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揚足裁判  作者: 花南
第三章
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鈴木編

 加藤が現れなくなってから数日が経過した。

 加藤のことだからあんなことを言ってもすぐ忘れて、また会いに来るのではないかと淡い期待のようなものもあったのだが、そんな気配はまったくなかった。逆にこっちから会いに行っても加藤は逃げてしまうのだ。

「空乃さん、やっぱり俺……加藤に謝ってきます」

「ああん、だめですぅ。たかだかー一週間ですよ? それまで待ってください」

「だめだ。なんていうか……イライラするんだ。気分が悪い。こんなんじゃ、選挙や裁判が終わっても安心して眠ることができない。空乃さん、どうしてこんなにこの裁判が重要なんですか?」

 空乃はどう説明するかを考えて口を開いた。

「北斗くんは~三権分立って知ってますよねぇ?」

「え? まあそれは」

「風紀委員が警察だと思ってください。裁判部はそれを生徒手帳にのっとり適切に処理をします。そしてその生徒手帳の法案を決めるのが生徒会です。生徒会はお金が動きます。みんなどれだけ生徒会の人と仲好くできるか必死ですぅ。だからこの裁判はみんなにとっても、特別なんです」

 生徒会を運営するのに金がかかるのは分かっていたが、もはや、ここまでとは。鈴木はよろよろと廊下の壁にもたれかかった。

「悪いことが起こる前兆なんじゃないかって思うんだ。俺があんな言い方したから、きっとねちっこい仕返しとか計画しているに違いない。とにかく奴を探して……」

「悪いことってぇ~たとえばこんなふうな?」

 空乃が指差す何かを見るように顔をあげた鈴木の目に飛び込んできたもの……それは、顔は鈴木の顔で、体は女の写真が引き展ばされたものだった。

「ななななんだこりゃあ!」

「よく見るとあまりいい出来ではありませんねぇ。首がずれてます」

「そんなことはどうだっていいよ。ああもうっ!」

 思わず引き破ろうと手をかけたのを空乃が止めた。

「証拠物件ですぅ。捨てないでくださいー。たしかにやりかたはねちっこいですけどぉ、こんな陳腐なネタに怯える必要はありませーん」

「とりあえずどう始末するかはあとで決めるとして、このふざけた写真を回収しよう。空乃さんは東校舎を……俺は西校舎のものを取りはすずから」

「わかりましたぁ。がんばってくださいねー?」

 ぶんぶんと手を振る空乃に東校舎を任せて鈴木は西校舎へと走った。渡り廊下のアイコラを何枚も剥がしながら歩いていくと、写真現像室からひょっこりと赤毛の、加藤が出てくるのが見えた。

「加藤!」

「あっ……」

 口を開けたまま加藤はマズい、といった表情ですたこらと逃げ出す。

「待て! 待てよ加藤! こら待て!」

 思わず反射的に追っかける鈴木を翻弄しながら加藤はあちこちと走り回る。鈴木は自分の写真を剥がしながら加藤の後を追ったが見つからない。

「くそ、どこに隠れたんだ……?」

 と、後ろのほうで誰かが走る音がして振り返ると加藤が算盤(そろばん)部に入っていくのが見えた。

「かとぉう!」

 荒々しく算盤部の扉をスライドさせると、少ない部員がこちらのほうを見てくる。その奥で加藤がゴーグルを目に装着して算盤を持ったまま窓に足をかけていた。鈴木を見てにやっと笑うとお尻をぺんぺんと叩いて、加藤は窓を飛び降りる。

「あっ!」

 鈴木が叫んで窓に近づき見下ろすと、加藤は算盤に乗って渡り廊下の屋根をさっそうと走り抜けていった。

 ただ謝りたかっただけなのに、何故加藤は逃げたのだろう。

 それにあの現像室から出てきたことは一体……本当に加藤がこの写真を校舎に貼った犯人なのだろうか。いろいろなショックを隠せぬまま鈴木はとぼとぼと昇降口へとおりた。外にも写真が貼ってあるかもしれないと思ったからだ。下駄箱の扉を開くといつぞやのように手紙が入っている。

「『体育館裏に来い』か……まったく、なんなんだ?」

 本当になんなのだろう。わざわざ逃げておいて、呼び出して、それに何か意味があるのだろうか。


「加藤ー? 出て来いよー」

 あまり気乗りしないまま体育館裏に来た鈴木は加藤の姿を探した。しかし加藤はいっこうに姿をあらわさない。帰ろうかと思ったそのとき、来た方角から数人のいかにもちんぴらっぽい格好をした男たちが現れた。

「こんにちはー。君は一年生の鈴木北斗君かなぁ?」

 金髪の男が笑みを湛えたまま話し掛けてくる。

「………」

 警戒したまま体育館の中へと逃げようとしたが鍵がかかっているようだ。びくともしない。

「逃げんなよ。話はすぐに済む。つまりなんていうか、この選挙を辞退してくれればいいんだ」

 どん、と胸を叩かれて鈴木はよろけた。

 もともと運動が得意なほうではない。喧嘩なんてもってのほかだ。しかしそんなことより、写真も不良も加藤でないことを理解した。冷静に考えればすぐわかったことなのに、自分は何を疑っていたのだろう。

鈴木は馴れ馴れしく肩に手を置いた男の手を払った。

「いまさら選挙から降りる気はない。俺は……」

 ぐっと拳に力を篭めると見よう見真似にファイティングポーズをとる。

「俺はケンシロウだ!」

 謎の言葉を叫んで殴りかかるとあっさりと避けられ、まず一発、また一発と体に鈍い痛みが走る。しかしそれは内臓にダメージを与えるものではなく、表面的に痛いだけのものだった。

 明らかに手加減している。

 つまりこういうことだろう。この不良どもは誰かの差し金で、自分がこいつらを殴ったところを押さえてそれを証拠に捏造してくるつもりだ。

 そうわかったところで、相手を攻撃しないで避けるだけなんて器用な真似、鈴木にはできなかった。また一撃、また一撃と体の中に蓄積されていく痛みはどんどんと体を鉛のように重くしていき、そしてそれがまた攻撃を受ける原因となっていったのだ。

「ちょっとやりすぎたかな?」

「なんだ、こいつすんげー弱くねぇ?」

「どうするよ? 最初の計画から脱線しちまったけど……」

「あなた達――」

袋叩きあっている中で鈴木は白馬に乗ったお姫様を見た。

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