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揚足裁判  作者: 花南
第二章
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冬姫編

 どこかに本拠地を構えることは危険な気がした。何か書き留めておくのも迂闊である。そこで冬姫と陸は歩きながら話をして作戦は全部頭の中だけに記憶しておくことにした。

「飯島さんは私を指名してくれたわね? それはまた、なんで?」

 最初に口を開いたのは陸だった。

「紹介されたのよ。旧会長から」

「旧会長から?」

 鸚鵡返しに聞く陸に件の手紙を渡し、ことの成り行きを簡単に説明する。陸は面白そうに目を輝かせて

「つまり、秋野千早を訴えるのが私達の役目なのね。いいじゃない、乗ったわ!」

「よろしく、陸先輩」

「でもどうして私なわけ?佐藤先輩の去年の弁護士ってたしか空乃だったわよ?」

「去年陸先輩が立候補した時、秋野先輩にずいぶんと辛酸を舐めさせられたようだと聞きました。あなたならば力になってくれると」

「へぇ……あの佐藤先輩がそんなこと言ってたの」

「あと扱き下ろしかたが凄まじいとも言っていました」

「へぇ……あの佐藤先輩がそんなこと言ってたの」

 二度目はなんだか心外のような口調だった。

「今回は秋野先輩、どういう作戦にでてくるでしょうか」

「どうかしら。とりあえず千早も然ることながら森下……千早の弁護人が気になるわね。あいつ今回自ら千早の弁護人になるって言い出したのよ。きっと何かよからぬことを企んでいるに違いないわ」

「他の立候補者代理人はどんな方たちなんですか?」

「西園寺勝に海馬がついたわ。こいつは打算が働くタイプで、あと裏切り者よ。自分が助かることしか考えない。あと空乃は鈴木北斗の弁護をするけれど法廷ではまだあまり汚い手は使ってこないわね。でもこいつは世にも面妖な言葉を駆使してくるのが一番怖いわ。あとは雑魚」

「じゃあ考えないことにします」

 こうして以下五人は名前すらでてこないのであった。

 佐藤元会長から聞いた話ではこうだ。千早は複数の男女を誘惑し、邪魔な人物を削り、お互いに誘爆していく子分どもを見ながら笑みを浮かべ、最終的に残ったに人に寄生して会長にし、自分が副会長になる。そして生徒会も学校全体も、好き勝手に動かしている女ということだった。

 つまり寄生されそうな男をマークして千早の賄賂や違反を突き止める……今まで尻尾を出したことのない千早相手にどこまでやれるかはわからなかったが、だからこそ現場を押さえたかった。

「だとすると、一番狙われそうなのは……鈴木君ね」

「真っ先に狙うわね。まずコンタクトをとってみましょう」

 鈴木北斗が放課後空乃と打ち合わせすることは聞いていたので、そちらのほうに足を向けた。

 空乃は図書室のオカルトコーナーで黒魔術の本を読みふけっている。

「あれ、空乃……鈴木君といっしょじゃないの?」

「ほえ? 陸ちゃんに姫だー。ええとねー、北斗君との打ち合わせはとりあえずもう終わりましたぁ」

「鈴木君に用があるんだけど……」

「姫は鈴木君に用があるんですかぁ? さっそくライバルの付け入る隙を見つけようというのですね。でもー、もう先手は打ちましたぁ」

「どこにいるか教えてちょうだいよ。空乃!」

 苛々と陸が言った。空乃は小さく「しゅぅん」と呟くと体育館のある方向を指差した。

「北斗君はぁ、体育館裏に加藤君を呼び出しています」

 早足で体育館の裏に行く途中でトイレの裏から細い紫煙(しえん)が見えた。陸が何か思い当たるかのようにそこにまわりこむ。

「やっぱり! 森下、あんたこんなところにいたのね」

「あれ、陸……それに飯島さん。こんなところで何やっているの?」

「あんたこそこんなところで何すーぱっぱしてんのよ!」

 陸に頭をはたかれそうになって森下はひょいと避けた。携帯灰皿に煙草を押し付けるとポケットに仕舞いこみ

「僕はちょっとここで人を待っていただけだよ」

 そう言って体育館裏のほうから出てきた千早をちらっと見て、そちらのほうへと歩きながら振り返って手を挙げた。

「じゃあ部活があるんで。そっちも頑張ってね」

 そのまま去っていく二人を見て陸が小さく舌打ちする。

「先をこされたかもしれないわね」

 体育館裏に急いでまわると案の定、鈴木がそわそわしている。冬姫たち二人に気づいて軽くこうべを下げると

「あ、飯島さん。加藤とかいう水泳ゴーグルつけた男見なかった?」

 おそらく鈴木の友人なのだろうということは想像がついたが、誰なのかよく知らなかった冬姫は首を横に振った。

「見かけなかったわ」

「そうか、ありがとう」

 もう一度軽く頭を下げるとそのまま走り去っていった。後姿が完璧に消えたのを確認して陸と冬姫は目を合わせた。

「遅かったみたい」

「でも彼はOKしたのかしら?」

「………どうかしら」

 正直分からなかった。鈴木という男がどういう性格なのか、何をやっているのか、冬姫はあまりよく知らない。

「鈴木は断ってたぞ……」

「!?」

 自分達が来た方向からひょっこりと顔を出した赤毛のチビを冬姫は見た。額に水泳用ゴーグルをしているため鈴木の友人加藤だということは一目でわかった。

「断ったの? 彼女の誘いを……」

「ああ。一部始終を見ていたからな」

 にやにやと笑いながら冬姫の問いに加藤は頷いた。陸が冬姫より一歩前に出てから加藤にずいっと指を突きつけた。

「見てた? あの悪魔がターゲット以外の人物がいるところでその話題を出すはずがないわ」

「んー……向こうからは俺の姿は見えないだろう」

 目を細めて顎に手をやり、格好つけているつもりなのだろうか。話を聞くところによると鈴木は加藤に「自分に近寄るな」と言ったらしい。すぐ謝ってくるだろうと思って帰るふりをして、鈴木の死角に入って待ち伏せしていた。すると体育館裏に秋野千早が姿をあらわしたので、何事だろうかと盗み聞きしていたそうだ。

「そんで、あんたらも鈴木が目当てってぇわけか。モテるな、奴も」

「飯島さん、話にならないわ。引き上げましょう」

からかうような加藤に腹が立ったらしく陸が冬姫に言った。冬姫は少しだけ考えて加藤に聞いた。

「鈴木君はなんて言ったの?」

「えーと、うろ覚えだけどたしか……『飯島も俺も君には負ける気はない』とかそんな内容だった」

「……加藤君、私、鈴木君に興味があるの。秋野さんと鈴木君に関する情報を私に売りなさい。代わりに何かあなたの条件も呑みます」

「飯島さん、それは違反よ」

 陸が非難するように言ったが、冬姫は無視した。加藤がまたにやりと笑う。

「いいな、それ。ちょうど暇だったんだ」

「飯島さん、こんな奴のことを信用するつもり? どんな条件突きつけてくるかわかったもんじゃないわよ」

「どんな条件だって呑むわ」

 淡々とした喋り方のまま冬姫は静かな熱を奥に湛えたまま言った。

「私、あの女に負ける気はないの」

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