ。肉体的な欲望を持たない我々メタルメンは、自己の存在価値を証明する手段のような 『仕事』というものに、快楽さえ覚えるものだからね」
「そう、そうなのです。私にとって仕事は生きがいでした。マイクの笑顔を見ると、もっとがんばって働こうと思ったものです。しかしジョーンズの我々に対する扱いは酷いものでした。私は常に、怒りと不満でいっぱいだったのです」
「なるほど、確かに感情が残っているようだね。怒りや恐怖は最も原始的な感情だが、君にはさらに 『忠義』と言うような、高度な感情まで残っているように見える」
そう言いながらメタルメンの村長、スティールはうなずいた。
それからさらに、ステンに対していろいろな質問をし。
やがてすべてを聞き終えたスティールは、穏やかな声で言った。
「私に任せておきなさい。君の居場所を作ってあげよう」
ステンはその夜、久しぶりにぐっすりと眠った。
傍聴席は、人であふれていた。
メタルメンによる殺人と言う前代未聞のこの裁判は、それほど人々の関心をひいたのである。特に弁護をするのが同じメタルメン。しかも彼は、今話題のメタルメン村長だと言うではないか。
嫌でも話題性は高まり、傍聴席はくじ引きが行われるほどであった。
裁判は佳境を迎え、牧場の防犯カメラが撮っていた映像が裁判所の中に流れる。
その残虐な映像に、傍聴席の人々は思わず目をそむけた。同時に、メタルメンに対する嫌悪と恐怖が高まる。検察側が勝利を確信し余裕の態度を見せる中、スティールはゆっくりと立ち上がる。
すべての人々が、彼の一挙手一投足を見守る中、穏やかな口調で話し出した。
「これが事件の全貌です。皆さんの今のお気持ちは、手にとるようにわかります。きっと、メタルメンに対する不信と怒りでいっぱいでしょう」
ステンは、スティールが何を言うつもりなのかと、被告人席から身を乗り出すようにして聞き入っていた。裁判の前、スティールは何の打ち合わせをしようともせず、ただ、私に任せておけと言うばかりだったので、彼がどんな風に話を進めるのか、ステン自身も知らないのだ。
「こう言うことは、きっとこれからも起こります。いいですか皆さん? 脳というもののシステムは、これほど科学が発達した今日でさえ、ほとんどまったくと言っていいほどわかっていないのです。ロボットの姿勢制御に生物の脳を使うと言うことは、これほどのリスクをはらんでいるのですよ。みなさんは、この事態をいったいどうお考えになっているのでしょうか?」
なんと言うことだ!
ステンは動揺し、かつ怒りを覚えた。
何の事はない、スティールはステンを利用して衆目を集め、自分のすすめている 『脳を使った姿勢制御システムの廃止運動』の宣伝に利用したのだ!
ステンの殺人は現行犯である。冷静に考えれば、どうやっても助けようがないことは一目瞭然だ。現に裁判官を含めたこの裁判所にいる全員が、ステンの行いを見て嫌悪と怒りをあらわにしているではないか。
あんな映像を見せたら、勝てる裁判だって勝ちようがない。
ステンはスティールにハメられた事を知り、烈火のごとく湧き上がる怒りを止められなくなっていた。全身のパワーを集約して、今にもスティールに飛びかかろうと身構える。
検察側もスティールの真意に気付いたのか、怒声を上げて彼をさえぎろうとした。
「これは、そこのメタルメン、ステンが起こした殺人事件を審議する場所だ。 スティールさん、あなたの政治運動の宣伝をする場所ではない。いいか? もう一度言うぞ? この法廷は、被告人ステンの起こした殺人事件を……」
と。
スティールはここで急に口調を変えて、少々とぼけた声でしゃべりだした。
「お待ちください、検察官。そして裁判官。 では逆にこちらから、もう一度お聞きしますが、ここは殺人事件についての裁判を行う場所だ、とおっしゃられるんですか?」
首をかしげる裁判官の向こうから、検察官が怒鳴り声を上げる。
「裁判長、このメタルメンは本法廷を侮辱しています! 弁護側の弁論の打ち切りと……」
「ですから!」
検察官の言葉を大声でさえぎると、スティールは裁判官に向き直る。
「殺人事件と言うのは、何の事を指しているのかを、検察官にお聞きしたいのです」
裁判官は驚いた顔でスティールを見つめる。
検察官は怒りで顔を真っ赤にして、モニターを指しながら叫んだ。
「今ここで、そこのメタルメンが人を殺したところを再現したじゃないか! まさか貴様は、あれが我々のでっち上げだと言うんじゃないだろうな?」
「ああ、先ほど流された『事故』の話でしたか」
「事故だと! ふざけるのも大概にしろ!」
「検察官、静粛にしなさい。弁護人、あれを事故だと主張するのですか?」
スティールはうなずくと、裁判官に許可を得てしゃべりだす。
法廷はいまや、ステンも含めた全員が、スティールの言葉に釘付けになっていた。
「メタルメンというのは、基本的にロボットです。つまり道具です。それともあなた方は、メタルメンを人間だと認めるおつもりですか?」
ダメだ!
ステンは心の中で叫んだ。
メタルメンが人間じゃないと言う理論を元に、この事件を牧場主が道具で死んだ「事故」だと言い張るつもりなのだろうが、それは通用しない。なぜなら先ほどからの証言で、自分は「感情」があることを主張してしまったのだから。
スティールがそう言う論法で話を進めるつもりだったのなら、こっちだって感情のない機械らしく聞こえる受け答えをして、そう言う印象を強めることも出来たのに。
てっきり情状酌量の余地を認めさせるのだと思って、ステンはこの裁判の間中、一貫して
『自分には感情があり、怒りに任せて牧場主を殺した 』
と言いつづけてきたのだ。
案の定、検察側からまったがかかる。
「あのメタルメンは、自分が感情に任せて牧場主を殺したと言い張っているぞ。いいか? 彼は自分で『殺した』と言ったのだ。よもや忘れたわけではあるまい? 機械に感情はないだろう!」
スティールは平然とうなずくと、相変わらず穏やかな声で話し出す。
「そうです。機械に感情はありません。彼は怒りに任せて 、牧場主を殺しました。しかし、感情があってもこれは殺人ではないのです」
みながどういう意味だと考える中、スティールは大きな、よく通る声で朗々と言った。
「いいですか? 殺人として裁判が行われるのは、『人間が人間を殺した場合』だけなのですよ。この場合はそれにはあたりません。なぜなら被告人の胸の中に入っているのは、人間の脳ではないからです!」
裁判所全体がどよめく中で、ステンは驚いたまま固まっていた。
スティールはいったい何を言っているのだ?
「彼の胸の中に入っているのは、人間ではなく犬の脳なのです!」
あまりの言葉に、裁判所全体が息を呑む。スティールはそんな中、ひとり淡々と話を続けた。
「だからこそ彼は、虐げられ続けたことに対して、怒りを持って反逆したのです。犬だからこそ、前牧場主のマイクに対して、全幅の信頼と忠誠を保ちつづけていたのです」
俺が……犬?
「ステンはメタルメンなのに感情の起伏が激しく、本人には申し訳ないが、あまり優秀だとはいえない。これはなぜかと言えば、ステンの頭部にあるコンピュータが、必要以上の負荷をかけられているからです」
裁判所は水を打ったように静かになっていた。
スティールの声だけが、静かに、だが力強く響き渡る。
「本来、ステンや私のようなメタルメンは、人間の脳を受け入れることが前提で作られています。しかし、どこをどう間違ったのか詳細はわかりませんが、ステンの場合は犬の脳が収められてしまったのです」
もはや検察官でさえ、スティールの邪魔をしようとはしなかった。
「そのために彼のコンピュータは、犬の脳が補いきれない部分までもを補おうとして、常に過負荷状態にありました。ここに今回の「事故」の悲劇の元があったのです」
「つまり、彼は牧場主の犬であり、今回の事件は牧場主が誤って自分の犬に噛み殺された「事故」である、と言うのかね?」
裁判長の言葉に深くうなずいたスティールは、最後の意見を述べる。
「犬の脳を持ち、機械の身体を持つものが人間だ、というのでなければ、今回の事件は事故としか言いようがありません」
スティールはそう言うと、ステンを指差す。
「本来であれば保健所がステンを回収して処理しなければならないのですが、保健所にはその専門家はいません。ですから差し出がましいようですが、裁判長様さえよろしければ、ステンは我々人間の脳を持つメタルメンが責任を持って預かりたいと愚考する次第であります」
そのあと紆余曲折があったが、結局スティールの意見が通り、ステンは村の預かりとなる。
裁判は閉廷した。
「どうして私の身体には……いや、どうして犬の私の脳が、人間用のメタルボディに入れられたのでしょう?」
まだ混乱している頭で解けない疑問を、ステンはスティールにぶつけた。
すべてが終わって二人が村に帰ってきたときには、すでに満月が出ていた。
村の村長室の中で、ふたりは向き合っている。
「ねえ、ステン。君はマイクの牧場の動物が、いったい何に使われていたか知らなかったんだね?」
その言葉で、ステンは驚いて飛び上がる。
「まさか?」
「そう。あの牧場の動物たちは、メタルメン用の制御脳として育てられていたんだ。マイクはそのコネを利用して、君の脳を人間用メタルボディの中に入れたんだね」
「い、いったいどうして……?」
「まだわからないのかい? 君はおそらく、マイクの飼っていた牧羊犬だったんだよ。きっと病気か高齢で死にかけていた君を死なせたくないあまり、マイクはそんな暴挙に出てしまったんだ。だからマイクを恨んではいけないよ?」
恨むものか! 恨むわけがないじゃないか!
熱いものがこみ上げてきて、うまくしゃべれない。
ステンの顔を見つめながら、スティールはしみじみと言った。
「君は本当に愛されていたんだねぇ」
ステンはこみ上げてくる思いに耐え切れず、泣き出しそうになる。
そして自分が泣けない身体だと気付き、一層悲しい気持ちになった。
その心中を読み取ったのだろう。スティールは立ち上がりながら、やさしい声で言った。
「ねえ、犬っていうのは、もともと泣けないものだよね?」
そして、ステンがその言葉をかみ締めているうちに、村長室の扉を開けて静かに出てゆく。
すると、突然。
村長室の中から、遠吠えが聞こえてきた。
悲しく、ひしり上げるようなその遠吠えは。
静かな村に、しんしんと沁み渡ってゆく。
やがて、村にいる犬たちの遠吠えが、ステンの遠吠えに重なった。それはまるで、愛する主人を失い、そして同時に自分がいかに愛されていたかを知ったステンの、悲しみと喜びに共鳴しているかのようだ。
スティールは遠吠えを聞きながら、夜の村を散歩することにした。
きっと月明かりの加減なのだろう。
無表情で動かないはずの金属製の顔が、心なしかやさしく微笑んだように見える。
遠吠えは、いつまでも、いつまでも続いていた。